蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「ねぇねぇ、ゼノ君ゼノ君」
そんな声が掛けられたのは、朝食の時であった。
全員一緒とはいかないので二回転に分けられた、時間を区切ったビュッフェ形式。大体1/4刻程、自由に用意されたものをよそって食べろというものだ
ちなみにおれ達は後半。アナ等前半班が食べ終わった食器を片付け、そろそろスタートという時間なのだが……
「結構汚れてるのに、洗わなくて良いんでしょうか……」
遠くでそんなアナの悩み声が聞こえるが、良いに決まってるぞアナ。自分がメイドの真似事をしてる時期が長すぎて未だに家事をやらない事に慣れてないのか
「いよっしゃぁっ!」
「何かショボくない?お前ん家の方が豪華じゃん」
と、横で楽しげなのは乱入者であるヴィルフリートとリック
「……そもそも、学生の朝食に豪華さを求めるな。貴族子弟しか通わない訳でもないんだから、そう金を掛ける場所じゃない」
と、参加させて貰った(金はおれ持ち)割に図太い子供達におれはぼやく
……ゲームだともう一人の聖女は平民出の特待生って扱いだった気がしたが、実際に学園を見ると平民も普通に沢山居た。というか、通うのは平民と下級貴族が大半の学校であり、高位貴族向けの学校は別にあったのだ。特待生というのも目を掛けてる程度の意味
それで乙女ゲーとして良いのか?おれ達皇族が何で居るんだ?というと……皇族なんて民あってのものと案外自主的に通ってたりする。シルヴェール兄さんが現状継承権一位なのにこっちの卒業生で教員まで始めた辺りでも分かるだろう
道理で攻略対象が貴族ばっかじゃない訳だ
閑話休題
「なあワンちゃん?
黒っぽ兄妹の姿が見えないが、良いのか?」
つついて聞いてくるのはロダ兄。そう、あの二人を座らせてる席はシロノワールとアルヴィナの席だ
それで周囲からはおれが白い目を向けられてるわけだが……
「アルヴィナ、何かおれに怒ってるようだし……」
とん、とおれは指先でテーブルを軽く叩きつつ騒ぎながら我先にと料理をよそいに行く二人をわざと露骨に目で追った
「ん、オッケー了解、変な縁を絶つ気って事か。なら俺様的には何も言わない、縁がないのも勝手勝手」
言いつつ彼はひょいとおれとリリーナ嬢の前の皿を器用に腕に載せた
「んじゃ、話したい何かがあんだろ?盛は適当で良いか?」
「わ、取ってきてくれるの?じゃあ私は……お野菜多めでお肉少なめ!」
健康とか美容に気を遣った感じの要求をハキハキと答えるリリーナ嬢。いとこだというヴィルフリートを見れば、せっせと肉ばかり皿に載せていて女の子はやはり違うなと理解する
……ところで桜理?実家割と貧しいだろうにこの機会にパンとサラダと野菜とキノコのスープだけで良いのか?とその近くで皿の隙間をそこそこ余らせて戻ろうとする少年にちょっと突っ込みたくなった
「おれは任せる」
「ん、任せな」
そうして頼れる攻略対象に任せると、おれは大半の生徒が思い思いに料理を取りに行って一瞬だけ閑散とした卓で、同じ班として近くに居るリリーナ嬢に声をかけた
「悪い、待たせた
どうしたんだ?」
「あ、えっと……うーん、実はちょーっと此処じゃ話しにくい事なんだけどさ……
オーウェン君って、ゼノ君的にどう思う?」
おれから距離を取ろうと背を微かに逸らしながら、おっかなびっくり投げ掛けられる問い
「いや、良い奴だと思うよ」
それに苦笑しながら、おれは残された右目を軽く閉じて冗談めかす
「っていうか、おれのスタンスは話したろリリーナ嬢。おれがとやかく言える立場には無いよ」
というか、だ。おれはかつて護れなかった……半端に希望を持たせるだけ持たせた彼を、今度こそ救わなければならない
