蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「
優しい味わいになったろうスープを飲んで体を暖めながら、少年は中性的な愛らしい顔を、綺麗な紫の瞳を曇らせてそう呟く
「幼い頃……うん、これから話すことは全部前世の、記憶の僕の話であって今の僕じゃない。皇子が、お母さんが助けてくれた今は違うってことを理解して、変に気負わないで欲しいんだけど」
気負わないさと微笑んで、おれはあまり美味しくはない肉を一口噛み千切る
うん、獣臭い。塩と適当な香草で誤魔化せるかと思ったがそんな甘い話は無かったようだ
「でも、男らしくなきゃって自分を追い詰めているだろう、オーウェン?」
「皇族の理想論でなければって自分を追い込んでるのは、皇子もだよ」
何処か優しげに、少年は微笑んだ
「それに僕は、もう救われてるから」
「ああ、そうだな」
それは分かる。だからこそ、何らかの心の持ちようを変えてくれた母の為に、彼は勇気を振り絞って此処に居るのだろう
「……話を戻すね
僕の家は、父は実業家……って言っても皇子には分からないよね。この世界で言えば、新しい商売を考えてそれを実行するタイプの商人みたいなものだったんだ」
実業家ってそんな意味だったのか
『不勉強ですよ兄さん』
なんて、勉強の出来る(いや神様がアホでも困るから当然か)幼馴染が呆れた声音で突っ込みを入れてくる
「裕福な家ってことは、そこそこ成功していたって事か」
こくりと頷く少年。その額付近の桜色の前髪が火の光を受けて艶めく
「うん。父親一人がそうやってて、母は専業主婦。皇子に分かりやすく言えば、家の家事全般をやる使用人みたいな事が仕事な人」
そこは知ってる。獅童三千矢の母もそうだったから
「それって、そこまで可笑しな事じゃないんだろ?」
「うん、普通だった。でも……」
少年の瞳が悲しげに閉じられる
「僕の両親、そんなに仲良く無かったんだ
父は自己中な人で、だからこそ実業家としてやっていけてたんだろうけど……母の事、顔が良いから結婚したって感じで、自分を飾るステータスの一つみたいに思ってた」
その言葉に、はぁと息を吐く
どう言って良いか悩んで何も言わない。クソ親と断じても良いが、それだとオーウェン……いや桜理と呼ぶべきか
桜理にとってのトラウマの原因が分からない以上下手なことは言いたくない。実はその父が不器用な愛情で自分の身を呈して護ってくれたから彼みたいになりたかったとかの可能性だと、非難は逆効果だ
「そんな相手だと、母も大変だったんじゃないのか?」
結果的に絞り出せたのはそんな無難かつ無意味な問い
「ううん。
ちょっと体と家事の時間を売るだけで、他の時間はお金の心配なく好きに生きれる……って」
「酷い話だな」
思わずぼやく
「酷いって、言ってくれるんだ」
「当たり前だろ。当人達はそれで満足してたかもしれない。二人の間だけなら、互いの利益だけを擦り合わせた付き合いの形って言えなくもないだろう」
ギリリと奥歯が鳴る
「だが、そこにはオーウェン、いや桜理が居たんだろう?」
反吐が出る
「親が子を護らなくてどうする」
そうだ。互いに愛の無い利による婚姻。その犠牲がオーウェンだとしたら、ふざけるなと言いたい
「おれのアホ親父ですら、こんなおれにも不器用な愛情は向けてくれてるんだぞ」
まあ、分かりにくいし怖いけどな!
「……うん。だから僕、大半は父か母の雇ったベビーシッターや、保育士の人に育てられたんだ。幼稚園って子供向けの施設に送ったり迎えに来るのもその人
皆が羨ましかった、妬ましかった。でも、周りの皆は言うんだ。『おねーさんが来てくれて、お菓子も毎日買ってもらえるおかねもちは良いよなー』って」
益々下を向くオーウェン
「僕はただ、僕に対してお金以外何も割く気が無かったから、お菓子で帰りに機嫌を取られてた、だけ、なのに……っ」
……昔、怒鳴り込みに来た頃のちょっと横柄な態度の由来が分かった気がした。いや、転生前からしてかなり荒むだろうなこれは。おれの人生が幸福すぎて申し訳無くなる
寧ろそっから良く割と温厚な性格になったなオーウェン!?
