蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「……もう盗られるんじゃないぞ」
言いつつぎろりと精一杯周囲を睨み付ける
少女に向けてと言うよりは、周囲に向けての威圧だ、これは。ふざけた真似をしたら同じように意識落として騎士団に突き出すぞという脅しに他ならない
ぺこりと頭を下げて瓶を受けとる女の子
「良かったね」
と、追い付いてきたリリーナ嬢が声をかけた
「あ、ちょっと待ってくださいね」
と、アナは少女を呼び止め、転んで擦りむいた足に小さく魔法の光を浴びせて傷を癒す
「ありがと、おねーちゃんたちとおにーちゃん」
きゅっと少女はおれの左手の小指を握って……
「駄目じゃないユーナ、あれは恐ろしい化け物よ。手を洗いなさい手を」
母親に怒られていた
「ばけもの?」
「あれは忌み子よ、何ておぞましい。どうしてこの龍姫様の見守る地に居るのかしら、出ていってほしいわ」
「おにーちゃん、悪い人なの?」
「ええユーナ、神様に呪われたとっても悪い人なのよ」
「アナ、止まってくれ」
何かを言いたげに体を震わせる銀の髪の聖女を手を伸ばして制する
「でも、皇子さま」
「おれは忌み子だよ。それは変わらない。それに余計に噛み付いても、どうやっても平行線」
ぎりっと奥歯を噛む
だからだ。だからこそ、夢物語の理想論に過ぎなくても、おれは……
と、周囲に集まってくるのはこの地の騎士団の兵士達。ぞろぞろと集まってきておれへと剣を向けるが、横に立つ神官服の少女と追いかけてきた赤髪の青年の姿に剣を納めて礼を取る
膝を折るのではなく、胸元に手を当てる形の礼だが
まあ、無理もないだろう。エッケハルトの奴、いざとなったら使ってくれと手渡しておいた機虹騎士団の騎士服(ちなみにこれは騎士の位……つまり貴族にのみ配られるものだ。魔物素材繊維やら何やら色々編み込んであるので下手な金属鎧より硬いし重い)を着込んでるからな。第三皇女直下の騎士団のお偉いさんにしか見えない。おれ相手と違って、礼儀を弁えない訳にはいかないだろう
……まあ、アナを護れるように使って良いぞと言ってるだけで、実は部外者なんだが。いや何でそんな目立つもの着込んできたんだエッケハルト
「聖女様」
軍服を着た騎士が声をかけてくる。そそくさと女の子の手を引いて去り行く母娘を見送りながら、おれは逃がさないよう青年と少年の窃盗犯の首根っこをその手で掴んでおく
「……まずは、白昼堂々と窃盗されている治安の微妙さを」
「反逆者が」
とりつくしまも無いな。まあ、高度を稼ぐためとはいえ教会に掲げた神の紋なんて蹴ったんだ、さもありなん
というか、やらかしたな……人混みを飛び越えなきゃいけなかったとはいえ、流石に不味い
『いえ緊急事態なら構いませんよ?』
なんて本神は何時ものように冷静だが、神が許しても信者が許さない。何たって、神様の声聞こえないからな
『……そもそも、兄さんに聞こえるのが私との契約の関係ですからね。人生どころか死後含めて自分の全てを差し出した救いようのない超絶特大馬鹿か、或いは誰も聞こえないと困るからと選んでおいた教皇一族か……それくらいしか聞こえなくて当然です』
……うん、何を馬鹿やってるんだろうな昔のおれ。別に後悔も何もないし、おれだって始水の為なら多分四の五の言わずに契約してたろうけどさ
って漫才してる場合ではない
「聖女様、この罪人を」
「いりません」
ぴしゃりと告げるのはアナ。って眼が笑ってないんだが?
