蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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授業、或いは薄荷

コツコツと板を叩く音がする。

 何だかんだ手書きの文字文化はこの国にも浸透している。おれは小さな魔力筆を握り、その低い背丈で腕をいっぱいに伸ばして板のそこそこの位置に文字を書いていくポニーテールの少女をぼんやりと眺めていた。

 

 本来はもっと集中すべきなのは分かっている。折角エルフ種であるノア姫が教員として人間に歩み寄り、エルフの考えや歴史を語ってくれているのだ。それを聞き流すなんて無礼に決まっている。

 

 それでも、おれの意識は時折内的な思考に逃げていく

 かなり早くに来るだろう、アルヴィナとの決戦に備えての思考に。

 

 アルヴィナ当人はまあ、本気に見える程度に戦力を整えて負けに来てくれるだろう。だが、それ以外は?

 アルヴィナが出てこれたということは魔神王が許可したということだ。原作の彼ならともか……

 いや原作からしてシスコン極まるから過保護だろうし、今回は真性異言(ゼノグラシア)。始水を襲った以上原作知識は間違いなくあるだろうし、どれだけの策を練ってくるか……

 おれを呼び出せばアナは多分着いてくるからそこで総力を挙げて殺しに来るとか十分有り得る。

 

 あと3週間。龍の月が終わり神の月が始まった今から換算して……四週目の水の日を狙う、とアルヴィナの手紙にはあった。

 精々瞳に勝てるという希望を詰め込んで、とらしい台詞付きで。

 だが、本気でやりあうとしたら……というところで堂々巡り。シロノワールが回収してくれた槍の解析も、ダイライオウの完成も何も目処がたっていない。

 不測の事態に何一つ対抗できない今、おれは……

 

 ツン、と額に当たる筆。光の魔力によって仄かに暖かな柔らかさ。

 見上げれば、呆れ顔のエルフが椅子に座るおれを見下ろしていた。

 「あのねぇ、真面目に授業を受けてくれるかしら?」

 「……すまない、ノア先生」

 「他はまあ、良いわ」

 くるっとターンしながら、周囲を見回す少女。流れるように揺れるポニーテールに目を奪われかけるが……周囲の男子生徒の視線はずっとそれより下、スカートの裾と割と見える太股に釘付けだ。

 

 さっき背伸びしていた時だって見えそうって感じでガン見していた視線が多いのは分かっていたしな。

 

 「皇族たるアナタがワタシという高貴な存在が折角気紛れに授業をうけもってあげているというのに、規範を見せられていないのだものね。それは他の生徒の気持ちも弛むはずよ」

 しゃんとしなさい、と言い残し教卓に戻っていくエルフ姫を見送って、おれは机の上を見る。

 

 小さな透き通ったスライム状の物体が置かれていた。薄荷色とでも言うべきか薄緑で、小さく爽やかな香りがする。

 ……心配してくれたのだろうか。あまり何かをくれることがない彼女が何も言わずに置いていくなど珍しい。大体は感謝なさいと言ってる気がするのだが……

 そうだな、あまり考えていても仕方がない。ノア姫が怒るだけだ。

 

 そう考えておれはゼリーみたいなそれを口に放り込んだ。

 うん、マジで薄荷……っていうよりワサビかこれ!?結構刺激的だなおい!

 スーっとするよりツーンとするんだが!?

 

 いや確かに意識は冴えるけど!

 「あ、お水です皇子さま」

 と、横で真面目に話を聞いていた少女が水を出してくれる。

 

 ちなみに高等部、紅蓮学園と呼ばれる此処の授業は一コマが長いのでちょっとした手間の掛からない軽食や水分補給くらいはマジで何も言われない。

 前世の記憶を辿れば中学だと弁当食ってんじゃねぇよと怒られている奴の記憶があるんだが、此処ではそんな事はないのだ。

 ついでに、その彼にお前の昼飯寄越せされる危険もな。いや、それは元々他人に向いてた矛先を彼を庇うことでおれに向けさせたからノーカンか……

 

 それを一口飲んで、おれは授業を聞く体勢に戻る。

 ……なんだろう、周囲からの視線が痛い。ついでにもう片隣のリリーナ嬢の視線は痛くない辺り、やっぱり彼女はそこまでおれルートとか考えてないんだろうな。

 

 「……良いかしら?

