蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「……シエル様、本当に申し訳ない話になるけれど頼まれてくれないか」
おれは向かいに淡い金のポニーテールの先っぽを指先に絡めるエルフを見ながら横の銀の聖女の方へと声をかける
「皇子さま?」
「暫くノア先生と話がしたいんだけど、アウィルの分のご飯の用意を忘れてしまって」
「材料があったらアウィルちゃんが普通に自力で作ると思うですけど、その準備も無しですか?」
「朝の素振りに付き合って貰ってさ、朝を竪神が持ってきてくれた保存食を三人で食べてきたから」
「あ、じゃあわたしがアウィルちゃんの分、持っていきますね」
少女はポケットから取り出した手帳に目を落とす
「ちょうど、今日の授業ってノアさんの講義で終わりですし……」
行ってきますねと嫌な顔一つせず、銀の聖女は立ち上がると
「あれ、でも護衛とか」
「ガイストとエッケハルトを信じろ」
ほぼ常に機虹騎士団の誰かが護衛に付くのが鉄則だが、その辺りはガイストが何とかしてくれる。そういった裏方は割と出来る奴なのだ
あれでもガルゲニア公爵家の跡継ぎっていう化け物みたいな高位貴族だからな。情報網とか広いし、采配も出来る。頼勇がバケモン過ぎて頼勇任せで良くないか?が多発するので影が薄いが優秀なのだ
うん、アイリスの事はどこかでおれが死のうが追放されようが大丈夫だ
そんな風に体よくこの先の話を聞かせたくない少女に席を外して貰い、おれは改めて協力を申し出てくれたエルフの姫に頭を下げる
「すまない、助かるよノア姫」
「ええ、頼りにしなさい。アナタのやることがエルフに……いえ、それを含む多くの者にとって利益となる限り、あの日の願いに従ってワタシが手を貸してあげる。それは幸福な事でしょう?
それを忘れないで」
くすっと優雅に笑って、少女はカップを滑らせる
「あ、リンゴの香り」
ちなみに、リリーナ嬢は居なくならなかった
いや、どっちでもいいっちゃ良いが……
で、良いのとばかりにお茶を出されてもいないのに居残る少女を視線で示す教師におれは良いんだと頷いて話を続ける
そう、ノア姫がわざわざ屍の~相手に必要でしょう?と前振りしてくれた通り、この先の話はおれ一人では何とも出来ない事だ
一応カラドリウスから託された翼はあるが、あれは好き勝手転移できたり空を飛べたりする便利アイテムではない。世界を渡る翼として世界の狭間に移動する事は出来ても、アレも結構な無茶
その力以外だとおれは正面突破以外で移動できないからな。それでアルヴィナを拐って逃げおおせろ?無茶を言うなという話だ
だから、助けが必要だ
「そう、分かったわ」
言って少女はもう一セットカップを机の上で滑らせた
それを受け取って、何か鳩が豆鉄砲食らったような顔してるなリリーナ嬢
「あ、結構優しい」
「ノア姫は何時でも優しいぞリリーナ嬢」
「どの口が言うのよ、初対面のワタシにお茶をかけられた上に、礼の一言も無かったでしょうに」
「え?そんな態度だったの?」
へー、となってる桃色聖女に、終わったことだし人間をバカにしてたならしょうがないよとおれは告げる
「それ、馬鹿にし返してるみたいに見えるわよ」
呆れた声音で、けれども余裕を崩さずにエルフが告げる
「……で、彼女は聞かせて良い相手な訳ね」
その言葉にはそうだと首肯
「え、何の話?」
「リリーナ嬢。前にアルヴィナについては話したろ?
