蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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異伝 銀髪聖女と屍の皇女

「大丈夫か?」

 と、何度めかのダンスを何とか踊り終えたわたしに向けて小さな冷えた布を渡してくれながら、青い髪に何時もの軍服の青年が問い掛けてきます

 

 「タテガミさん。ちょっと疲れますけど、まだ大丈夫です」

 って、虚勢の笑顔を貼り付けて、講堂の外に行きそうな目線を何とか正面に固定しながらわたしは返します

 

 本当は、去っていった皇子さまを追いかけたい

 でも……周囲の期待を込めた視線が、それをさせてくれません

 

 この人達が、皆が。忌み子を恐ろしいものだとしていたから、どれだけやっても、皇子さまを抱き締めてあげなかったから。だからあんなに苦しそうに自分を呪い続けているおバカになっちゃったって怒りすら覚えますけど

 でも、神様に呪われた子を追い払ったって自慢げで、見返りすら欲しそうに近寄ってくる同級生の皆に怒っても……

 

 きっと、良いこと無いですから。ぜったい、あいつのせいだって皇子さまへの逆恨みを募らせて迷惑かけるだけで終わっちゃいます

 わたしに怒るんじゃなく、あいつが悪いって責任転嫁。皇子さまはほぼ間違いなく怒らないからこそ、好きなだけ悪役を押し付けられる

 

 皇子さまやリリーナちゃんがぽつりと『悪役令嬢』って言ってましたけど、令嬢じゃないけど確かにその通りなのかもしれないです

 生活への不満や不安や、そこから来るどうしようもない攻撃性を全部吐き出して押し付ける為の『悪』の役。七天教でも、懺悔の間に安置された抱き締める龍姫様像のように用意されている身代わり人形

 

 うぅ……わたし自身はそんなに偉くないですって思っちゃうほどちやほやされているのに、軟禁されてるみたいです……

 

 「いや、そうでは……」

 「ちょっと、お胸のせいで肩が疲れちゃいますけど、本当にそれだけです

 わたし、ちゃんと聖女として頑張らないといけないですから」 

 「そうかもしれないな。私の方が考え無しだったかもしれない」

 と、大人しくタテガミさんは引き下がり、隙ありとばかりに話しかけてくる女の子に「誘いは嬉しいが護衛としての仕事があるから今のタイミングでは厳しい」って説明を始めました

 

 「アナちゃん、疲れたなら休む?」

 って、手を差し出すのはエッケハルトさん

 「いえ、頑張ります」

 「疲れたなら頑張りすぎないように。俺心配だから」

 それなら、皇子さまの心配もしてあげて欲しいです

 

 「では、そろそろ……」

 と、わたしにもう一度手を差し出してくるのは、主犯の方

 「聖女……様」

 と、その眼前に割り込んできたのは黒髪の男の子だった

 確か……そう

 「オーウェン君だよね」

 「貴様、突然」

 「すみません!けれど目の悪い母はこのような天気では夕暮れ以降に出歩く事は出来なくて、僕はそろそろ帰らなきゃいけないんです」

 小さく震える声。でも、わたしの為だって言うのは分かる

 だから、わたしはその手を取ります

 「はい、じゃあ一曲だけですよ?」

 「腕輪の聖女様」

 「えへへ、わたしは聖女様ですから、出きる限り多くの人に祝福を。わたしと踊ることで運が良くなるみたいな祝福があるなら、お母さんの為に早く帰る孝行息子さんは優先しないと」

 って、わたしはちょっと意地悪く微笑みます

 うまく行かなくて怒ってそうですけど、正論に異端抹殺官?さんは唇を噛んで押し黙りました

 

 「なら、踊って」

 と、そんな抹殺官さんに向けて幼い声がかけられます

 その言葉の主は、思わずはっとする程に大きくて綺麗で、けれども透き通った感じの全くない宝石のネックレスを胸元にかけた女の子。全体的に黒くて、ヴェールで顔を隠しているのがちょっぴり不思議

 

 こんな子だったら、一瞬見ただけで記憶に残ると思うんですけど、さっきまで会場に居るのを見かけた記憶がありません

 背丈は、もっと大きく……せめて同級生の中で平均的な背丈なリリーナちゃんくらいは欲しいなって常々思っているわたしより、もうちょっと低くてノアさんと同じくらい

 線も細くて、お胸もネックレス以外に目立つところがなくて、ぱっと見は本当に、ノアさんくらいに見えます

 

 ……そのノアさんは、もう姿が見えません。教師をやれるくらいの大人な人で、皇子さまの事を「子供よ子供。愛を知らない虐待された幼子」って言いつつ見守っていて、多分皇子さまをワタシの生徒だから当然じゃないと言いつつフォローしに動いてくれたんだと思い、わたしは内心で頭を下げます