「そんな僕さ、前世でも似たような容姿だったんだ」
沈んだ顔のまま、嫌そうにふわふわの黒髪を小さな白い手で少年は引っ張る
「あんまり背が高くなくて、ちょっと筋トレとかしたけど筋肉付かなくて、線が細くて……
だから、女みたいって虐められてた」
まあ、理解できなくはない。虐めについてはおれも一家言あるし
「庇ってくれる人とかは?」
「居たよ?」
「なら」
だが、おれの言葉を遮って少年は首を悲しそうに横に振った
「助けてやったんだから……って
結局、僕の家がお金持ちだからお礼に何か寄越せよって気持ちが見え見えで、辛かった」
あー、そういうのがあるのか、と反省する
というか、前世のおれが虐められてた理由の一個がそれだ。怖いもの知らずだった頃の子供達に、澄ました生意気と虐められてた始水を庇って仲良くなったから、結果的に分別が付いた後の彼等にてめぇだけ上手く取り入りやがって!と……虐めが加速したのは間違いなくある
それ以上に気味が悪いとか言われてた覚えもあるが、そこは良いや関係ない
「そういった裏無く助けてくれた男の子は、中学校の時には一人居たんだけど……」
歯切れ悪く、少年は更に俯く
「3ヶ月くらいたった頃かな、僕を庇ったりして反感買ってたからか、虐めがエスカレートし過ぎて……死んじゃった」
ごめん、と小さく掌を合わせるオーウェン
……そんな人間も居たのか、虐めで死ぬって前世のおれじゃあ無いんだから
というか、結構世界的に深刻じゃないか虐め問題。二人は死人出てるぞ
いやまぁ、おれは自業自得が強いとは思うんだが……
というかオーウェン、何だか背筋が冷えてきたからそろそろ話題変えてくれ、さっきから自棄に合いの手入れてこず静かな幼馴染が怖い
「そんな人も居たけど、虐めは変わらなかった。段々と、みんなスケベになっていって……
それなのにあんまり変わらず女の子っぽかった僕への虐めも、罰ゲーム的な男とのキス強要とか、文化祭でメイド喫茶やるからって無理矢理メイド側にさせられて女装させられるとかに変化してて……」
苦しげに、寂しげに、少年は過去を告げる
「オーウェン、辛いならもう良いぞ」
「最後まで聞いて、皇子。そうじゃないと、もう一度この辛い思いを何処かですることになるから」
ぐうの音も出ない正論におれはスープを啜ってバツ悪く誤魔化すしか無かった
「そんなある日、実業家だった父が、大きな失敗をして、一気に……雪崩みたいに色々と破綻してしまったんだ」
……それがどうなるかは、聞いてるだけで分かる
「お金が手に入らなくなって、母はあっさり出ていった
父は……壊れてしまった」
少年は目を瞑り、寒そうに体を抱き締める
おれは……何をすれば良いか分からず、とりあえず良く羽織っている和装の上着を脱ぐと、少年の肩にかけた
「廃人みたいで、残ってる財産だけで生きてた父が、ある日僕が中学から帰ると、爛々と目を光らせていた
そして、言ったんだ『母似で女の子みたいだから、もうお前で良い。こんな世で、せめて慰めになれ』……って」
静かに目を逸らす
いや、女の子っぽくても男だろ?ってのは良く分からないが、何となく察しが付く
「一ヶ月後に父は精神病で病院に閉じ込められたんだけど、それまで僕は……
父親に、性的な玩具にされてた。大事なところは雑に切られたし、血まみれの僕を襲って、あいつは昏く笑ってた」
少年の声が震える、怯えが見て取れる
「あんなことして、『顔だけだったお前の母の初めてを奪った日を思い出す』って、鼻息を荒くしてたんだ……っ」
かしゃん、と抱き締める際に地面に置かれていたカップが少年の震える足に蹴倒されて転倒する
「父から解放されて、そんな事の原因になった顔が嫌で、酸で顔を焼いた
そうしたら僕も病院送りにされた」
うん、そこだけはそりゃそうだ同情できないぞオーウェン
「……だからさ、皇子。その後多分死ぬまで、僕はずっと……思ってたんだ
女の子っぽくなければ、男らしければ、毅然と立ち向かえていたら、勇気が……」
一段と少年の声が下がる。何処かドスの聞いた冷えた声が、おれの耳を打つ
「ううん。やり返せる力があったら。こんなことにならなかったんだって」
始水『兄さん?
ちなみにかつて純粋に早坂桜理を助けようとしたけど死んだ彼の名前、私知ってますよ。
獅童三千矢って言います』