蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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決意、或いはサクラ色の真実

『「一日デートっぽくやってみても……これが恋かは、まだ分かんない。でも、やっぱりさ、オーウェン君に対して感じたものは、ちょっと他と違うんだ」』

 てへへ、と照れて頬を掻きながら告げる少女におれはそうか、とうなずきを返した

 

 それは恐らく恋だろう。おれを本気で好きになるなんてそうそう無い。おれと違うというのならば、そちらが恋だ

 っていうか、頼勇へのそれは多分憧れだろうしな、おれも似たような思いを抱いているから分かる

 『「だからごめん。私ね、この気持ちを大事にしたい。ずっとゼノ君が保護してくれてさ、良いよって都合良く言ってくれてて……申し訳ないよと感じていたけど、本格的に使っちゃうかも」』

 

 『「むぅ」』

 と、何処か不満げなのはアナ。あまり男の部屋を訪ねるなということで、おれは今アナの水鏡を使ってもらって個室でリリーナ嬢と話している訳だ。うん、便利

 聖女使いが荒いと抗議が来そうだが、直接会うよりはマシだと思うから許して欲しい、いや誰に謝ってるかは……オーウェン?

 

 『「あはは……ごめんねアーニャちゃん

 でもさ、そもそも普通、女の子にとって好きな人を狙うライバルが減るって良いことだと……」』

 『「敵じゃありません。仲間です」』

 あ、切れた

 

 少しむくれているくらいで、本格的に気分を害した……って程じゃなかった筈だから良いんだけど

 そして、リリーナ嬢の本音は聞けた。おれはそれを応援するだけ、と言いたいところだがそうは問屋が下ろさない

 何より聞かなきゃいけないのはオーウェンの方だ。早坂桜理、おれが救えなかった者の一人

 そうだとも、ノア姫は優しくおれを認めてくれるが、それは違う筈だ。一人死なせた罪は、例え1000人の命を救ったとしても償いきれる筈がない。世界を救っても足りやしない

 ……だって結局のところ、自己満足でしか無いんだから。これだけの相手を救ったかと割り切ってかつて死なせた罪を忘れられるかってだけなのだ。そしておれは、転生なんかやらかしてもなお忘れられないし、忘れるわけにはいかない

 

 そう決意と共に拳を握り締めて……

 かちゃりと響く鍵の音。今日も来たのか……って当たり前かと自分の思考に苦笑して、おれは机の上に広げた水を貼った盆から顔を上げた

 「桜理」

 「うん、ごめん獅童君。今日も……良い?」

 「当然だろ」

 今日の桜理は昨日よりやはり男らしい。巻いていた包帯も取れ、下に見えるのはそんな鍛えてない胸板。前をしっかり閉めていた一昨日に比べて結構服装がラフだ

 とはいえ、上に羽織るのが長袖で……何か両腕にゴツいものが付いているな

 

 「桜理、なんだそのゴツい奴」

 「えっと、覚悟として腕時計……あ、アストラロレアX(クロス)っていう装備なんだけど、それを身に付けてるのを怪しまれないように、頑張って重りを付けて修行してますって感じを出そうかと」

 おれはその言葉に振り返り、お前なぁとがくりと首を落とした

 

 「昔アナにも呆れられたぞ、『デートの最中に修行されると楽しくないみたいで悲しくなります』って」

 「……うっ」

 今更気が付いたのか。おれかよオーウェン

 「ま、まあ獅童君をリスペクトしたってことで……」

 「おれをリスペクトするな、嫌われるぞ」

 「分かってるなら治したら良いのに……」

 「ぎゃふん」

 いや、そりゃ分かってるんだ。ただ、治そうとしても上手く行かないだけ。だからとりあえずぎゃふんと言わせられておいて、話を切る

 

 「……今日も風呂か」

 「でもさ、午後の獅童君、溺れかけた人達を助けるために服で湖に飛び込んでたよね?」

 桜の一房が揺れ、少年がおれの瞳を覗き込む

 

 「ああ、あれか?単に溺れたフリだったよ。悪戯でおれを溺れさせようとしてたっぽい」

 全く、とおれは腕を軽く振る

 「魔法込みならまだしも、普通に三人がかり程度で沈められるかよ、馬鹿かあいつら」

 「……当然厳重注意?」

 「ああ、他人にやったら冗談でも悪戯でも……いや、流石にシルヴェール兄さんとアウィルが見てる以上何とか冗談で済ませるんだが、危機感が足りなさすぎるのは確かだ」

 そう告げるおれの手を、きゅっと握られる

 

 「……冷えるよ、入ってきたら?」

 何だろう、この感じ。アナやノア姫みを感じる

 いや、男の筈なのにな

 

 「っていうか、この部屋の風呂、魔力で動くだろ?おれは入れない」

 「あ、獅童君って、魔力一切無いんだっけ

 ごめん、昔馬鹿にしながら助けろって言った黒歴史に絡むからちょっと頭の隅に追いやってた」

 ペコリと頭を下げられ、ふわりと香る桜の……って今は香らないな。何だったんだろうな昨日のは?

