蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「アレットちゃん」
珍しく……でもないかな。ゼノ君が絡まないと温和な表情ばっかりのアーニャちゃんがキリリとした顔で(といっても猫耳フードだし可愛いだけなんだけどさ)敷かれた布団の上に足を折って座る女の子を見つめる
「アレットちゃんは、どうしてそんなに皇子さまが嫌いなんですか?
わたしと同じように、昔悪い人に拐われて、皇子さまに助けて貰った……はず、ですよね?」
うん確かそうって私は横で頷く
ゲーム設定では、元騎士団員による誘拐事件の際に一緒にゼノ君……っていうか、ゼノ君に動かされた騎士団に救われてるんだよね。動いたのは皇狼騎士団だっけ?
「皇子さまは命を懸けて、わたしたちを助けてくれました。なのに、どうしてそんなに皇子さまを嫌うんですか?」
「だからよ」
冷たく、膝上で組んだ手を見下ろして少女がアーニャちゃんに返す
「ん?あれアーニャちゃん、そんな激戦になったの?」
小説版では幼アーニャちゃん視点でその際の話とかあって、すっごくあっさり鎮圧してた筈なんだけど?
って首を傾げる私に、アーニャちゃんは不思議そうにきょとんとした目を向ける
「リリーナちゃん?」
「えっとそれって、ゼノ君が誘拐された子達の居場所をアーニャちゃんの落とし物とか色々なものから何とか特定して、皇狼騎士団と共に一気に制圧したあの事件だよね?」
「え?そんな事件ありませんよ?」
……え?
「元騎士団のゴーレム使いさん達が人拐いになって……
皇子さまが隠れていた孤児のフリをして、見落としが無いか戻ってきた人拐いの人に捕まることで助けに来てくれたんですよ?」
うわ、すっごい乾坤一擲のやり方してる
「翌朝何とか見つけたとかじゃなく?」
「はい、事件を事前に知っていたエッケハルトさんと」
アレットちゃんの目がちょっと細くなった
「どういうこと?」
「エッケハルトさん、この世界の事を知ってる
何だか嫌そうに茶髪の女の子の顔が歪んで
「わたしが拐われるって知ってて孤児院に意気揚々と来たんですけど……相手にゴーレムが居るって事は知識に無かったのか、連れてきた兵士さんごと制圧されて捕まっちゃってたんです」
何だ、と緩んだ
あ、ひょっとしてなんだけど、何故かゲーム開始時点からこの子エッケハルト君にそれとなく好意寄せてる(絆支援Bランクあるね間違いなく)んだけど、それがエッケハルト君の策によって向けさせられたとか疑ったのかな?
無い無い、あれアーニャちゃんしか見えてないから無いって
「つまり、ゼノ君が一人で制圧した?」
「あ、一応エッケハルトさんも居ましたけど、命懸けで優しい皇子さまらしくない罵倒も使って、必死にアイアンゴーレムにわたしたちが狙われないように、拐われないように戦ってくれました」
その事を語るアーニャちゃんの表情は暗い
やっぱり、大怪我したんだろうなぁ……っていうか、良く良く考えたらゼノ君って結構傷だらけのイメージあるからガンスルーしてたけど、初対面の時のゼノ君って左腕怪我してたよねあれ?あの怪我、そのせいだったんだ……
私、転生に困惑と受かれとで酔ってて、全然気にしてなかった……
「皇子さまは、命懸けで皆を助けてくれました。エッケハルトさんも……や、役に立たなかったとは言いませんけど、助けてくれたのは皇子さまです
なのにどうして、エッケハルトさんは好きで皇子さまは嫌いなんですか」
真剣に見詰める海色の瞳。それを見て、馬鹿馬鹿しいと茶髪の女の子は肩を竦めた
「助けてない。お姉ちゃんは……好きあってた人が、男の人が怖くなくなるのに5年かかった!」
いや助けてるよそれ!って内心で思わず私は突っ込む
原作のアレットちゃんもそりゃ皇族嫌いだったけど、それはゼノ君と騎士団が踏み込んだ時にはもう遅くて、お姉ちゃんがその後望まないお腹の子ごと自殺したって事件があったから……って事は聞ける。気持ちは分かるけど、助けに来たのが遅すぎるって恨むの可哀想じゃない?ってのが私の見解だったんだけど……
女の子にとって無理矢理身体を奪われるってそりゃトラウマそのものだし、男の子と触れ合うの嫌にもなるよ?私経験あるし分かるよ?