 そんな風な人も(エルフさんですけど)居ますから、外見の年格好で判断は出来ませんけど、酷く幼く思える女の子

 といっても、ヴェールのせいで顔立ちは分からなくて……怪訝そうに黒髪の青年もその琥珀色の瞳に困惑を浮かべます

 

 「何者か」

 「ボクは……リリーナ」

 「私と同じ名前だ!」

 「聖女様と同じ名など不敬な」

 そんな言葉に、流石に酷いとわたしはそそくさとフォローします。彼ではなく、言われた方の女の子を

 

 「でも、わたしの知るエルフさんにだってリリーナって名前の子は居ますよ?」

 実は知り合いと言えるほど知っては居ませんけど、ノアさんの妹のお名前はそうだったはずです

 「エルフさんも不敬なんですか?

 リリーナって、伝説の聖女様のリリアンヌから取った結構一般的な名前ですし」

 「そうそう、おかしくないって」

 と、わたしに同調するのは、さっき踊ったけどまた……ってエッケハルトさん

 嫌いじゃないんですけど、好きを叩きつけられて息苦しくなります

 

 「聖女様が言うなら、まあそれは不問としよう

 しかし、何故」

 「あの皇子を追い払ってくれたから」

 それは、普通の言葉。わたしの聞きたくない、幼いわたしが知らなかった忌み子への扱いの真実

 その筈なのに、何処か……化け物を追い出してくれた恩人に向ける言葉にしては棘を感じて

 

 すっと、少女が自身の顔を覆う黒いヴェールをかきあげ、雲が晴れて星が見えるように綺麗な瞳が姿を現すや、はっと青年が息を呑み

 「仕方がない。思い出作りならば」

 差し出された赤いフリルの付いた黒手袋に覆われた手を取ります

 

 タイミング良く、鳴り始める音楽

 さりげなくわたしを助けてくれた方の黒髪の青年に、本当に踊りますか?とわたしは笑いかけて……

 無言でこくこく頷く彼の手を取りました。これでも、結構ダンスには自信あるんですよ?

 神事には踊りも必要だよーってアステール様に教えて貰っただけですけど

 

 そうして、何事もなく青年と躍り始め、何時しか曲がサビに入ろうとした、その時

 

 ブシュッと軽い音と共に、わたしの顔に熱い飛沫が掛かります

 それは、何度も嗅いだ匂いのする液体。この匂いが嫌で、必死に腕輪の力を使った免罪符で聖教国に引き取られてすぐを思い出す……血の匂い

 

 「え……」

 「かはっ!」

 異端抹殺官さんが、左肘を抑えます

 その先にあるべき左腕は、突然でこぼこの断面を残して引きちぎられていて……

 

 その犯人であるあの少女は、無表情に近い可愛らしい顔を一切歪めずに、淡々と要らないものを捨てるように人間の左腕を床に放り投げました

 

 「っ!貴様!」

 その瞬間にわたしとリリーナちゃんを含む皆を守るべく、踊っていた一ペアを三角に閉じ込める三面の緑の光のバリアが貼られる

 「タテガミさん!」

 「頼勇君!」

 

 でも、それは……

 いくら酷い人でも、一人を見捨てるような……

 「だが、やりようが……

 くっ!」

 『インポッシブル!』

 苦虫を噛み潰すような表情をしながら、何時ものように剣を呼び出すタテガミさん。それを構えつつ、鋭く少女を睨みます

 

 「誰ですか!」

 わたしのその声に、不意にほんの少しだけ、黒い少女は寂しげな顔をして……

 その姿が宙に浮かびます。いえ、何処かから生えた細長い体躯を持つ巨大な骸骨の龍?の骨の腕の上にぺたんと足を折って座ることで持ち上げて貰ったんですけど

 

 そして、その姿がちょっとだけ変わります

 ヴェールが青い炎になって燃え、艶やかな黒髪を照らします。顔立ちが幼く可愛いのはそのままに、頭の頂点に揺れるのは白いアウィルちゃんみたいな耳

 何処と無く喪服な黒ドレスにも、赤いフリルから黒煙とカラフルな骨が湧いてきておどろおどろしく変わり、すっと胸元の宝石が透き通る。その中に封じられたのは、射抜かれるような感覚に陥る、強い眼光の……青い血色の瞳をした魔神族らしき眼 

 

 「リリーナは嘘

 ボクの名はアルヴィナ・ブランシュ。魔神王四天王の……五人目。リーダーみたいなもの」

 そうして、青い炎を纏い愛おしそうに胸元の一個だけ色が違う3つ目の眼を撫でながら、静かにその狼耳の少女は己の名を告げたんです

 「そして、あなた達の死を予言する、屍の皇女」


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