蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
交易都市トリトニス。もっと具体的に言えば旧シュヴァリエ領関門都市トリトニス
其処はトリトニスの湖と呼ばれる超巨大な湖を備えた交易都市である。この湖を隔てて向こうはもう帝国じゃないって形。この大湖の北には天空山とまではいかないがかなり大きな山が聳え、そこを越えればつい一ヶ月ちょっと前までおれが居た辺境の騎士団が防衛する遺跡の辺り。ちなみにだが、遺跡から国境越えた先と、トリトニスから湖を渡った先の国は別国家だ
そもそもうちの帝国の歴史自体850年そこらあるが、成り立ちとしては聖女伝説の時代に轟火の剣に選ばれた小国の次男坊ゲルハルト・ローランドの元に、多数の小国の王が集って出来上がった集合国家なんだよな
帝祖皇帝がぶっ飛びすぎてこいつ中心の一国にまとまって良いんじゃね?ってのが始まり。だから、集合しにくい湖の向こうの国は帝国領にはなっていないという訳だ
遺跡云々も同じだな。多少交流が断絶しやすいから帝国外。そして皇族は民を護るものであって他国の民を侵略し危機に晒すものではないから、850年間帝国側から侵略戦争を仕掛けたことは一度としてなく、領土は変化がない
……いやまあ、シュヴァリエ公爵ってかつては武で名を馳せた家に与えられた領土であるところから分かるように、何度か向こうから攻められたことはあるんだが……それはそれだ。前の戦争だって150年前だぞ、今更根に持つ事もない
名産としてはやはりトリトニス湖。この大湖から流れ出す川が龍海に注いでおり海と多少は繋がっているものの、塩気はなく澄んだ淡水。その為海とはまた生態系が異なるものの、水産資源は滅茶苦茶に豊富だし水も資産になる
「と、だから特に龍姫様の言葉を持ってきた訳だ」
と、おれは星明かりに照らされる、街のシンボルともされる巨大龍の噴水を見上げながら横の婚約者(仮)に説明したのだった
「あ、ゼノ君が信者とかじゃないんだ」
「いや契約者なんだが、それはそれだ。というか、おれから言っても何の意味もないし、それこそ七大天が直々に言ってくれたとしてもアステールやコスモ猊下しか聞こえないから意味が薄い」
「……あ、そっか……考えてみれば、私だって女神様の声聞けないもんね」
「それでも、貴女が聖女な事は変わりないし皆認めてるさ
それはそうとして、湖が一大資源だからこそ、水を司る龍姫信仰が厚い。こんな噴水も建造されるし、七天教会行くと露骨に龍姫像がセンターにでっかく飾られてて全体的に青い」
と、少しだけおれは笑う
「夜が明けて朝になったら見に行くか?
結構特に信仰する神に合わせて同じ多神宗教の教会でも差があって面白いぞ?」
「観光も良いけど……真面目にやれって言ったのゼノ君じゃん」
「反省したよ。君に強要している立場なんだから、それっぽく動ける限り、君の心の健やかさを重視するさ」
苦笑しながら、すっとおれは噴水を指す
「結局のところ聖女様が警告して下さったってやるのは教会が一番だ。どうせ行く必要があるならって話」
「でもさ、龍姫様なら……」
不意に少女の表情が翳る。アナと比べてかなり快活そうな、ゲームでも見覚えのある立ち絵……程じゃないか。けれども明るい表情が曇り、不安を浮かべる
「アーニャちゃんの方が良かったんじゃないの?」
「いや、腕輪の聖女様と天光の聖女様なら、リリーナ嬢の方が人々は言葉を聞いてくれる筈だ」
「……そうかな?ってそっか、アーニャちゃんまだ聖女として正式じゃないもんね」
「まだって、何時か正式になるのか」
いやなるのは知ってるんだが
というか、最初から腕輪の聖女だーと半分聖女扱いなのが変だというか。その辺りは、頑張ってエルフの皆を助けようとしたとか色々絡んできてるんだろうな
『エルフと縁がなければ、エルフの宝である流水の腕輪との縁も出来ませんからね』
と、脳内で答えを返してくれるのは始水……というか、話題に上がっている神様である
相も変わらず、おれには優しい。皆にも優しく……無ければそもそも七大天として広く信仰などされてないか
と
「あ、痛っ!?」
突如としておれの横で少女が自身の右股を抑えて踞った
「リリーナ嬢!?」
「ゼノ君、何かが突然」
だが、訴えるようにおれを涙眼で見上げる彼女におれは何も返せなかった
それよりも衝撃的なものが視界に入っていたから
踞る少女の横で、ちょっと冷たい瞳でじーっと見下ろす黒髪の少女。何時も隠していた白い狼耳は完全に露出しており、おれのあげた帽子はきゅっと左手に握られている。いや被ってないのかよアルヴィナ!?
というか、何で居るんだお前
つん、とさらに狼少女が右手の骨の杖でリリーナ嬢の……今度はそこそこ豊かな胸を小突こうとした瞬間、割って入る
「何やってんだアルヴィナ」
「え、アルヴィナ!?どこどこ」
……目の前に居る筈だが?というか……
ひょっとして、おれにしか見えていないのか?
脳内で困惑するおれを余所に、呼び掛けられた少女はその耳を上に立てて少し表情を綻ばせたのだった
「皇子、ボクが見える?」
「見えるからリリーナ嬢に謝ってやれ。悪戯される謂れはないぞ」
「……え、居るの?」
「いや目の前に居るだろ」