万四路等に償う術なんて無い。それこそ死のうが何しようが、死者へ何一つ返せない。だからこそ、この命が生かされている限り、せめてもの返せないとしても果たすべきおれの贖罪を行い続ける。おれに政治なんて不可能だから、せめて、この手で切り払える脅威を払い、手の届くものを護ろう
だが。此処に一つだけ例外がある。早坂桜理。転生先で再会した彼にだけは、まだ償える
桜理には奇跡のような人生と言ったが、その実一番救われているのはおれだ。ほんの少しでも、償える奇跡を与えられたのだから。こんなの可笑しいが、おぞましき神にこの点は感謝するしかない
いや、桜理一人を救えたとしておれの罪が消える訳じゃないし単なる自己満足だが、ほんの少しでも気が楽になる
……そろそろ幼馴染神様が溜め息を吐いている気がするので一旦止めよう
「うーん、ゼノ君、それ本当に?」
「最初は流石に止めて欲しかった。アイリス達の努力とか色々と無駄になるし馬鹿にもされるから
でも、もう半年だ。いい加減、ちゃんと恋して仮婚約を卒業したりしても良い頃だとおれは思う」
ちらり、と周囲を……
ってそうだ、頼勇はアナ側だから此処に居ないわ
「それが推しだという竪神とでも、オーウェンとでも、或いは別でもおれは構わない」
「ゼノ君自身は?」
「それだけは無い。おれに誰かを幸福になんて出来ないんだよ、リリーナ嬢
何時か不幸になるだけの想定は止めてくれ」
「もう、いい加減にしないとアーニャちゃん泣くよ?いやもう泣いてると思うけど、愛想尽かされても……」
と、緑の目をぱちくりさせて、悪戯っぽく冗談冗談と少女は微笑んだ
「ま、私とかと違ってあの子に愛想尽かされるって無理だと思うんだけどさ。地獄の果てまで助けに行くレベルだし、ゼノ君側がもう諦めたら?って方が正しいかな」
にへへという笑いを浮かべてそう告げる婚約者様
いや、婚約者としてそれで良いのかとか色々とちょっと思うところはあるが……別に良い
リリーナ嬢の不幸を望む程、おれは彼女が嫌いではない。ついでに、オーウェン的にもちょっと気になってそうだしな
「……リリーナ嬢は愛想を尽かしたのか?」
「ううん、そんな訳無いじゃん。でもさ、これが恋なのかって事は、ちゃんと生きた人間に恋したことの無い私じゃどーしても判断付かないんだけど」
困ったように少女がかなり豊かな胸元を抑えてみせる
「ゼノ君、頼勇様、オーウェン君
男の子の中で私が好きって言えるのは今その三人なんだけど」
あ、シロノワールの奴もロダ兄も居ないのか。少しだけ……約束的に困る気もする
「それぞれさ、ちょーっと違うんだ
これが恋なのか、どれが恋なのか分かんないから、婚約解消とか言う気は無いよ?
でも、ちょっとオーウェン君と、この先の行動の時に組んでしっかり話させて欲しいんだ。大丈夫かな?」
「いや、大丈夫と言うよりもリリーナ嬢が良いなら組んでやってくれと後で頼む気だったぞ?何でわざわざ」
桜理的にも、そこそこ気にしてそうだから後押ししようと思っていたのだ
そう首を傾げるおれに、苦笑が返される
「ほら、何か来たいとこ達、ぜーったいリリ姉リリ姉って煩いから、押し付けちゃうのが申し訳なくて」
「気にするな、そういう余計なことがおれ達の役目だろう」
……言っててしまったと思う。いや、家族が余計なことって何だよ。恋愛するなら結構余計ではあるかもしれないが、口にしてはいけないだろ
「うん、ありがとねゼノ君」
言って、少女の瞳が最初に戻ってくる少年をチラッと見て、微かに口許を綻ばせる
「にしても、昨日より男らしくないかなオーウェン君?」
「おれもちょっと感じる」
そしておれは、悪戯っぽさを返すように、軽い口調で冗談を返した
「男らしく誰かに告白する決意でも固めたのかもな」
「あはは、今言われたらちょーっとまだ困るかなー」
「実は別人にだったら?」
「それちょっとショック!アーニャちゃんとかだったら多分立ち直れないよ私」