「しかし……」
「龍姫様への無礼は、龍姫様自身が裁きます。そう、龍姫様像の眼を盗んだ彼等のように、自ずと裁きは下る筈です」
と、くいくいと袖が引かれる
「ねぇゼノ君、眼泥棒って?」
「10年前くらいの馬鹿の話。後でちゃんとするよ」
と、疑問符を浮かべる桃色少女に言って、静かに告げるアナを見守る
「だから心配ありません、わたし達が心を砕かなくても、相応の罰は下りますから」
小さく俯いて、ほんの少し青みがかった銀髪が垂れる
「それに、彼はこの国の第七皇子さまなんですよ?身分はしっかりし過ぎてますから、逃げも隠れもしません」
「しかし、腕輪の聖女様」
「心配ありません。わたしに何かをやろうとするなら、そのまま皇帝陛下に裁かれて死ぬことを覚悟しなきゃ駄目なんですから、わたしは安全です
だから、大丈夫なんです」
なおも説得を続けるアナを余所に……
「答えろ、何がしたかった」
おれの手からひったくり少年を睨み付けるシロノワールへの対応を優先する
意識を取り戻した少年のズボンから水滴が地面に拡がるのが見えるが……うんまぁ怖いわな、見なかったことにしよう。指摘するのも可哀想だ
「シロノワール、やり過ぎるなよ?」
「殺す価値もない」
「殺しを候補にするな」
魔神王だから残酷さは分からなくはないが、それでもおれは怒りを顕に声を荒げて止める。うっかりで殺されたらたまったものじゃない
そこはアルヴィナもなんだが、あっちは何だかんだ穏健な感じはする。シロノワールだったらあの異端抹殺官を殺してた気がするしな
「ってかゼノ君もシロノワール君も、結構顔が怖いんだからあんまり睨んじゃ駄目だよ」
「そうだぞ」
同調するエッケハルトにお前なぁと言いたいが、絶交と言われてから仲直りしてないから我慢し、リリーナ嬢に任せることにする
「……うん、でも君達のやったことは悪いことだからさ、私も庇ったりは出来ない。反省は必要だからね
でもさ、何か事情があるなら、この怖い人達をある程度止められるんだ」
「……まぁ、な」
いや、怖い人扱いかとは思うがまあ良いか
「それに、この人たち実は結構偉いから、何か力になれるかも」
「第七皇子だ」
「……怪我が治せないようなのが皇子?うっそだぁ……」
うんまぁ、そんな印象だよな。悲しいことに。基本的に、アステール等が例外なだけで七天教においておれへの扱いなんてこんなもんだ
罰当たりな行為を例えしていなくとも、存在が罰当たりで呪われていて馬鹿にされて然るべき
「……一応本物なんだが?」
「……じゃあ、何で俺達は苦しい生活させられてんだよ」
うぐ、正論
だが、だ。あまり怯んではいけない
「何でもかんでも国が助けていて何になる。自分達でも生きていけ
有事に護るが皇族であって、平素から為すべき事をしない者を助ける為に居る訳じゃない」
自分で言ってて厳しいな、と思う。ニートを飼うために居る訳じゃないのは確かなんだが、おれはそれと同じような事をやらかしてたしな……
それにだ。自分で自分を救えない幼い子や怪我人病人を立ち直るまで護るのは当然義務なところもあるし、少年は結構幼い。おれの1~2個下か?
となれば成人していないくらいであり、保護者が居なければおれ達王公貴族の保護対象の可能性すらある。教会にはそこそこ孤児の為の資金とか渡ってる筈だが足りなかったのか?
「口だけの偽善者」
何も言い返せず、おれは肩を竦めた
近年までシュヴァリエ領だった訳だから、本来こういうのはユーゴ達が対処すべき案件だったんだが……シュヴァリエ公爵家って地位だけ偉い馬鹿貴族だったしやるわけ無いか
って、それをやらかしに乗じて潰しておいて改善が行き届いてない時点でおれ達も同罪か。いやでも、多少改善するために街長とかには金を送って無かったか?
父があのボケを殴り倒してこいとか何も言っていない以上、上手く行ってるというような報告があがってきているのは確かなんだが……嘘か?
「すまないな、偽善者で
ならばこそ、偽善を善に変えるために、どうして幼い子供から神に与えられたものを奪おうとするような罪を犯さなければならなかったのか教えてくれ。何とか出来るかもしれない」
おれは少年に目線を合わせて、その手を握って言葉を紡ぐ
そんなおれを睨み返しつつ瞳に怯えを湛えながら、吃りつつ少年は返してくれた
曰く、
「風邪の妹に、奇跡の野菜を……」
「龍姫様に祈れ」
いや、さっきアナがやってたの何だと思ってたんだよ。参加して祈れば水を貰えたかもしれないだろそれ
って、ん?
「奇跡の野菜?」
妹の風邪に効く薬としてあの神の加護のあるだろう水が欲しかったのではなく?
「聖水は高く売れるから、それで野菜を」
「悪い、前言撤回」
無理だわ、貰える筈がない。妹云々関係なく、転売商品が欲しいってだけじゃないか
何言ってるんだコイツと困惑しながら、おれは少年の頭をぺちんと軽く叩いた
にしても、また奇跡の野菜か。流行ってるのかあの輸入品の不味い野菜
「美味しいけど……そんな高いの?」
と、疑問符を浮かべるのはおいしく食べていた桃色聖女。それを受けて少年はすがるような眼をしつつ頷く
「とっても美味しくて奇跡の力もあるのに、街長様達が買い占めて」
転売屋かよ。ってか大丈夫かその街長、かなり背任の香りがするというか……
こんなキナ臭さを感じて巻き込まれる前にアルヴィナは逃げたのかもしれないな
そんなこんなで、アルヴィナとの決戦は魔神関連を抜きにしても一筋縄では行かないのでは?という不安を抱えつつ事情を聞いたおれは……
「それはそれとして窃盗は窃盗だ」
少年を騎士団に引き渡すのであった
一応妹関連のフォローとか何か考えておかないとな。一ヶ月前後の懲役ってなりそうだが、その間にあの少年の妹が病死とかなったら洒落にならないし
というか、うちの帝国腐ってるところはかなり腐ってないか……?