蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
『クルゥ?』
……アウィルは無事そうだな。揺れの中、特に体勢を崩すこともなくただ突っ立っている
だからその上の二人もほぼ安全だが……
だが、この世界に地震なんてものは無い。正確には自然現象としての、だが。プレートの活動がどうとかそういうの無いからな……なんたって星の姿しないんだぞこの地上
だからこそ、人工的に何者かが起こさなければ有り得ない事象。その証拠に、身を乗り出していた宿の客も窓を閉めて怯えるし、騎士団員も地面が揺れるという怪奇現象に地面に踞り……
「っと、危ないな、大丈夫か?」
と、逃げ遅れて揺れに身を取られ窓から転落してくる少年を片手でキャッチ
いや、おれはニホンの記憶があるから地震なんて慣れてる。室内だと昔の事故を思い出してヤバかった気がするが、外なら平気だ。だから動ける
「……何事だ」
震源は分からない。そんなもの推測できる地震学者じゃない
だが、そんなおれの耳に飛び込んできたのは地割れの音。魔法で舗装された石造りの道が割れる鈍い音
耐震性は高くないからひび割れるのはしょうがないが、それにしては遠く重い
これは、湖の方か?
「……顔は覚えたぞ」
脅しだけかけて、アウィルを連れて未だに小さく揺れる街中を湖方面に向かって駆け抜ける
教会は街中心、港は当然湖方向。騎士団の拠点は湖側だと侵攻か?と面倒なので内陸側に拵えられている
湖側は基本的には開放感の演出だったり複数階建ての宿なりの景観を良くするためなりの理由で平屋が多い。その為出店とかそういった区画になりがちだ。あまり震源になりそうな場所は……
いや、あった!市役所……ではないが扱いとしては多分似たものな街の管理の中核の役場!
外交窓口ともなるそこは湖に隣接しているというか……
けたたましく鳴り響く魔導機関の警笛、そして始動の赤い煙
基本的に動かさないぞというアピール兼ねて道を舗装して陸に埋め込んでいるが、役場は元々魔導船だ。ゼルフィードに近い、かつての魔神との戦乱の際に造られた850年前の船の制御装置を覆うように建てた建物なのである。平和の象徴のようであるべきだと、おれは一応其処に強力な船が在る事は知りつつ使おうなんて思っていなかったが……
あの阿呆、勝手に起動したのか。存在を知ってるものは歴代のシュヴァリエ公爵、彼からこの街を任された者、後は皇帝と……おれのような元ゲームプレイヤーの
そのうち、【
確かに強力な船だが、空間転移だの超重力だのぽんぽんやってくるAGXの母艦か何かを彼等は恐らく所有している。そっちの方が間違いなく強いから要らないってところか?
エッケハルトもリリーナ嬢もオーウェンも動かそうとは言わなかった。ならば……後は街を任された街長くらい
整理すれば、街長が聖女を拐って、魔導船も動かして……では、その先は何だ?
おれの言葉に共感して共に戦うため?ならばこんな行動しなくて良い
ダン、と地を踏み締めて、湖の畔に辿り着く
既に大地の錨を砕き、全長100mを越えるだろうかなりの巨体を誇る古代の船は本来の姿を取り戻して湖上にあった。やはりあの揺れは、大地という鎖を強引に絶ち切るための揺れか
……やりやがったな!
首根っこひっ掴んで連れてきた騎士団兵士の兵士を前に突き出してその姿を見せる
「魔導船フォルト・ヴァンガード」
ぽつりと呟くのは、おれがゲームで見たヒロイン達は使わなかった船の名前。本来争いから逃げたい人々の為の水上生活用に造られるも、水上にも現れる魔神に戦闘用に転用せざるを得なかった古代船。眠らせてあげようと、ゼルフィードと違って平和のために産まれた船をまた戦乱に使いたくないという願いから一部兵装だけ貰ってくるに留めたアレを……っ!
離岸した船は一目散に離れていく
キラリと光って飛んでくるのはビーム砲。搭載兵器のうち現存するものの一つだ
ゼルフィードのように魂火を注いで造られた幾つかの古代兵器は現代でも通用する超兵器、850年前の代物とは思えない程の脅威となる
「っ!」
だが、流石に殺されてやる程の事はない。ドボンと兵士を湖に落として両手を空け鉄刀を抜刀して横凪ぎにビームを両断、雪那の派生を学んだ今なら魔法も斬れる!