 まあ、ワタシが気になるなら好きなだけ見てくれて良いけれど、試験に落ちないようにだけ頼むわ」

 その言葉で仕切り直し、ノア姫は小さな体で版書を再開した。

 

 「……さて、神話の時代は此処までよ」

 それから暫くして、パタンと手書きの教本を閉じてエルフの少女が告げる。

 時はそろそろ昼時。もう終わりの鐘が鳴り響くだろう。

 「そして、一つ告知させて貰うわ。この次3週間、授業は無しよ」

 

 騒然とする教室。

 「ノアちゃん先生に会えない……?」

 「ミニスカ……」

 「ふともも……」

 「聖女様助けて……」

 ……って何を残念がってるんだこいつらは、と呆れながらも横のアナと二人真面目に話を聞く体勢を取る。

 

 「うん、ちゃんと聞こ?」

 と、リリーナ嬢はちゃんとリーダーシップを出そうとしていた。結構頼れる。

 「ええ、静かに。アナタ達もこれまで聞いてきた通り、エルフという真に女神アーマテライア=シャスディテアの眷属から見てきた人類史というものが、ワタシの授業。

 それを真に理解しアナタ達の糧にするには、恐らくだけれども今のアナタ達は人類から見た歴史を知らなさすぎる」

 分かるかしら、とエルフ姫はその低い背丈ながら少しの威圧感を持っておれ達を紅玉の瞳で見つめる。

 

 「例えば聖女史。色んな本でも描かれているし、ああした小説仕立てのものはワタシも一定の評価はするわ」

 なんて、ちょっぴりお茶目なのか少女が教卓から持ち上げるのはイラスト付きの恋愛譚仕立ての聖女の本。聖女リリアンヌは最後にエルフの英雄ティグルと両想いになったという……恐らく事実ではない妄想で締め括られる少女小説だ。

 いや、人気は結構あるんだが……

 横でアナもちょっぴり困ったように笑っていて、共感すべきか何と反応すべきか、他の女子生徒達も戸惑っていた。

 一方男子生徒は理由は分からないが湧いていた。

 

 「でも、そうしたものでしか知らない。だから、今のアナタ達に向けて講義しても意味はないの。

 それ故の休講。まずは自力でアナタ達なりに、魔神王と聖女の戦いを学んで知識を付けてくれるかしら?伝説として伝わっているけれど、ワタシからすればお祖父様の時代、口伝出来る程度の昔よ。調べれば学べない筈なんて無い。というか、実際に幾つかの本ならばこの学園の資料庫にあるのを確認しているもの」

 少女教員は肩を竦め、分からないなら落第ね、と長耳を揺らす。

 

 「まずは一から見詰め直せるだけの聖女史観を持つこと。それを3週間の課題とするわ。これがワタシからの宿題、出来なかった者は落第点をその場で押させて貰うから、覚悟してしっかり学んできてくれる?」

 と、鳴り響く鐘の音。授業終わりの音にして、昼御飯の合図。

 

 ……といっても、授業取ってない学生等は既に寮の食堂なり何なりで各々食べ始めてるんだろうけどな。

 「アナタ達がワタシの生徒で在り続けることを祈るわ

 では、今回の授業は此処までよ。そこのぼんやりしていた無礼者だけ補修、後は自由にしてくれるかしら?」

 ノア姫の宣言と共に少し空気が弛緩して……

 

 「お、怒られちゃいますよ皇子さま?」

 「ゼノ君眠かったの?」

 そんな呼び出しを食らったおれに話しかけてくれる両脇の聖女×2。

 ちなみにだが、ちゃんとオーウェン&ガイストって形でおれ以外にも騎士団メンバー+αは居たんだが、どうしてか二人でおれを挟んで座っていた。

 お陰で変に睨まれるんだが。リリーナ嬢、婚約者だからって近くに居ることは……いや頼勇居ないからそっちの隣!って言えないから仕方ないかこれは。

 

 「……補修はワタシにあてられた教員室。

 昼の後で良いわよ、高貴なるエルフの授業でぼんやりする程に疲れてるのでしょう?休憩を取らずに補習しても意味ないわ」

 「……次の限とか」

 「無いのは知ってるわよ」

 近付いてきたエルフ姫は、何時ものワンピースの衣装のポケットから小さな布を取り出して、おれのデコを拭う。

 

 「はい、光は取ったわ」

 「……光ってたのか」

 「光ってました」

 「うん。第三の眼ーって感じ」

 ……寝てる間に額に肉とか書かれてるみたいな感じだろうか。

 

 「悪戯は程々にしてくれノア先生」

 「なら、ワタシの授業を優先しないこともこれきりにしてくれるかしら?

 あと、そこの聖女達は来たいなら来てくれて良いわ」

 それを言うと、彼女はポニーテールを揺らして身を翻し……

 

 「気は進まないのだけれども、ニーソックスを履くなりスカートをロングにするなりすべきかしら?」

 「ニーソックスなんて履いたら喜ばれるだけだと思う」

 「そう」

 そのまま、エルフの姫は立ち去って行き……後には恨みを込めた目線を向けられるおれが残った。


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