蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「はい、皇子さま」
ニコニコと笑顔で小さな匙をおれへと向けてくる銀髪聖女さま。幼少の頃はまだ恥ずかしそうに頬を桃色に染めていたものだが、今やその気配は欠片もない
「恥ずかしくないのか、シエル様」
「こうしないと皇子さま、食べてくれませんから」
……いやハイライト消えないでくれないか!
仕方ないので口を小さく開けて木匙の中身を胃に流し込む
前にこうされた時は……あ、ノア姫が鳥団子作ってくれた時か。あの時はまあノア姫相手だからと結構意識落ち着けたんだよな。
酷い話だが、何となく親っぽくて逆らいにくいというか……
「どうですか、皇子さま?」
小首を傾げておれを見上げる聖女に正気を取り戻す。
「味が分かる」
「わたしがこうする時、大体何食べても炭の味しかしないって言ってましたもんね……」
懐かしい話で何処と無く少女は沈んだ顔を見せて、それでも木匙をおれの口へと運ぶ
「はい、あーんしてください。何時もより食べられるなら美味しいですよね?」
「……まぁ」
気恥ずかしくて、逃げたくて、どうしても曖昧な答えになる
「皇子さまは、優しくされる事に慣れていなさすぎです。もっと人を信じて、ゆっくりしてください」
が、包帯をがっちり巻かれた体は重く、上手く逃げ出すことは出来そうも無かった
ってか、包帯キツ過ぎないか?右足辺りはノア姫が巻いてくれたのか殆ど圧迫感も無いんだが、アナが巻いたろう左腕の残骸とかギッチギチだ。寧ろ包帯が痛い
「ボクもやる」
と、そんな悪戦苦闘するおれは気にせず、ケモミミの悪魔までも襲来する
いや、おれ相手にそれとか止めて欲しいってのが本音なんだが……
何とかして抜け出したいが……と格子を見る
壊せないことは無いんだが、逃げて良い身分でもないからな、今のおれ。謹慎中だ
謹慎そのものは寧ろ父さん温すぎないか?レベルなんだが……と思いながら、こんなのおれにはという心を抑えて何とか木匙の中身の柑橘っぽい香りのする鳥粥にかじりついていると
「おー、ステラもやっていいかなー?」
不意に聞こえた声に、おれは肩を震わせた
この声は聞き覚えがある。"ほぼ"アステールの声音そのままだ
だが、何だこの違和感は
いや、理屈は分かる。そもそもだ、何故気配もなく現れた?何時どうやって入ってきた?
「あ、アステール様!」
「ふっふっふー、おーじさまがまたまーた怪我したーって聞いて駆け付けたステラだよー?」
耳をぴこぴこさせる姿はアステールにしか見えない。だが……
こいつは本当にアステールなのか?ルー姐に頼んだがほぼ空振りだったようだし、正体は未だ欠片も掴めない。
おれは静かに現れた狐娘を見据える
「コスプレ狐娘」
ポツリとおれの背後でアルヴィナが毒づいた。
「アルヴィナ、アステールのことは」
「……いけすかない狐。良く知ってる」
……まあ、会ったことあったか
「ステラは野良犬知らないけどねー」
という挑発に、アルヴィナは乗らずにおれの背にピとっと耳を付けて眼を閉じた
「あ、アルヴィナちゃん……」
苦笑するアナ。うん、でもアルヴィナっておれかアナか兄としか絡んでる印象無いんだよなそもそも……
「……あ、アステール様も皇子さまに」
「うーん、良く考えたら、ステラそんなことやってあげるほど、おーじさまの事好きだったかなーなんて」
困ったような笑みを浮かべて匙を受け取らない自称アステール
その言葉にほっとしてしまう自分に嫌気がさす。言葉自体は有難い。おれなんて屑、誰にも好かれなくて良い
多分かつてのおれが始水の契約に一二も無く乗ったのも、そんな気持ちだったのだと思う
だが、だ。相手はあのアステールだ。大人になって分別がついたと言えば聞こえは良いが、突然こんな態度になるのか?
