蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
暫くして、ほかほかとした湯気を立てながら一人の少年が戻ってくる。水気が取りきられていないのか汗よりも強く貼り付いた髪がどこか
あれ?案外
何処か雰囲気が違う気がして、おれはじっと少年を見詰めた
桜の一房を持つ黒髪で中性的な容姿。うん、オーウェンだ、間違いなく。何処に違和感がある要素があるんだよおれ?
少しだけ引き締まった二の腕や、太股すら見える短パンの下も鍛え上げられたとはとても言えないがアナ達のように柔らかという印象も受けない男性のもの
「オーウェン、サイズ合ってないぞ」
短パンが結構キツそうだ。股間の膨らみが隠しきれていないし、裾が太股に押されてピチッとしている
上はまだマシだが……いや、チョイスが変だ
前の空いた服なのは良い。今は包帯が巻かれておらず、鎖骨と薄い胸板がチラリと見えるのも構いはしない
おれの火傷痕に近い気がする傷が小さく見えるのも、だから包帯を巻いていたというので理解できる
だが……
「それに上、死装束じゃないか?」
何となくそんな印象を受けてしまう服だった。いや、真っ当には親の死に目にも逢えていないおれが何を言うんだって話だが
「……うん」
そう頷く少年の左腕には、容姿には不釣り合いな黒鉄の時計が見える。実にゴツいというか……マジマジと見れば見るほどにスーパーロボットものに出てそう感が凄い。いや、実際にロボットを扱えるんだから当然か
「どうしたんだ、そんなものまで身に付けて」
おれがまともにそれを装着している桜理を見たことが無かったからか、違和感が凄い
それを指摘すれば、髪のボリュームが減ったように見えるからか何時もより男っぽい彼は、困ったように左手を胸元に掲げた
「それ、だけ?」
「それだけとは?」
「……僕、嘘ついてたんだよ?ずっと
皇子が、竪神君が、獅童君が、求めていた最強の力……アガートラームと真正面から戦って勝てるAGXを持っていて、それを黙っていた」
告げる彼の表情は暗い。まるで、死ぬと分かっている戦いにでも臨むつもりかのように、唇をきゅっと結んでいる
「ああ、そうだな」
おれは静かに返す
「……なのに、獅童君が言うことは、他に無いの?」
言われて、言葉を紡ぐために頭を巡らせる
帰ってくるまでに色々と頭の整理はしようとした。だが、結局のところ……
「何となく、分かっていたからな」
これに尽きる
「バレてたんだ」
罰が悪そうに、胸元に翳した腕時計を握り込む少年
「おれ、AGX-ANC11って呼ばれる機体を模した影ならばALBIONでないものとは言え、戦ったことがあるんだよ。その時の影は、他の機体に比べて明らかに小さくて、パワードスーツのような大きさをしていた
だからさ、オーウェンが恐れていると言った、魂の棺。あれを搭載するスペースなんてそもそも無いんじゃないか?と思ってたんだ」
始水と遺跡を歩いていた時だな。全長にして2.5m付近。それもかなりバカデカいブースターを足に着けての数値だからな。人一人を柩に閉じ込めて背負っていたら目立つ
「それにさ、エクスカリバーを修復してくれたろ?
11じゃ直せないと思っていたから、そこも可笑しかった」
っていうか、ALBIONだとしてた事自体、隠したいなら隠せば良いって話でしかない
「……なら、言うことは……」
「ごめんな、桜理。君のその決意を、大外れって聞くALBIONだから使わないと矮小化していた」
「そうじゃなくてっ……」
きっと強い眼光がおれを見て、そして逸れる
「どうして、それだけなの
何で、僕に戦えって言わないの!」
叫ぶ声が、防音の部屋に響き渡った
キィン、と小さな耳鳴り。黒鉄の腕時計が、微かに緑の光を放って起動している
「戦いたいのか、桜理?」
冷静に、バカを言わないように。彼を追い込まない為に慎重に考えながら、ゆっくりと言葉を紡ぐ
「……それは、獅童君が、皇子が戦えって言うなら」
震えた怯えの見て取れる声で、一歩引いた態度で、全てをおれに投げてくる
「何度も言った筈だよ、桜理。おれは君に、戦えと言う気はない
そもそもだ、君の機体がALBIONかどうかなんて関係ないんだよ。例え最強のAGXでも、そこは変わらない」
「どうしてっ!僕は……皇子が探してた、アガートラームに勝てる力を持ってたのにっ!あの一度見かけただけの狐の女の子を救うためには必須って言って!まだまだ完成しないジェネシックに焦って!
その間ずっと、僕はそれを解決できる力を隠してたのにっ……!」
ぽろりと零れた雫が、頬を伝う
「言ってよ!最強の力で、アルトアイネスで戦えって!」
「……漸く得た大切なものを、自ら柩に閉じ込めて燃やしながら、か?」
静かなおれの言葉に、少年ははっ!としたような表情に……
ならなかった。涙を浮かべた真剣な表情を、何時もより数倍男らしい顔立ちをくしゃくしゃにしながら、それでも頷いてくる
「……止めろ、桜理
だからおれも竪神も君の機体が本当は
自分の意志で、世界を護るために絆を燃やす事を心の底から願わない限り、君の機体は使い物にならない大外れで良い」
「何でっ!」
「……竪神は、目の前で故郷と父を喪った。おれは、誰も護れなかった。何も出来なかった、せめてもと動いた事すら、君を初めとした誰一人、希望を持たせて絶望させた自己満足でしかなかったっ!」
びくり、とおれの叫びに少年の肩が震える
「でも、ならっ!」
「なのにだ、おれ達自身、もうこうして抗い続けるしか押し潰されない方法を知らなくて!
そんな想いを、どうして君にも味わえと言える!こんなもの背負うのは、背負うと決めたおれ達だけで良い!」
「……それは」
「だから、桜理。君には大切なものが出来たんだろう?この世界で、何者かに転生させられて、得体の知れない世界を覇灰できるだけの驚異を託されて……
大切な絆を燃やさない為に、君はその何者かの思惑に逆らってる。使わないことで、世界を滅茶苦茶にしたいそいつに抗ってるんだよ」
静かに、おれは少年の頭にぽん、と手を載せる
「それで十分だ、桜理
君の過去を聞いて、より思ったよ。敵が何の理由で君を転生させたのかは知らない。多分、心に闇を抱えていて、その力を」
目線を落として、時計を見る
「使ってくれる事を期待したんだろう。でも、それで良いだろ?その悪意が、今の君を作った。早坂桜理に、オーウェンとしての奇跡的な人生をくれた
なら、君は本当に欲しかったものに恵まれた今を、真面目に生きれば良いんだ。戦って苦しむのは、おれ達だけで良い、君にとっては、真面目に生きること自体が戦いだ」
優しくその濡れた髪を漉きながら、おれは苦笑する
「って言いながらさ、聖女か勇者無くしては絶対にシナリオ上勝てないところがあるから、アナやリリーナ嬢には戦えって強要してるんだけどな?」
「……うん」
「だからさ、桜理、オーウェン」
あえて名前を重ねつつ、おれはふぅ、と息を吐いた
「そんな話より、もうちょっと楽しい話をしよう
何だか気になってそうなリリーナ嬢との話とか」