蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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リリーナ=アルヴィナと黒き子猫

「……行きなさい」

 『ガゴォォッ!』

 咆哮する五体満足な合成個種(キメラテック)。そのゴーレムの背に、不格好な翼が生える。ドラゴンのような、鳥のような。或いは……何だろう。少なくとも、格好良くはない。それでも、飛べれば良い

 「逃げる気か

 だが……」

 「目立ちすぎるとでも?何を馬鹿馬鹿しい。何故こんな面倒な合成個種を産み出したとお思いですか?」

 辺りの大人も、何時しか姿を消している。事態が進み、役目は果たしたと逃げたのだろう。たった一人、彼に話し掛けている男だけが残る

 『グルルルル』

 山羊の吠え声と共に、その巨体が消えていく

 違う。見えなくなっているだけ

 「水光の魔鏡布(ステルスカーテン)……」

 苦々しげに、少年は呟く。水中の水分を操るか何かで、自分の姿を周囲の風景に溶け込ませるベールを張る……だったか何か。ボクは見たこと無いし知らないけど。家の資料でも、俺等なら眼を凝らせば見えるから放置で良いと一行だけ

 「その通り。皇城に殴り込むならば兎も角、立ち去るだけならばこれで可能です」

 「くっ!」

 「……皇族が殴り込んできたと気が付いたときには肝が冷えましたが……これで終わりですね。後は貴方と……あと、一人」

 「……アルヴィナ」

 少年が、ボクへと振り返る

 

 「そこの娘は高く売れそうなのですが……残念です、此方の個体は戦闘用」

 足を斬られたゴーレムを叩き、男が呟く。その間にも、見えなくなったもう一体は……ボクの目にはもう一度その姿を現し、テントの屋根を突き破って空へとその身を踊らせていた

 「……逃げられた。あとは、見付けてくれる事を祈るだけ」

 「残ったのは二人

 仕方ありませんね、フィナーレと行きましょう」

 「そんな、前腕斬られたのでか?大きく……」

 「だから、この私が残ったのですよ」

 男の手に、本が握られている。閉じられているそのページが、確かに光っているのが分かる

 「知っていましたか?ゴーレムの再構築、可能なのですよ」

 「前に見たよ」

 事も無げに、少年は言う。年齢一桁の外見に似合わぬ事を

 動揺はなく、ただ、事実として告げる。メキメキと音を立てて再生して行く太い腕を、ただ、見つめる

 「……これで、傷は無くなりました」

 「その分、痩せたんじゃないか?」

 「それで勝敗が変わるほど、貴方に切り札は残されていない」

 これみよがしに、獣はその蛇の尾を振る。そこに掴まれたまま、彼が唯一持ち込んだろう切り札である骨の刀は揺れる

 「……アルヴィナ!」

 「逃がしません!」

 骨の刀を捨て、蛇尾が走る

 「がぐっ!」

 ボクと合成個種の間に割り込むように飛び込んだ少年の首筋にその牙が突き立てられ……

 ぽいっと、横に放り出される。その体は床を……跳ねて、飛び起きる。まだ、その眼は変わっていない。少しだけ暗い眼だけれども、それでも尚、明鏡止水

 「……そうですね。貴方を先に殺せば、彼女を殺す意味も……いえ、ありますね」

 「……ある、のかよ」

 「ええ。どうせ、道具袋は此方にはもう有りませんから。拐って逃げる手段が尽きています。なら、生かしておく価値はない」

 「そこは何とかして連れてくからあるって言ってほしかったかな!」

 「庇いだてですか?」

 「……そうだよ、悪いのか」

 「ならば、せめて最後に貴方の思い通りにしてあげましょう。先に殺してあげます」

 「……そりゃ、どうも」

 二度、蛇尾が疾る。今度は首に巻き付くように、その体を絞め上げ、宙に浮かす

 

 「…………大丈夫?」

 ボク自身、その言葉はどうかと思った

 それでも、他に聞ける言葉はなかった

 「……ああ、大丈夫」 

 何一つ大丈夫じゃなくて。それでも、少年はそういって笑う。挑発し、全てを自分一人で受け止めて

 

 大きく伸びた蛇尾を縮め、巨獣が小柄な少年へと近づく

 『グル』

 その眼を、首を絞められながらも、彼は睨み返す

 『キィィッ!』

 山羊の頭が、軽く火を吹いた

 髪が微かに焼け焦げ、顔を歪める。それでも、眼はそのまま

 「手も足も出ない……皇族というのにあまりにも哀れ。どうです?どこから……」

 無言の拳。効かないと分かっていて、それでも獅子の頭に、それは振るわれる

 

 「では、まずはその反抗的な手から」

 『ギャオォォッ!』

 咆哮と共に口が大きく開けられる。そのまま、彼の体を口近くへと持って行き……

 噛み砕いた。いや、噛み砕こうとした

 口は開いたまま。閉じられていない

 腕だ。上顎と下顎の間につっかえ棒のように左腕を入れ、顎をしまらないようにとしている

 でも、そんなの儚い抵抗。第一……その上腕にはしっかりと獅子の牙の一本が食い込み、血を垂らさせている

 「無駄な抵抗を」

 『キィィッ!』

 二度目の炎。抵抗が緩み……均衡が、一瞬で崩れる

 顎が閉じられる。そして……

 

 パキィンと、その澄んだ音はテント全体に響き渡った

 「……えっ?」

 溢れ出す血。ちょっとの隙間を残して噛み合わされた牙の合間からは隠しきれないほどの血が吹き出していて……

 でも。けれども。バランスを崩し、獅子の顔を歪め

 『『』『グルギィィィィイィッ!!!』』』

 三頭全てが苦悶の悲鳴をあげ、大地に倒れ伏す

 ……何で?

 その疑問は、まだ首に巻き付いた蛇を振り払いながらふらふらと立ち上がる少年の、牙で大きく抉れた左腕。その先に……血ではない青い液にまみれたその……小指があらぬ方向に曲がった手の中を見て氷解する

 ……様々な色の水晶の重ねられたプレート。握り砕かれたその破片が、ぽろぽろと床に溢れ落ちる

 

 「……嘘、嘘だろ……」

 「やっぱり。口の中は、そんなに硬くはなかったみたいだな」

 「馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁっ!?

 顎を閉じられる際にかけられる力で、頭内構造にその手を突っ込んだとでも言うのですか

 有り得ない、そんな無茶苦茶!」

 「だから、此処にお前の化け物のコアがある

 それが無きゃ、他の部分が無事でもこいつは動かないだろ?」

 「……こんな、ガキに……」

 「そんなガキでも、皇族なんだよ」

 すっと細めた目で、少年は歩みを進める

 「合成個種だ。パーツの再構成は出来ても……流石に、再起動は不可能だろう」

 愕然とする男を横目に、彼は放られた刀を拾い上げる

 

 「……」

 そうして、空を見上げ、静かに眼を閉じた

 「終わりだ。この事件は、此処で

 アンタが俺に捕まって、それで仕舞い」

 「何、を?合成個種は破れたが、私達はまだ」

 「だから、終わってるよ。全部、な」

 「そんな、馬鹿なこ」

 言い切ることは出来なかった

 口答えする彼の言葉は、途中で途切れる

 彼の頭の上から降ってきた、小さな黒猫を頭に乗せた、飛び去ったはずの巨獣の体によって

 

 「手を貸してくれるなんて、思わなかった

 お疲れ、助かったよ……アイリス」

 にゃあ、と、獅子の頭の上の猫が鳴いた


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