その疑問を最初に抱けないなんて、見過ごしにも程がある
「アステール様?」
「いや、それは良いんだシエル様。成長だし貴女も多分何れ理解してくれると思う」
「絶対に一生分かりたくない理屈なんですけど……」
ぽつりと告げられる聖女の愚痴
それにへー、と意外そうなステラに、やはり何か歯車が狂っているのを感じる
何度言っても聞いてくれないが、アナがこんななのは結構昔からだ。いや、おれには到底受け入れられないから断ったとはいえ告白すらしてくれたしな
だが、だ。似たような告白ならアステールからもされた。そのアステールが、こうも変わるか?
成長したっていうならと言いたいが、明らかに変だ
リリーナ嬢とかには話してるが、何か致命的に彼女と歯車が噛み合っていない
「アステール様、いやステラ様。おれ、いや私はどちらで呼べば宜しいのでしょうか?」
だから、今一度そう尋ねる。多分その狂った歯車は、此処にあるのだから
「えー、ステラでいーよ?
今更おーじさまにアステールって呼ばれても、距離取られてる感じだしねー」
何も気にせず告げる狐娘。ほら、コンタクト付けてみたよーと前回渡したコンタクトを嵌めて流星の魔眼の消えた瞳までも見せ付けてくる
ああ、そこかと理解する
漸く分かった。何が変なのか
彼女は、あの日の事を忘れている。おれとアステールが出会った日の事を知らないんだ
「ステラ様」
「おー、おーじさま何かステラに聞きたいのー?
特別に答えてあげよっかなー?どうしよっかなー?」
ふふんと自慢げな狐娘の揺れる二股の尻尾を見ながら、おれはどう言えば良いか脳内を探る
そもそもステラ様って呼ぶのが通るのが変なんだが、もっと変だから放置
そう、そもそもおれが最初から彼女の事は『
本来のアステールなら、ステラなんておれが呼んだ日には拗ねて借金即座に返せーとか(まあこれは本来当然だけど)言ってきそうなのに
「ステラ様」
とおれはキツい包帯で何とか頭を指し示す。静かにしたアルヴィナがこそっと背中を支えて頭をずらしてくれて助かった
「この通り頭を打って少し記憶が混濁していて……
貴女と出会った日の記憶に違和感があるのです。貴女の口から正しい記憶を教え願えませんか?」
その言葉に、狐少女はニコニコと返す。本物なら結構むーっとしそうなんだが……
「オッケーオッケー、ステラに任せてね?
ステラも最近、どーしてユーゴ様じゃなくてあそこでおーじさまを助けて自分まで死ぬかもしれないなんて道を選んだのか、昔の自分が理解できなくて困ってるんだよねぇ……
別に、ユーゴ様に付けば必ず生き残れたしきっと大事にして貰えたのにーって。だから、ステラ自身もちゃんと整理したいしねぇ……」
詳しく知るべきだし聞くことは必須ではある。だがある意味、もう彼女の言葉は必要なかった。何より雄弁に、その台詞は元凶を語っていた
「……やはりお前なのか、ユーゴ」
信じたくはなかった。もう二度とアステールと会わなければ良い、何処かで自分の幸福を見つけて生きてくれればと思っていた
だが、それは叶わない
あの日アステールに言ったように、ユーゴ・シュヴァリエの魔の手は再度彼女に届いていて、おれとアステールの運命は交差せざるを得ないのだと、おれは直感した
彼女はアステールだ。おれと出会った日の記憶を、おれにはちょっとそんなことでって理解できないが彼女がおれをああも慕ってくれた理由を……『由来を聞いてから一貫して彼女をアステールと呼んでいたなんて普通の人なら当然の事』を、記憶から欠落した結果、おれへのちょっと偏執的な想いが弱まり、ユーゴへの敵意の薄れた彼女なのだ
「……前にも言ったけど、誓うよ、アステール
君がまた自分をステラと呼ばなくても良くなるように。君をアステールの居るべき場所に連れていく」
きっと、これは聞かせてはならない言葉。おれが小さく溢した言葉はアルヴィナ以外の耳に入ることはなく、静かに昔語りをしてくれるアステールの言葉に紛れて消えた