蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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異伝、早坂桜理と慰霊碑

「……皇子、皇子!」

 僕は歩みを緩めた巨大な白狼(皇子が信頼してるのは分かるし、天狼って賢い幻獣なのも知ってるけどちょっと怖い)の背で、無意識にだろうか自身の腕を握り潰さんとばかりに二の腕に爪を立てる銀髪の青年の肩を叩いた

 

 「『ぬし、ぬし、それは敵じゃないんじゃよ!』」

 舌っ足らずな人間の声(喋れたんだ)で、地を駆ける狼もそれを止め……少しして彼は、仮眠すると言って閉じた右目を開けた

 

 そして、冷たく自身のうっすら血の滲む右手を見下ろす

 「……最近は、頻度減ったと思ってたんだけどな」

 「頻度?」

 「……たまにやるんだ。皆を殺して、自分だけ生き残る夢を見て、自分を止めようと、穢れた腕に爪を立てるって」

 僕は何も返せない。何処か雰囲気が暗いのは分かってた。あれだけ誰かの為に、それこそ民だからって理由だけで「助けろ」って今思えば酷いこと言った僕すら助けようと手を伸ばしてくれたのに、周囲の扱いも彼自身の認識もかなり変だって思ってた

 でも……実は皇子も結構何か心の奥底に抱えてるんだ。ただ、それがあまりにも理想論を体現しようとした行動の眩しさで見えなくなってるだけ。あの光が産み出した深く濃い影が心に落ちていて、それでもずっと、動き続けている

 

 「僕が言うのも変だけど、大丈夫?」

 敵わない、って思う。どうしてそこまで、光であれるんだろう

 僕なら、きっと……と胸元のポケットに今は仕舞った腕時計に眼を落とす

 「もう、平気だ

 オーウェンの過去を聞いたからかな、不意にぶり返しただけ」

 それ、治ったつもりで治ってないんじゃ?

 僕自身、どれだけ意識しても男らしくなきゃ!って気持ちが何処かで消えなくて、だからこうなってるんだし……  

 

 「そっ、か」

 皇子。僕に出来ること、考えてみるよ

 

 今はまだ、何もかも嘘だらけで。皇子も竪神さんも、力を振るわない勇気って言ってくれて、でも本当は護るためにでも力を振るう勇気がないだけの僕だけど

 

 きっと、皇子は僕を信じるためにわざと考えないようにしてくれてるんだけど……使えばきっと溺れてしまいそうになる世界を覇し灰に還す事も出来る精霊真王の力(AGX-15)。僕の手の中に与えられた最強のAGX

 皇子達がダイライオウとかジェネシックを設計して追い求めている、AGX-ANC14B(アガートラーム)を真っ正面から撃破出来るだけの切り札。何時か、その存在を明かさなきゃいけない

 

 その時はきっと、流石に戦えって言われるよね。ゲームでAGXを駆る者達のように、世界を護るために大事な記憶を燃やし、絆を焔に魂を灰に変えて。僕がそうすれば、AGXなんて無い状況でそれでも魂を焔に変えてきた彼等の力になるから。

 

 ……でもそれは、僕の得た小さな奇跡を燃やす事。だから、とても言い出せず、ずっと大外れで使いこなせないALBIONが僕の機体だと真っ赤な嘘を言い続けてきた

 

 でも、何でだろう。皇子の影が見えた今は、ちょっとこの力が支えになるなら、光になるなら……って

 

 「って、止めだオーウェン。暗くなっても仕方ないだろ、そろそろトリトニスに着くし、今日明日辺りはまず遊ぶことからだ

 その為に、楽しいことを考えよう」

 ぱん、と自身の頬を両手で挟んで音を立てた皇子に、僕の思考は中断された

 

 「アウィル、飛べるな?」

 『ルルルゥ!』

 「……飛ぶ?」

 ぽん、と青年の手が僕の肩に乗せられる

 「掴まれ、オーウェン!飛ぶぞ!」

 言われて理由も何も分からず、僕は青年の肩に手を置いて……

 

 ぐわん、と体が揺れる。一拍溜めての、大きな跳躍。桜の雷を纏った白狼が宙へと身を踊らせ、視界が大きく開ける

 地上百mからの風景。湖近くの空気感は感じていたし、既に街が見えてきては居たが……

 

 「綺麗……」

 澄んだ淡い青色を湛えた、海かと見間違う程の大湖。その畔に築かれた、湖が見やすいように湖に近付けば近付く程に背の低い建物となるように整理された街並。石造りや木造と貧富でも区画は分かれるが、何よりも一部がまだ瓦礫と化してはいるものの、全体としては整然とした大波のような街並に溜め息が漏れる

 その横には街から見た際の景観を損なわないよう、少し離れて港が築かれて、今も一隻の魔導鋼鉄船が入港するのが見てとれる。

 