……当然、あの日来たアルヴィナは本気じゃない」
いやと苦笑しながら一口お茶を飲んで続ける
意識をさっぱりさせるハーブティが喉に染み渡るな。ノア姫なりの気遣いが嬉しい
「ただ、全員それを分かって負けに来てくれる筈はない。だから此方としても、アルヴィナが負けを認められる程度には戦力を整えないといけない」
「……そっか」
「ええ、だからワタシの力が必要でしょう?」
「ああ、恐らくは手を借りなきゃいけないと思う」
宜しくと手を差し出すが……
あ、届かない。小さなエルフの手は伸ばしてもおれの左手の指の先を小さく擦る程度
「こほん」
バツが悪そうに咳払いするエルフに、此方も頬をかく
「兎に角、特に離脱という面で転移の使えるワタシの手は必要でしょう?」
「……それ、庇護無しで出来るのか?」
ふと気になって問いかける。わざわざ永遠姫なんて話してくれたんだ、何か理由があるのかもしれない
「あら、そこは心配ないわよ。アナタに出来ない事は言わないわ
それとも、やっぱりそうあって欲しいのかしら?」
「いや、おれの言うことは変わらない。自分の幸せを捨てないでくれ」
「……これ、私が聞いてて良いのかな?」
ぽつりと告げられる所在なさげな声に現実に戻される
「そうね、どうなのかしら」
自分に自信があればこそ、エルフはこういうときに厳しい。大丈夫よなんて、基本的に余程の事がなければ言ってくれない
そして、彼女はまだリリーナ嬢をそこまで信頼してはいないのだろう
「うん、そっか……」
今も尚ちょっぴり子供っぽいが続けられているツインテールがしょぼくれる
「いや、聖女であり、ついでに事情を良く理解してるリリーナ嬢が手を貸してくれるなら有り難いよ」
そんな少女をフォローすべく慌てて告げる
「君が居なければ、ユーゴに殺されてたんだよ、おれは。自信をちょっとは持ってくれリリーナ嬢」
「でもさ、私って結局そこまで役には……」
「少なくとも、聖女が居るという事実だけでも役には立つ」
ふわりとおれの影から顔を見せるのは何時もの八咫烏。シロノワールだ
「あ、パンツ覗いてるのシロノワール君?」
「……履いてないものは見えないし、見させてあげる気もないわ」
からかい気味のリリーナと、冷酷なノア姫。アナなら恥じらってくれたろうか
いや、別に良いんだが
「……お前のような女神臭いものの下着など、見て何になる。目が腐るだけだ」
何て言いつつ、ふわりとおれの影から浮き上がり姿を見せるシロノワール
「私は単純に、姉たるアルヴィナを救うための話ならばと顔を見せたのみだ」
「うんまぁ、シロノワール君ってそういう人だってのはわかるんだけどさ」
くいくいと桃色少女がおれの袖を引く
「ねぇゼノ君。エルフの人が助けてくれるのはたしかに有り難いよ?でもさ、頼勇君とかの方が頼れないかな?」
にこにこと提案してくれる聖女様
そう、本来はそうなんだよな。頼勇スパダリ最強キャラの一角だし
だが、それはそれにダメだと首を振る
「リリーナ嬢。そりゃ竪神は頼れる相手だよ
頼りになりすぎるほどに」
「それ何も問題なくない!?」
「いや、大問題だ。竪神に頼りすぎると、おれがアルヴィナを確実に殺せるだけのお膳立ての為に力を尽くしてくれるだろう」
そう、竪神頼勇とはそういう男だ。故郷を魔神に滅ぼされ、その復讐……ではなく、これ以上同じ悲しみを背負う人が居ないように動く本物の英雄
だが……
「その事は、リリーナ嬢も良く分かるんじゃ無いか?
竪神に実はあんなだけどアルヴィナとおれはだなんて事実を語って、納得して貰えるとでも?」
だってさ、結局のところ故郷を滅ぼした仇の仮初めの肉体を作ったのアルヴィナ当人だぞ?
アルヴィナ自身にその認識はないだろうし、滅ぼす気があったかも微妙だが……人の世界を混乱させるためってくらいは分かってたろう
「あ、うーんそっか。ゲームでも魔神族への怒りは良く分かるもんね
で、ちゃんと片をつけられるくらいには理性的だし凄いから、ヒロインなのに私別にそこまで要らないんだよね……」
残念そうに告げるリリーナ嬢。その手は所在なさげに机の上で丸を書いていた
「そんな彼に、アルヴィナを……仇の一員を助けるために手を貸せと言えないだろ?」
「でも、ワタシには言える。だからワタシは必須でしょう?
ええ、良いわよ。その為の三週間の休講なのだもの、必要なだけ手を貸すわ」
「大変そうだし、私に出来ることがあれば言ってよ」
なんて言う少女の顔面に、懐中電灯から出たようなビーム状の光が突き刺さった
「アナタはまず補習よ。休講中にしっかり自分なりに聖女伝説について理解を深めなさいという宿題は免除しないから」
「えー!そんなー!」