蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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狐娘、或いは告白

「おーじさま、良く分かったかなー?」

 「ああ、有り難うアステール様」

 耳をぴこぴこさせる、何処かおれとは距離を保ったままアナがそそくさと敷いてくれた床敷きの上に正座する狐娘の言葉におれはアルヴィナを背もたれにしながら頷いた

 

 「むー、何か変な感じー

 昔みたいにステラでいーのに。もうステラ気にしてないよ?」

 屈託無く微笑んで語るその言葉に本人は棘を含んだ気は無いだろう。本当にきっともう気にしてないに違いない

 

 彼女は、自分がかつて捨てられた子と呼ばれていたという事実を昔話として笑える大人(レディ)になった。そのアステールしか知らないから、ユーゴはずっと彼女をステラと蔑称で呼び続けて気にも止めなかった

 

 だが、おれの心には棘として残る。やっても居ない事を非難される気分になって、何かが痛む

 忘れろ、こんなの何時もの事だろうと勝手に防衛しかける心を必死に抑えて、おれはその痛みにわざと意識を向けて奥歯を噛んだ

 

 「お、皇子さま?顔怖いですよ?」

 「すまない、シエル様。顔が怖いのは元々だ」

 「おー、恐ろしいねぇ……」

 そんな狐娘の言葉に何とか動く右手で顔を覆おうとして

 「ばけものー」

 うん、こっちの方が怖いかと俯くに留める

 

 「いや、おれは色々と酷いことを忘れていたんだな、アステール様」

 ……ああ、良く分かる。アルヴィナはずっと、こんな気持ちだったんだろう

 アステール相手に正直距離を取りたかったおれですらこうなんだ。自分が大切だと思っている絆を、忘れたくない記憶を、全て忘れ去って。大事な筈の相手から絆無く語られる言葉は、こうも防ぎようなく(いた)

 

 「もーいいよ、おーじさま

 ステラも、おーじさまって結構駄目な人だしそろそろ幼いちっぽけな気持ちは卒業だよねぇ……って思うからねー

 流石に大怪我とか聞いて、なんにも気にしない程にははくじょーじゃないけど」 

 誤魔化ない魔力染まりで色が違う筈なのに、カラーコンタクトで誤魔化せてしまう両の瞳がおれを冷たく見る

 

 「おーじさま冷たいし、ステラの事心配もしてくれないし、変な野良犬とかばっかだし、昔ステラの恩人だったのは確かなんだけど、どーして好きだったのか分かんなくなっちゃったんだよねー」

 それは良い。そう割り切ってくれるのは大歓迎だ

 そう微笑みたい。こんな塵屑を卒業して本当の恋に、女の子としての最初の一歩を踏み出して幸せになってくれる宣言に、感謝すらして別れたい

 

 だのに、言えるものか!という心のささくれの流血で顔を歪める

 

 「えー、前の時みたいに、ステラをキープしようとセコいことしないで欲しいなー、おーじさま

 そういうのやるなら、ステラに好きって嘘でも言って、気持ち良くキープで良いって思わせてくれないとステラ困るよー?」

 ……いや待てよキープって何だキープって

 

 「そうですよ皇子さま」

 アナまで何言ってるんだ!?

 愕然とするおれに、アルヴィナも背でうんうんと……いやこれ女性陣全員でキープ云々納得してないか?

 

 わ、分からない……女心なんて元々分かってる気しなかったけど、更に……

 

 「『ごめんステラ。本当はもっと早くにこう言うべきだった。貴女の好意を、都合良く調子良く利用し続けた、最低のやり方だ。

  ……けれど、おれは誰とも結婚しないし、そんな不誠実な状態で、誰とも付き合えない。勿論貴女とも』っておーじさま言ったよねー?」

 責めるような瞳が、おれを射る

 

 「あ、そんな事言ってたんですね?

 わたしの時とほとんど同じ……」

 いや、使い回してないからな?と余計なことを思う

 「でもさー、これふせーじつだよね?」

 「そうなのか?」

 「誠実さの欠片も無いですよ皇子さま?」

 「これで誠実なら、ちょっと好かれてたら節操無しに手出しするのは一途な愛」

 それは一途じゃないぞアルヴィナ……ってそこまで言われる程駄目だったのかあの言葉、と今更ながらに落ち込む

 

 「いや何が悪いんだ」

 「全部ですよ皇子さま?」

 「酷くないかシエル様!?」

 おれには理解が及ばなさすぎて驚愕していても距離を取った口調が直らない

 そんなおれを他所に、納得しあえているらしい女性陣はうんうんと互いに頷いていた

 

 「え、皇子さま。わたしを見てもあれが告白に対する断りとして正しかったと思うんですか?」

 ……今も好かれてるのは分かる。そして困っている

 

 そうと知らずともヤバイと思っていたのに、乙女ゲーヒロインの一人と分かった以上おれルートにしか行けなさそうな現状は本気で不味い。おれは確かに助かるんだけど、それ以外の不幸が……

 特に彼女自身、割と不幸だろうあのルート。何より……ゼノルートに行くほぼ唯一のメリットである「ゼノが自動的に生存するし離脱しない」って点すら、そもそもアドラーがもう居ない今無関係過ぎて行く利点が無い

 

 「正しかったと思いたい」

 「いや、それ自分でも駄目だったって認めちゃってるじゃないですか」

 「そもそも何が悪かったのか分からないんだが、一応悪かったっぽいのは分かった」 

 その言葉に、女性陣は一斉にはぁ……と溜め息を溢した

 

 最近おれの扱い酷くないか?

