蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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宗教画、或いは祈りの場

おれは一人で大丈夫なのかアナ!?とリリーナ嬢の声にとりあえず周囲を見回して……

 「……エッケハルト」

 何となく憮然と立ち尽くす赤毛の青年の姿を見かけてほっと息を吐いた

 

 いや竪神でもガイストでもないのかとは思うが、アナ大好きなエッケハルトが適任といえば適任だろうしな

 

 ぎろりと此方を見てくる集まっている信者達の後方に頭を下げて、横のリリーナ嬢にも態度で促す

 声は出さない。うっかりおれも声出ししてしまったが、こういうタイミングで空気読めてないのは此方だ。彼等は静寂の中、聖教国の至宝とか一部で祭り上げられている腕輪の聖女様の祝詞を聞き、七大天に捧げる祈りを共に行っているだけなのだから

 

 今のおれ達って教皇枢機卿……は言いすぎにしても教会のお偉いさんの説法を邪魔してるようなもんだぞ?そりゃ睨まれる

 「ねぇねぇゼノ君ゼノ君」

 「良いかリリーナ嬢。ちゃんと儀が終わるまでステイだ。そうしないと空気読めてなさすぎる」

 「ご、ごめん……」

 小さく俯きしゅんと垂れ下がるくるっとカールさせたツーサイドアップ。横に飛び出たそれが少女の顔の向きと合わせてころころ変わり心境を教えてくれる

 

 うん、そうだよなおれも問題だったしエッケハルトもガン無視してくる。そう結論付けて、おれは一個空いている……というか一緒に祈っている信徒の6~7歳くらいの女の子が詰めて空けてくれた席にリリーナ嬢を座らせ、自分は立ったままアナの言葉を聞き続けた

 

 「ゼーレ・ヤーハ、ティアミシュタル=アラスティル」

 「「ゼーレ・ヤーハ、ティアミシュタル=アラスティル」」

 アナの最後の祝詞に合わせ、リリーナ嬢と二人で言葉を紡ぐ

 周囲では言わない人が多いな。やはりというか、神の魔名を聞き取れなかった人も多いのだろう

 

 「滝流せる龍姫、わたし達の魂の主よ、これらの祈りを受け取りたまえ」

 と、さっきの祝詞を人々全般が理解できるように言い直して、ぱん、と銀の聖女はステンドグラスから降り注ぐ青い光に照らされて手を打つ

 「我等が龍姫よ、この願いを聞き届けたまえ」

 大きな合唱と共に、皆が手を打って……

 

 「宗教画だこれ」

 「宗教だぞリリーナ嬢」

 宗教画だって、宗教無関係ながら拝みたくなる絵面に使う言葉じゃないか?確かに祈りを捧げるアナは拝みたくなる神々しさを備えているが、文字通り神に祈る宗教行事の一場面なんだから宗教画に決まってる

 ちなみに、神を描くから始水の絵は何でも宗教画だ。それこそ寝顔でも何でも

 

 ぽちゃん、と水滴の音が響いた

 「はい、おしまいです」

 と、振り返った銀の聖女が柔らかな微笑みを浮かべる

 「龍姫様はみんなの言葉をきっと聞いてくださいました。あなたの苦しみも、届かないかもしれない夢も」

 と、聖女はサイドテールを揺らし、ぱっと青く輝く腕輪を嵌めた左手で巨大な龍の像を示す。正確にはその腕に抱かれた杯を

 

 「辛さに、苦しさに、切なさに、龍姫様は涙してくださいました」

 確かに良く見れば像の眼の青い宝石から水滴が零れて杯に落ちていっている。恐らくは魔法だろう

 「ですからきっと、あなた方のこれからの人生、祈った夢に向かうその時、龍姫様は小さくあなたの背を押してくださるでしょう」

 そうして少女は優しく慈愛の笑みを浮かべて皆を見渡した

 

 「あなた方皆に、幸せがありますように」

 と、ぼうっとした淡い青の光が数人の腕に浮き上がる

 「えへへ、完全にこれで今回はおしまいですけど……光った皆さんだけちょっと残ってくださいね?」

 

 「完全に宗教だこれ」

 「元から国教だよリリーナ嬢」

 『いえ世界宗教ですよ兄さん』

 創造神の一角様が何か仰っておられる

 

 というか始水、本気で手を貸してるのか?