 が、何よりもやはり、ついさっき登った二つの太陽の光を受けて煌めく湖面に圧倒されるしかない

 僕は……一応ハワイ?とか一回行ったんだけど、幼い頃だし、家族が各々好き勝手やりたくて行っただけだから、自由がなくてあまり楽しくなかった思い出しかない

 

 「あれを、皇子達が護ったんだよね……」

 「ああ、皆が、故郷の盾になったんだ。元気出るだろ?」

 それは確かに、見ただけで何処か気分が上向く光景。そう思って僕は小さく頷きを返し、自由落下を始めた背から落とされないよう、目の前の皇子の背中にしがみついた

 

 そうして、辿り着いた湖の都市トリトニス。白狼はいきなりちっちゃな犬(といっても中型犬くらいある大きさ)の姿になるし、困惑する僕を余所に皇子は迷い無く歩みを進める

 

 「皇子、竜籠が到着するのは」

 「リリーナ嬢達が来るのは昼過ぎだよ。まだ二刻は後

 だから、まず寄らなきゃいけない場所に寄ろうと思うんだ」

 そう告げて青年が訪れたのは、大きな広場だった。龍姫様を模した像の噴水がある、教会前の広場。教会って結構背丈が高いし、噴水も豪華だしで湖からは結構遠い。

 

 「わ、凄い噴水」

 龍海を産み出しているという話通り、各部の鱗から水を噴き出す東洋龍の像が真ん中にある噴水広場。そして……

 「あ、アーニャ様」

 僕はその横に安置された像を見てそう呟いた

 龍姫像の横に安置されたのは真新しい銀色の金属像。色こそ1色だけど造形だけで分かる、時折見掛ける膝をつき手を組んで祈りを捧げる銀の聖女様を象った像がそこにあった

 更にその横には一枚の石碑。何か由来が書かれていそう

 

 「あ、これを見せたかったんだ」

 「いや、そっちじゃないよ」

 何処か嫌そうな皇子は、なのに聖女様像を一瞥すると周囲を見回して……早朝からお花を売ってる小さな女の子を見付けると花を三本買って、広場の端に向かう

 

 其処にひっそりと建てられていたのは、小さな石碑。意識しなければ見落としてしまうだろう、聖女様像に比べて影に隠れた真新しい慰霊碑

 皇子はそこに花を添え、蒼く澄んだ愛刀を抜き放つと石碑の前に立て掛けると手を合わせて眼を閉じた。アウィルちゃんも横で眼を閉じて項垂れる

 

 「慰霊碑……」

 「聖女様のお陰でトリトニスは救われた。それは確かな事実。それを讃える聖女アーニャ像と聖女に救われた街ということを大々的に外に喧伝する為には、裏で出た犠牲の事は……流石に封殺する程ではなくともあまり大っぴらに表に出したくないんだろうな」

 尚も祈り続けるその銀髪の青年の口調は苦々しく、額には眉が寄る

 

 「その聖女を護ったのも、街のために命を懸けたのも彼等だ。こんな扱い、しなくて良いだろうに」

 その声は震えていて、小さく怒気を孕んでいた

 まず、誰よりも全てを護ろうとしたのはきっと皇子自身で。それを誇るでもなく、ただ戦没者の為に祈りながら悔いる姿はどこか聖者にも、痩せこけた子供にも見えた

 

 「……皇子さま」

 と、そのまま暫くどう祈って良いか分からず立ち尽くしていた僕の背中に、そんな鈴の鳴るような声がかけられた

 「アウィルちゃんと駆けてきたんですね、皇子さま

 わたしも、わたしを護ろうとしてくれた人達の為に祈って良いですか?」




 後書き、おまけネタバレ(透明化してます)
透明化部分をネタバレ少なめで簡潔に纏めると、「オーウェン、お前恋堕ちしろ。ヒロインに恋しろ」です。
嘘だらけ、胸元に包帯、転生に気が付いた瞬間に絶望して世界を燃やしたくなる、ゼノ君だけは男らしさの参考にならない……。あとタイトルだとオーウェンでなく桜理表記。
はい、ということで、察しの良い読者の方はもう分かってそうですが、オーウェンは偽名で本名サクラ・オーリリア、トラウマから男装してる女の子です。無意識的に恋してるからゼノ君相手だと忌み嫌って押し込めている女の子としての面が出てきてしまって憧れを抱けないわけですね。今はまだ前世男だったのと前世のトラウマを引きずってるので自覚すら出来ていませんが…… 

オラ桜理、お前がヒロインになって作品のヒロイン(ゼノ君)に恋堕ちするんだよ!
前世でもちょっと救われていて(助けようとしてくれる人が居たから人間はクソまでは思わなかった)今世でも救われた前世からの因縁枠で、恋心からトラウマ抱えるレベルで嫌いだった女の子としての自分を肯定して前を向く、というある種ゼノ君に一番寄り添える相手を何で今までユーゴ戦で死ぬ男キャラと想定してたのこの作者?アホなの?
アナちゃん皇子さまを幸せに出来る人を遠ざけまくったってキレるよ?

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