 

 「じゃあ、まず僕がお湯貼るから入ってきて?」

 「っていうか、他人のあとで良いのかよオーウェン」

 おれは因みに構わない。綺麗な湯でないととか、貴族みたいな事とはかなり縁がなかったからな、一応皇族の癖に

 ただ、忌み子の後とか穢れると言われて王城ではプリシラがおれの使った湯は即座に捨ててたのは印象的だった

 

 「……あ、って気にしないって。僕そこまで神経質じゃないし、獅童君が呪われてて穢れてるとか信じてないから平気」

 そんなことを言われて、オーウェンが寝てからとりあえず軽く鍛錬をして最後に入るかと用意していたタオルを手に風呂へ。魔力を燃やして湯を出す形式なのでおれにはどうしようもない装置はガン無視して、湖から引っ張ってきた水(いや良いのかよと思うかもしれないが、龍姫様の加護がどうとか言われるし泳げるだけあって、あの湖の水って普通に飲める綺麗さをしているのだ。糞尿垂れ流しとかそんなことはない)を張って湯船に浸かる

 

 「……豪華すぎるな、全く」

 なんて、オーウェンが操作してくれて直ぐに温度が上がり少し熱いくらいの温度になったのを感じつつ、おれは息を吐いた

 思い切り体を伸ばしても大丈夫で、何なら縦横両方おれの身長より長いって、個人用の湯船とは思えない

 

 ……いや、おれの感覚が貴族として狂ってるだけの筈なんだが、アイリスも体が弱いせいで広いと溺れるからってかなりちんまりした湯船だったし、前世の風呂なんて今浸かってるのの1/4くらいの広さ。何だか違和感が凄い

 

 「獅童君」

 と、鍵掛けられるけど掛けてなかった扉を開けて、一人の少年が顔を覗かせる

 「桜理、温度は大丈夫だ」

 芯から少しだけ暖まって解れていく気がする、とおれはちゃんと男の裸にはトラウマを持ってるだろう少年に体を見せないようタオルを拡げつつ笑う

 

 「……大きいし、入っても良いかな?」

 「大丈夫か?無理してないか?」

 「無理、してるよ」

 少しだけ震えた声に偽りはなさそうで、けれども強い覚悟を秘めた瞳で、彼は一歩浴場へと足を踏み入れてくる

  

 「でも、勇気を出すって決めたから。獅童君なら、耐えられるから。練習させて?」

 怯えは消えていない。目はすぐにおれから目線を逸らして何処へともなく泳いでいる

 でも、それでも、少年はおれのように逃げ出すことは無くて、逃げ腰な心境とは裏腹に完全に湯船の縁までやってくる。床を掘って深くスペースを作った湯船だ、そこまでくれば当然足にも湯が掛かって……

 

 「分かったよ」

 と、少年の方を見て、おれは言う

 

 ってちょっと待て

 

 「いやオーウェン、桜理。お前、何でこんな時でも時計してるんだ?」

 そう、あまり鍛えてない胸板も、おれ自身他人のソレをマジマジと見たことはほぼ無いが大きくはないというかお姉さんに可愛いとからかわれるのがお似合い感ある大きさの男の象徴も、何もかもさらけ出している筈の彼の腕には、あまりにも場違い過ぎる黒鉄の腕時計が嵌まり、小さく駆動音を立てていたのだ

 緑の燐光が見えるから起動しているのは間違いない

 

 っ!まさか!

 と湯船に入れると酷くスパークするから流石に困ると天井から吊るしておいた愛刀を構えようとして……

 不安げに揺れる桜色の前髪一房に毒気を抜かれる

 

 そう、神の加護に近い意匠は誤魔化せないし、逆に騙る事も出来ない。ヴィルジニー等枢機卿の一族のグラデーションの髪を幻では再現できないように、パチモノアステールの目の中の星が張り付けた明らかに変なニセモノでしか無かったように、彼の桜色の髪もニセモノならば再現できない筈なのだ

 

 ならば、流石に別人が魔法で変装した訳じゃなく桜理だろうとおれは息を吐いて……

 

 「……うん、全部伝えるって決めたから」

 燐光が途切れ、その腕から時計が溶けて空気の中に消えてゆく

 同時、ふわりと鼻に届く桜のような香り。中性的な男にしては高めの声に、柔らかさが少し加わり……

 

 「これが、本当の僕」

 胸板と呼ぶには少しなだらかな曲線を描きすぎ、きゅっと閉じてもなお隙間が出来てしまいそうな細い足の間には、小さな丘しか無い

 

 「桜、理?」

 顔立ちはほぼそのまま。ほんの少し……昨日のように花のような可憐さが増えてキリリとした格好よさが減ったくらい。欠片の違和感はあっても同一人物だと認識してしまう似た顔立ちだが……

 その体は、明確にまだ幼い蕾の少女のもの。ついさっきまで見ていた完全な少年の肉体とは全く違う。そんな女の子が、おれの前に、オーウェンが居る筈の場所に立っている

 

 「……君、は?」

 「僕は、獅童君が知ってる、君に助けられた早坂桜理で……」

 桜の花が七分咲きしたように、ふわりと少女は微笑み、湯船へと足を踏み入れて事態に付いていけないが何とか対処しようと立ち上がったおれの前に立つ

 「オーウェンっていうのは男の子でありたかった僕が勝手に名乗ってた偽名

 僕は、私は……」

 

 そうして、固まったままのおれに正面から飛び込んできた 

 「サクラ。サクラ・オーリリア」


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