蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「……此方だ、少年!」
『「走るんじゃよーっ!」』
行軍する無数の骸骨の前、逃げ遅れたのか何なのか、一人の人間……獣人の姿を見付けて叫ぶ
本来ならそのまま軍勢に突っ込む所だが、残念ながら今のおれの手にあるのは普通の刀だ。月花迅雷のように雷鳴と共に加速してって芸当は不能
更に言えば予備は3本、正直な話後先考えず振り回して足りるかと言われると怪しいところなので耐久力の無駄遣いは出来ない。こうしてある程度の長期戦覚悟の戦いになると、強さ以外にも耐久無限で好きなだけ振り回せるって神器の有り難みが良く分かる
が!
「っ!はぁっ!」
抜刀と共に斬撃を横凪ぎに飛ばして屍の首を跳ね、相手が怯んだ隙に距離を詰める。そしてそのままステータスにものを言わせて左足を軸に回し蹴り、右膝で渇いた骨を打ち砕く
「こっちです!」
「そうそう、もう大丈夫!」
その後ろからあまり聖女から離れないようにと配慮したが故に踏み込まないアウィルが取り囲もうとする骸骨を粉砕。よろめきながら、獣人だろう少年が聖女二人の方へ
罠だとしても、アウィルとエッケハルトが居る。罠でなければ助けるべきだ
「なにやってる!」
おれの怒号にその犬耳をぺたんと伏せる少年はまだ幼い。幾らなんでも、戦いたくて来た訳はないだろう
「でも、おかーさんが……」
その言葉に自嘲する。当たり前だ、そんな子を助けるためにおれは居る筈なのに、こんな怒号か
「まだ居るのか?」
「ううん、お薬持たずに逃げてきて……」
「薬を取りに来たんだ」
そんなリリーナ嬢の言葉に頷く少年
……そうだよな、急いで逃げたらそんなこともあるだろう。だが、少年の手には何もない。恐らくは気が付いて家に取りに戻ろうとして、もう既に魔神の軍勢が来ていたという状況
「アナちゃん」
「はい、任せてくださいね」
と、おれの背後で少女が小さく祈りを捧げ、その手に握った小瓶を輝かせる
「はい、ちょっぴりですけど聖女様の力を込めました。きっと暫くお母さん良くなる筈ですよ?」
「安心しろ少年。暫くで良いんだ。必ず、彼等はおれ達が何とかするから」
「あ、ありが……と?」
おれを見て、首を傾げる犬獣人
「彼女は腕輪の聖女アナスタシア、横の桃色いのは天光の聖女リリーナ
一応おれは、帝国第七皇子ゼノ。民を守る盾にして剣。だから、とっとと行くんだ、おれ達に守られてくれ」
「っ、はい!」
「清流騎士団!2名ほど彼を護衛、機虹騎士団長ガイスト・ガルゲニアと合流し、一時的にその指揮下に入れ!良いな!」
……そこでは?何言ってんだ忌み子がみたいな顔される辺り、実におれだなぁ……と
ゴルド団長と決闘し四天王を討ったからか境槍騎士団は割とおれの言葉を聞いてくれるようになってたんだが、他はダメかやはり
うん、すまないそ呆けているこの少年
「いや、一応あいつ皇子だからな!?」
「っていうか、私がこうして動いてるの、ゼノ君に頼まれたからなんだからね!実質私のリーダーだしちゃんと聞いてあげてよ!」
と、口々のフォローが暖色の髪色の二人から飛び、団長たる女性の頷きもあって漸く二人の男が動き出す
何か心配だが、ここでそんなにバラける訳にはいかない
頼勇さえ居てくれればかなり楽なんだが、あいつはあいつで想いも役目もある。無い物ねだりはもう止めだ
「リリーナ嬢、アナ、おれとシロノワール、そしてアウィルがある程度動きを止めるから、魔法でトドメを」
処理を終えたところで、おれは本題に入る
「わ、無理矢理」
「パワーレベリング、無理矢理スペックだけを引き上げる強引かつ本当の実力がつかない間抜け戦法だが……」
同じくパワーレベリングで無理矢理ついてきた自分に自嘲しながらも、残る右目で二人を見る
「単純明快にスペック足りなくて殺されましたよりは良い!」
「オッケー!」
移動時は重いしかさばるらしく所持していなかった金銀の両手杖を招来し、天光の聖女が元気よく答えた
「ただ、狩れるようにするとはいえ、あまり集中しすぎないでくれよ。正直なところ、トリニティと屍の皇女という不確定要素が……」
と、襤褸布を纏う死者の軍勢の中にふと見えたのは揺れる青い髪
可笑しい。ゾンビ軍団ならまだしも、基本今アルヴィナが使っているのはスケルトンだ。恐らくは兄に面影のある部下の屍なんかを倒させたくないから判別つかない骸骨を使役している
なら、髪なんて残ってる筈はない
悲鳴はない。少年のように襲われてもいない。ならば……
ダン、と地を蹴って跳躍。後方の骸骨兵が自身の骨を武器として投擲してくるが、そんなものダメージにもならない!