 神様本神が話しかけてくれたのでちょっと尋ねてみる。これで無関係だと唯の怪しい宗教化しそうだが……

 『全部じゃありませんよ。あの娘に告白する勇気が出ないとかいちいち聞いて後押しなんてしてられませんし。神様が聞いていてくださると勝手に勇気を持てれば十分です』

 いや聞いてるじゃないか

 『普段は人が魔名を唱えて言葉を、心を送ろうとした際に大気のマナが決意と祈りを判断して足りないと弾き返しますが……集団で祈る際にそんなことはさせませんよ』

 ……ああ、魔名をみだりに唱えると罰が下るってそういう仕組みなのか、一つ勉強になった

 

 『まあ、ああして多少病に効く水とか杯に受けさせていますし、助けるべきと思った人々くらい助けますよ?これでもこの世界の神様ですしね

 といっても、何時でも何処でも何度でもやられても困りますし、無限に助けていたら堕落しますし、そもそも過干渉は七大天内でも禁じてますし……

 ああして代表立てて場を作ってしっかりした祈りを捧げた時だけですが。後は緊急事態以外知りません』

 国教だこれ

 『世界宗教です』

 くすりと笑い声が聞こえる

 『ちなみに、あの赤毛の男の、アナちゃんとイチャイチャ云々はしっかり右から左へ聞き流しておきましたので、ご心配なく』

 

 「ねぇねぇゼノ君、これ本物かな?」

 と、神様トークしている間に席を立った桃色聖女がおれの左手の袖を引いてきた

 エッケハルトはまだ憮然と立っている。多分折角アナちゃんと湖の都市に来たのに水着できゃっきゃじゃなく真面目な説法だなんて、と思ってるんだろう

 「七大天に選ばれた者が七大天を疑ってどうする」

 「ま、まあそうなんだけどさ?」

 そんな風に話しながらおれは、譲ってくれた女の子等がアナが取り外した杯からガラス瓶に詰めた水を手渡されていくのを眺めていた

 

 そうして、漸く声をかけられるほどに人が居なくなったのを見計らって……

 「あ、きゃっ!?」

 外から聞こえる小さな悲鳴

 

 「リリーナ嬢も任せたエッケハルト!」

 その声を聞いた瞬間におれは磨かれた石の床を蹴って飛び出していた

 

 外に出てぱっと見れば踞るさっきの女の子と、疎らとはいえそこそこ居る人の合間を縫って駆けていくフードの人影。時折当たりかけながらも教会の敷地を……

 

 「っ!すまないティア!」

 悪い始水!

 それを追うためにおれは聖堂の壁を少し駆け登り、頂点近くに掲げられた龍姫の紋章を強く蹴って一気に横へと跳躍。罰当たり極まる空中機動で人々の頭上をぶっ飛んでフードの影の前方に着地する

 

 「は!?」

 一瞬驚いたような人影だが、周囲の何だこいつ!?みたいな反応とは異なり逃げる決意を決めていたからか即座に立ち直り、ガラス瓶を左手に強く握り締めると腰の剣を抜き放ちながら……

 「往来で抜刀するな」

 振りかぶって斬りかかってくるが慌てることはない。ステータスくらい挙動で大体分かる

 

 「邪魔だぁぁっ!」

 振り下ろされる剣の刃を左手で受け止め、そのまま握り込み力を込めて手首を捻ってへし折る。唯の鉄剣ならばそれで砕けるので、そのままおれが倒れる前提で駆け込んでくるフードの男に肘……は強すぎるので肩を当てて弾き返し

 「ぐがぅっ!?」

 宙に浮かんで吹き飛ばされるフードの男(胸板が硬すぎるので確定)に向けて強く踏み込んで、左手を伸ばして喉を掴み、逃がさないし瓶も何とも出来ないように相手の左手も掴んで捻りあげる

 

 ……

 「くふっ」

 そのまま意識を落とさせて……ってちょっと待て

 くたりとなる男の左手の瓶に違和感を感じてその体を横たえながら引き抜いてみれば、見えてくるのは良く似たコルクだが少しくぐもった瓶。これ……ガラスじゃなく魔物素材だな

 

 教会は割と金があるし、七大天を現す七色のステンドグラスなんて金のかかるものも良く使っている。だから嗜好品故に高いガラスの職人なんかも居るし、瓶だってガラスだ

 ならばこれは別物。流石に全く関係ない一般人をって訳じゃないだろうが……

 

 そうか!何人かに当たりかけたとき、其処に仲間が居てすり替えたのか!もしも捕まっても似たもの持ってただけなのにって弁明するために!

 だから怪しいフードか、顔を見せないために

 

 ってそれが分かったとして、どうする?

 焦りと共に振り向いて……

 「ぐぇぇぇぇっ!」

 金髪のイケメンによって地面とキスさせられる男の子の姿に息を吐いた

 

 「すまないシロノワール」

 「確保されて一人だけ挙動不審になったから捕らえておいた」

 「やめ、助け!」

 呻く少年の懐から、コルク栓のされた小瓶が転がる。透き通ったガラス瓶だ。そこらの子供が持っているものじゃないし、観察していたがアナから貰うところをおれは見ていない。明らかに今パクったものだろう

 

 「貸し一つだ、何時か返せ」

 「やりすぎないでくれよ、彼についてもおれへの貸しも」

 ふん、と影に消えていくシロノワールに向けて告げながら、おれは瓶を拾い上げた


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