「……全部貰ってくるべきだったか」
ゲームでもそうだし良いだろうと、実はシュヴァリエ事件の直後、頼勇と会った頃にビーム砲のジェネレーターを二つ、おれは父の許可を得て取り外して確保している。あの船のビーム砲は総砲門40、そのうち半分はジェネレーターが無くて使えない筈だ
そして外したものは、アイリスの使うHXS……そしてLIO-HXで使われている。だが、それ以上は外さず置いておいたから、今ビーム撃たれてる訳で
「流石にこれ以上撃ってこないか」
と、おれは息を吐きつつ……ごぼごぼという音に気が付いた
「あ、すまない」
意識無くなりかけてた兵士が溺れている。アホかおれはと思いながら引き上げて一息
「……ゼノ君」
「20基あっても、全部撃ったら街ばかり被害に逢う。そこまで阿呆では……」
だが、船は遠ざかっていく。明らかにおれ達に対して好意的ではない
おれの心を受け、魂に結び付いているという左嘉多のマントが無い筈の風を受けてはためく。翼のように、大きく拡がって……
「止めろ」
唐突に肩から掻き消えたかと思うと影から金髪の魔神王が姿を見せた
「止めないでくれ、シロノワール」
「殺すぞ、貴様」
宙に翼で浮遊した青年は、おれの眼前に立ちはだかっておれの胸元に槍を押し付ける。心臓を貫くぞと言いたげに
実際に、チクりと胸が痛む
「シロノワール!」
「私利私欲で翼を汚すな。それを赦した覚えはない。普段の自制心は何処に棄ててきた」
「くっ」
仕方なく意識を切り替え、翼の力を無理矢理に行使するのを止める
「アウィル」
代わりに呼ぶのは天の狼。伝説の幻獣
「あの船、沈められるか」
その言葉に、狼はブンブンと頭を左右に振った
『「ぬし?駄目なんじゃよそんなことしたら乗ってる人死んじゃうんじゃよ!?」』
「泳げば死にはしない」
『「死ぬ人は居るんじゃよ!ぬし、怖いんじゃよ」』
「そうですよ、いきなりどうしたんですか皇子さま」
なんて、握り締めたおれの手を掴むのは銀髪の方の聖女。右手を自分の胸元に抱き締めて、おれの腕を封じこめる
「逃がすものか」
『「アウィル絶対やらないんじゃよ!」』
白狼は耳を倒して丸まってしまう。協力はしてくれなさそうだ
アナも、シロノワールも、誰一人として助けてはくれない。それでも、あいつらをここで潰すには……
「ゼノ君、眼が怖いよ?どうしちゃったの」
「……あの阿呆を、終わらせる」
「終わらせちゃ駄目ですよ!」
「そうだよ!何時もは無駄に誰にも甘いじゃん!」
口々に言われる批判。腕は柔らかすぎるものに抑えられ、怪我させずに振りほどくのは難しい
「王公貴族は民を護るものだ」
「いやそうだけどさ!?」
「こんな風に逃げるのは良くないことですけど!」
「有事の際に民のために命を張って死ぬから、おれは皇族としての権利を持っている。貴族も……特に騎士団を、武力を預かる者達もそれは同じだ」
ぎりりと歯を鳴らして、離してくれと強い瞳でおれを止めんと精一杯の怖い顔をする愛らしい顔立ちの少女を、全力で睨み返す
「優しい皇子さまに戻ってください!今の皇子さま、可笑しいです!」
おれは可笑しくなんかない。優しくもない
だから、黙ってくれ
「それを!有事の際に自分の安全のために戦力を持って真っ先に他国に逃げ出すような輩など!
自分の意志で力を得ておいて、その責任を棄て危機を呼ぶ塵屑」
黒い心が抑えられない。普段は自分にだけ向けていて、だからこそギリギリ律せているどす黒い憎悪が噴出する
「更なる危機を呼ぶ前に眠れ。生かしておくものかぁぁっ!」
その刹那、ドゴンという鈍い音が耳に届く
同時、首筋から冷たい鎖に覆われ凍りつくおれの視界に映ったのは……槍を納めておれの腹に掌底を突き込む黒烏の魔神の姿であった