蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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逃走、或いは休息

「っ!」

 突如として唇を噛み締めるアルヴィナ。その金の瞳が片眼隠した前髪の奥に霞がかった満月のように揺れる

 

 「アルヴィナ?」

 「……もっと、皇子と遊びたかった」

 「遊びか……」

 「泳ぎとか?」

 おれの反応から何となくアルヴィナの言葉を推察したのだろうか、リリーナ嬢が茶化した

 

 いや、確かに浮かれて水着を持ってきてたりリリーナ嬢はそうだろうが……

 「やりたかった」

 ってオイ。そうだったのか……

 

 呆れ顔のおれの横で、聖女様は目をぱちくりさせていた

 

 「でも、出来ない」

 何処か寂しげに少女は告げる。その耳もぺたんと伏せられ、本気で残念そうだが……

 「すぐ、帰らないと」

 「そうなのか」

 だから、と上目に見上げてくるアルヴィナ。少し潤んだ瞳に何でも言うこと聞いてあげたくはなるが……

 うん、おれ始水の時からそういうところ弱いんだよな。心を悪鬼にしないと断れない

 

 いや断る必要も大概は無いんだが

 

 「皇子。次は敵同士

 ボクを拐ってくれるまで、ボクは皇子の敵に徹する

 そうじゃないと……」

 不意にアルヴィナの視線はおれの肩にずれる

 「ボクの為に死んでいったお兄ちゃんの友人が浮かばれない」

 その瞳が見据えるのはおれの左肩にマントとして残る彼の左翼

 

 「アルヴィナ……」

 「だから、ボクも同じ。最後まで敵のフリをする。皇子に捕まって拐われて、死んだ扱いになるまでは」

 「死んでくれるのか、アルヴィナ」

 「死ぬ。あの魔神王の妹で……屍の皇女としては

 皇子のボクとしては生きる」

 「ああ、そうか」

 そう言ってくれるのは嬉しいんだが……

 

 ん?アルヴィナだけが味方してくれたとして、それ大丈夫か?

 「心配ない。ウォルテールも分かってくれてるし、そのうちボクもまた表に立てる」

 おれの心配を理解したのか、少女はおれの頭を撫でて……

 

 「貰っていく。戦利品

 後で返すから」

 かぷっと今一度おれの左手を甘く噛み、左手の薬指を口に含んでなめ回すと……

 そのまま力を込める。魔法の力を込めたのだろう牙はさくっとおれの指を手から切り離し……

 

 「いそが、ないと」

 そのまま、少女の姿は消えた

 ……いやちゃんと味方するからと言ってからだからまあ良いんだが、いきなり指を持ってかないでくれないかアルヴィナ!?

 

 「へ、ゼノ君?」

 彼女の視点ではいきなりおれの指が消えたのだろう、桃色聖女が目を見開いて……

 「気にするなリリーナ嬢」

 「いや気になるよ!?

 あー、アーニャちゃんが言ってたのこれかぁ……」

 ……何か納得されたんだが

 困惑するおれを余所に、うんうんと聖女様は頷いていた

 「まあ、そりゃゼノ君ってこういう人だよねってのは分かるんだけどさ、いきなり見せられると滅茶苦茶困惑するよね」

 「納得しないでくれないかリリーナ嬢」

 そんなおれ達に真面目にしろとばかりに、カラスが鳴いた

 

 そんな中、おれは血を流す左手は放置してアルヴィナが逃げなければならなかった何かを警戒して立ち上がる

 手元に愛刀はない。鞘がまだ直ってないからな……とりあえずアイリスに預けたままだ。最悪鞘がないままでも頼勇が持ってきてくれるはずだし、気にするほどではない 

 とはいえ、アルヴィナが……おれとアウィルにしか存在を認識されないからと当然の面で攻めると宣戦布告した都市で遊ぼうとしていた魔神が突然逃げ出すほどの相手には心許ない

 

 が、普通の鉄刀の柄を握り……

 …… 

 「何も起きないな」

 暫くしておれはそう結論付けた

 

 「特に何もない」

 とは、シロノワールの言葉。いや知ってるなら教えてくれないか?

 「じゃあ、何に反応したんだろうなアルヴィナは」

 残念そうな素振りであったし、それまでも演技で本当はおれの味方する気がないというのでもなければ、今逃げ出す必然性を感じないんだがな

 

 そんなこんなで話していれば空が白み始める

 そこまで最初から騒ぎにしたくないからと夜のうちに着くようなスケジュールを組んできたから、そろそろ人々の活動が始まる時間だな

 「リリーナ嬢、そろそろ行かないと」

 「そっか。あんまり大事にする前に話をつけないとだっけ」

 『ウルゥ!』

 一番目立つ白狼が同意するように鳴いた。まあ、天狼なんて街中に居たら大問題だろう

 誇り高く案外人懐っこいから排除とかそういった話までは行かないだろうが、伝説の幻獣が居る時点で何事かとなる

 

 ということで、一応話をつけさせて貰ったホテルへと向かう

 『ルゥ?ククゥ……』

 ちょっとだけ不満げなアウィルだが、もうでかすぎて何時でも連れ歩けるサイズではない。馬小屋……は流石に他の馬に迷惑過ぎるため、騎獣舎へ向かう

 騎獣舎は言ってしまえば馬以外の生物のための馬小屋みたいな場所だ。全体的に馬小屋より広く、代わりに寝藁が無い。岩肌で寝る地竜なんかも居るからな、草原っぽくするばかりが良いわけでもないのだ

 

 『グルルゥ』

 「何処かに行くときはちゃんと呼ぶからさ、待っててくれるかアウィル?」

 観光地だけあって自前で飛竜を持つ貴族(王都に暮らすのではなく自領に居る方)なんかも泊まりがけで来ているのだろう。数頭の飛竜に、虎みたいな生き物も居るな。何処と無くタヌキ感ある黒い足の辺りヌエだろうか

 

 ちなみに八咫烏連れてても何とも言われないように、ヌエだって普通に居る魔物だし何だかんだ人間に飼われる奴も居るくらいの認識はされている

 一説には雷獣とされるんだっけか?だからか雷属性の魔物とされ……

 チラリとアウィルがその蒼い瞳を向けるやびくりとその体が跳ねた。そう、天狼は雷神の似姿とされる雷の幻獣、ヌエからすれば自分の超上位種な訳だ

 

 うん、何にも可笑しい奴は居ないんじゃないか?ごく普通の大きな街の宿の騎獣舎って感じ。此処にもアルヴィナが逃げる理由なんて無さげだし……本当に何を感じたんだ?

 

 そんな事を思いながらおれは馬小屋に白いネオサラブレッドが繋がれているのを確認してから、宿に真っ直ぐ向かっていたノア姫と合流し、一人の部屋で息を吐いた

 

 うん、湖も龍姫の噴水も窓から見えないな。逆向きの部屋なら見えるんだけど高いからな……


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