でもさ、ひょっとしてこれ、ゼノ君間に合ってない?アレットちゃんのお姉さんの結婚相手、純潔でなければ結婚を許さない家じゃなかった?
「ねぇアレットちゃん、ゼノ君さ、お姉ちゃんを助けるの間に合ってない?」
「間に合ってない!」
うわ、凄い剣幕。吠えられて私は肩を震わせて引き下がった。
私こんな狂犬と噛み合いたくないよ。ゼノ君の為になら立ち向かえるアーニャちゃんに任せた、うん!
「でもさ、それ言ったら、エッケハルト君だって間に合ってないよ?」
「それはそう」
って認めたよこの子!?
「でも、エッケハルト様はそれを分かってるし、お姉ちゃんを救う義務も何もなかった
『アレットちゃんだけでも無事で良かった』って微笑んでくれた」
「皇子さまは違うって言うんですか?」
「皇族なんてただの人。お姉ちゃんも助けられない、無能な唯の人間の集まりにすぎない」
いや、明らかにスペック可笑しいよ彼等
そう私は思うけど、少女は止まらない
「無能を認めれば良い、人だと言えば良い
なのに、なのにっ!あの化け物はそう言わない!まるで七大天様方かのようにっ、故郷の盾、希望の剣、民を護る者だなんて嘘を吐く!」
譫言のように、真っ赤に怒りで顔を染めた女の子が憎悪を吐き出す
「神様ぶるなら、お姉ちゃんを助けてくれなかったのは可笑しい!お姉ちゃん、七大天様に仕える神官様と結婚する筈だったのに!
だから、大っ嫌い。皇族なんて、傲慢不遜な神様気取りの無能ども。潔く無理だったって言って、それでも私の無事を共に笑ってくれたエッケハルト様と、比べるのも変」
アーニャちゃんは何も言わない
でも、その唇は固く結ばれ白魚の手はきゅっと握られていて
「それだけ。だから、私は盾を手に取った。取るしかなかった
あんなの、口だけで護ってくれないから」
あ、キレた
私にも分かった。アーニャちゃんの空気が変わったのが
「……そんなだから」
「何?言っておくけど、私エッケハルト様に何故か好かれてる貴女も嫌いだから」
「みんなが、そんなだからっ!」
アーニャちゃんの叫びが、テントを揺らす。いやまあ、実際に揺れたのはアーニャちゃんの羨ましい大きさの胸なんだけどさ
「……だから何?」
「ええ、そうです。確かにそうです。皇子さまは人間です、単なる人です
でも、それを分かっていて……っ!なのに、なのにっ!忌むべき子だ、でき損ないの皇族だ、何で生きているんだって……
果たせもしない理想論を掲げて死んでくれるから見逃してるだけだって……」
泣きそうな声で絞り出されるそれは、私も聞いた教会の変な人の言葉
「単なる苦しんでる人間の皇子さまを、傲岸不遜にも神様みたいな存在でなければって追い込んだのは、それを期待したみんなじゃないんですかっ!
皇子さまに必要なのは、出来もしないのにってそうやって嘲ることじゃなく、抱き締めて頑張ってくれた事を有り難うって誉めてあげることじゃないんですか」
小さく冷気を纏うアーニャちゃんが、カップを手に立ち上がる
「もう良いです、アレットちゃん
やっぱり、頑張って生きてる世界のみんなの事は嫌いになれませんけど、わたしはそんな人たちより皇子さまの方が大切です
こんなわたしだから、きっと本当の聖女様になんてなれないんでしょうけど……それで良いです。わたしは皇子さまを護りますから。貴女達に負ける気は無いです。エッケハルトさんと勝手にお幸せに」