 

 「皇子さま。例えばわたしが自分の命を捨てて、聖女様の腕輪の力で七大天さまをこの世界に呼び出して世界を救おうとしていたら、どう思いますか?」

 いや、考えるまでもなく反射で答えられる

 

 「止めてくれ。意味がないし君が自分の命を擲つ必要はない。民のために命を張るのはおれ達皇族の役目だ、君達聖女じゃない」

 その言葉に、銀の聖女はどこか遠い眼をして大きく息を吐いた。疲れたというようにすとんと落ちる頭と、合わせて少し揺れる胸元

 

 「でも、これは聖女のわたしにしか出来ない事なんです。だからわたしがやります」 

 だというのに、おれの言葉を無視して少女はおれに向けて覚悟を決めたように、強い光を湛えた瞳を向ける

 

 「そんなことはない。龍姫様だってそんなことは望まないし、君が死んで何になる」

 「皇子さまは、わたしが死んだら嫌なんですか?」

 「嫌に決まってるだろう!君は幸せになるべきだ。おれが……皇族が!君が生きるための幸せを保証するどころか、ふざけた戦いに巻き込んで手を貸してくれって情けないことを言ってるだけでっ!」

 「……それは良いです。皇子さま自身はどうなんですか?

 貴方自身の、飾らない言葉はどうなんですか」

 真剣な瞳がおれを見据える。だのに、おれにはどこか泣きそうな顔にも見えてしまう

 

 ……始水とそこは似てるな、本当に

 

 そんな失礼な想いを振り切って、動かない体を鞭うって言葉を紡ぐ

 

 「君に死んで欲しくない、そうに決まってるだろうっ!」

 「……それは、好きだからですか?それとも負い目があるからですか?」

 真剣な海色の瞳がおれを見据え、適当に言おうとした言葉が喉奥に落ちていく

 

 「……両方だよ。君の頑張り屋で、孤児院の皆を思うところや、どんな環境に置かれても出来ることを探してた優しさに惹かれたし、そんな君を過酷な状況に置かせてしまっている自分に腹が立つ

 だから、アナ、シエル様、そんな君は……っ」

 

 はい、と少女が突然真剣な表情を崩して寂しげに微笑んだ

 

 「……皇子さま、そこです」

 「何がっ!いきなり神に己を捧げるようなことを言って」

 「貴方がわたしを振った時に言った言葉って、わたしが今本当はそんな気無いのに言ってみた嘘を、本気で告げたのと同じことなんですよ?」

 

 頭を父の鉄拳で打たれたような気がした

 視界が歪み、頭がくらくらする

 

 『いや気が付いてなかったんですか兄さん?

 いえ、兄さん素で言いますよねあの言葉』 

 なんて失礼な幼馴染神様の言葉にも上手く反応できない

 

 「わたしは皇子さまを助けたくて、支えてあげたくて、幸せになって欲しくてっ

 だから告白したんです。それがわたしが出来るって思った一番の事ですから」 

 「そんなわけがない。君はそれで何を得る」

 何も言い返せなくて、ポツリと父からかつて問われた事をそのまま口から溢す

 

 あの時、何故アナを助けるのかと言われておれは当然の答えを返した

 そして、今も……

 「皇子さま。大好きな人に幸せになって欲しい、出来ることならわたし自身が幸せにしてあげたい。そう思ったら女の子は何処までだって頑張れちゃうんですよ?

 だって、自分の恋ですから。その恋に燃える事そのものが、わたし達が得るものなんです。貴方の幸せが、わたしの幸せにもなるんです」

 

 止めろ

 

 「皇子。だからボクは此処に居る

 例えお兄ちゃんが亜似(あに)様で無くても。誰よりもボクを想ってくれた者に反旗を翻してでも、ボク自身の信じた恋に殉ずる為に、命を懸けて皇子の横に居ると決めた」

 止めてくれ、アルヴィナ。おれにそこまで言わないでくれ

 おれに誰かの人生を背負わせないでくれ

  

 「もうステラ、そこまで思いきれた昔の自分が信じられないけどねぇ……」

 のほほんとのんびりした表情でお茶なんて飲みながら告げる狐娘に少しだけほっとして、相変わらずだと自己嫌悪する

 

 「だから、皇子さま

 貴方を助けたくて、支えたくて仕方ない女の子に向けてあんな風に自分一人で傷だらけになって誰かを助けるために突き放す言葉を言っても、相手には助けてって言ってるようにしか聞こえないんですよ?」

 「聖女、様……」

 「馬鹿言わないでくださいね、皇子さま?

 言った筈ですよ?わたしは何時か絶対に、貴方を攻略して幸せにしてみせますって。一人で傷だらけになってわたし達が傷付かないようにしたくても、許しませんから」

 

 真っ直ぐ見つめる視線から眼を逸らす

 

 「おー、ステラは正直、おーじさまにそこまで想いを抱けるのが信じられないねぇ……」

 ひょいと立ち上がり、少女はおれに背を向けて尻尾をくゆらせた

 

 「だからね、おーじさま

 ステラ、お別れを言いに来たんだー。あそこでおーじさまがステラに大好きとか結婚してくれとか言ったら、ほんのちょっぴり考え直したかもしれないけどー」

 ちらっとおれを見るアステール。何だかそうした言葉を言って欲しそうだが……

 

 「おれは君の幸せを願っている。だからアステール、君を必ず助けてみせる。それだけだよ」

 だが、おれにそんな嘘っぱちがアステールの事を考えればこそ言えるか。だから本音だけを語る 

 「そっか

 じゃあ、さよならだね、おーじさま。ステラ、憧れは忘れて自分の恋は自分で叶えることにするねー

 

 さよなら、昔のステラの心の支えになってくれた、かつてのおーじさま」

 何だか呆然とするアナを他所に、アステールは何処かへと忽然と消え去った


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