骨の雨に打たれつつ、何か見えた辺りに目を凝らして正体を上から探る
見付けっ!?
「……阿呆が」
烏姿で飛び立ったシロノワールが眼前で人型となり、背を向けたままおれの腹を踵蹴り
「ぐっ」
おれの身体は吹き飛ばされ、ふかふかしつつ割と硬いものに叩き付けられた。アウィルが跳ねて受け止めてくれたのだ
そんなおれが少し前に居た空に向けて、地下水らしき何かが間欠泉のように噴き上がった
「やはり」
「ってなんだなんだゼノ!?」
「『迸閃』っ!」
そのおれの言葉に目を見開くのは二人。アナはついていけずに首を傾げる
「皇子さま、それなんですか?」
「『迸閃』の四天王、ニーラ・ウォルテール!」
嘘だろ流石に!?アルヴィナがさらっとニーラに作戦立てて貰ったと言ってたから介入してるのは知っていたが、
アルヴィナがおれ達を殺す気で此方につく演技をしていたとは思わない。可能性としては存在するが疑わしいだけでは横に置いておく
だとすれば、真面目にアルヴィナの為に確実に勝てるだけの戦力をニーラの奴が確保して、アルヴィナに言わずに突っ込んだ感じか
「ニーラちゃんまで来てんのかよ!味方してくれないかな!?」
「いや無理でしょ!小説版アーニャちゃん並に一途……あ」
桃色聖女の緑の瞳が間欠泉からシャワーのように零れる水の滴るイケメン烏を見上げた
「私はただのシロノワール。ニーラ・ウォルテールは魔神王テネーブルを絶対に裏切らない」
うん、お前がその魔神王だろシロノワール
と言いたいが、魂が此方側でも明らかに別人の肉体側の為に動くのを止められないって諦めなんだろうな実際は
「……暴嵐は向こうか」
向かう湖の畔とは逆方向、おれ達の背後、内陸部(と湖相手に使うのは正しいかは微妙だが)側の仮避難所の方面から、遠目にも分かる巨大な白銀の巡礼者の姿が浮かび上がる
ガルゲニアの守護神ゼルフィードだ。早速いざという時の切り札を切らなければいけない状況……四天王なりトリニティなりの避難所襲撃が起きたってところか!
更には……間欠泉を放った青い人影はフードを目深に被るとスケルトンの軍団に紛れて消え、代わりに現れるは
「お姫ちんには悪いけど、おねにーさん心配なのよねー
ほら、アナタ。アナタの眼とか、お姫ちん好きそうだから、ね」
「っ!」
何時の間に紛れた!?
騎士団の兵士の中から聞こえるそんな中性的な……低い女性の声とも高い妖艶な男性の声ともつかない声音に、アウィルにもたれかかりかけた体勢を跳ね起こして抜刀の構えを取る
それだけならまだ良いが
「やれー、ざこざこおにーさん!よわよわな心で悲しみをびゅーしちゃえー!」
屍の軍の前に、何時しか淡い紫の髪の幼い少女の姿があった
完全に甘ロリと呼ぶべきだろう似合うような似合わないような服装で髪型はリリーナ嬢がたまにやってるようなツーサイドアップ。その前方辺りから小さな二本角が生え、ツーサイドアップに絡ませるように頭から生えた蝙蝠の羽をぱたぱたさせ、先がハート型な悪魔のような黒い尻尾を青年の足に擦り付ける
そして、その少女に従うのは、右手に拳銃より大型の片手銃を携えた仮面の男……ってあの特徴の塊の一人桃太郎はロダ兄じゃねぇか!何で向こうに居るんだよあいつ!?
「ろ、ロダ兄ちゃん!?」
「げ!ロダキーニャ・ルパン!何洗脳されてんだあのアホ!?」
アホが言うなエッケハルト!おれも言えないがな!
更には困惑する兵士の中から冷気が噴き上がり……どことなく始水に雰囲気の似た色々とデカイ女性が姿を見せる。始水のようにオーラの龍翼をはためかせ、何人かの兵士を凍てつかせて、その頭を椅子にしておれを見下ろす
「トリニティ……」
さっきシロノワールから聞いたうちの男が居ないが、何処かに居るんだろう
どうする、どう切り抜ける?
おれを見てくるアウィルに返す言葉に詰まり……
更に降り注ぐ熊のごとき分厚さと威圧感を纏う瘴気の巨影。屍の衣を纏う魔神狼が、アウィルを撥ね飛ばして降臨した
『キャゥ!?』
「お姫ちん、まだ早いわよー?」
「屍の皇女アルヴィナ!」
睨み付ける金眼にそう叫ぶ
あ、大丈夫そうだ。わざわざアウィルの横に出てきたのにおれしか見てない
アナとリリーナ嬢を狙える位置関係なのに逃がしてくれる辺り……っていうか、新入生のパーティの時にやったようにおれに向けてメッセージ飛ばしてるしな!
青い炎を浮かべて威圧しつつ、その炎の中に『大丈夫?』というメッセージを光としてちらつかせている
アレか、事態が混迷極めすぎて慌てておれをフォローしに出てきてくれたのか……