蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「落ち着いたか?」
風呂場では本当に心がざわついてどうしようもなかったので、部屋へと移動し、服を着たところでおれは泣きじゃくるのを漸く止めた少女……早坂桜理/サクラ・オーリリアへとそう問い掛けた
服装はおれが一応持ってきた和装で、桜理がおれの軍服の上のシャツだけ。女物なんて持ってないと言われても、夜に服飾がやってる筈はないしアナやリリーナ嬢に貸してくれは変態過ぎるし胸元が恐らくダボダボになるから、仕方なくおれの私物を今は被せている
んだが、と所謂彼シャツ状態だろう少女を見て(いや彼じゃないが)、ざわつく心を抑えながら変なことを思う
元々流石に素肌を見せられれば女の子と分かるものの、こうして服を着ると体の起伏がそこまで無いから見分けが付きにくい。筈なんだが……変な艶かしさを感じるのは確か
やはり、一昨日なんかは女の子姿してたんだろうな。で、リリーナ嬢が何だか変なんだよねーしていた今日は男の姿をしていた。だから、男性に過剰反応する彼女が違和感を感じていた……って感じか
って待て。彼女からはこれが恋かもと言われたが……
「ふふっ、やっぱりドキドキしてるんだ」
涙は止まったが、目尻に残る微かな滴が自棄にキラキラと目立つ
「っていうか、どっちなんだ」
「……逃げないよね、獅童君?」
言われて、そういえばと思うが……足が動かない
ある意味、思考がずっとふわふわしている。アナにも、ノア姫にも似たような事を言われた。それすらも違う!と何とか言い返せていた根底である『誰も結局救えなかった』という獅童三千矢の大前提が揺らがされて、論理が上手く噛み合わない
「……逃げられない、かな」
アナは聖女だ。ゲーム的に、おれよりも幸せにしてくれる運命の存在を知っている
ノア姫はエルフだ。それも誇り高く、高貴で、相応しいのは同格の特別で永い時を寄り添える存在であるべきだ
アイリスは妹だ。万四路の代わり……と言えば失礼すぎるし、何よりゼノとしてのおれが代用扱いを許さないが、家族との縁に閉じ籠るのを止めて心の扉を開け誰かと幸せになる事を願っている
アステールはお姫様。今もユーゴに苦しめられているのはおれの責任も少しある。因縁を断ち、救いだす。記憶を燃やされもう二度とおれをおーじさまと呼んではくれなくとも
アルヴィナは友人だ。魔神族で友達で、共に120%の未来を目指す同志で……あれ、言葉が出てこない
『因みにですが、似たことはずっと私も言っていましたよ、知っていましたか兄さん?』
そんな言葉を放つ幼馴染神様に、知ってるよと返す
始水は……そもそもおれが助けなくとも何とでもなったと分かっていた。御嬢様で、神様で、何処か大人びたクールさを持っていて。虐めだって、嫌そうではあってもどうせ幼さ故の無謀と知っていたのか苦しんでは居なかった
だからだろう、おれがやったことにあまり意味を感じられなくて……申し訳なさばかりが先行していた
だが、彼女は……サクラはどうだろう
もう変わらない過去、おれが救えなかった筈の、絶望させたに違いなかった場所から、おれに希望を見たと返す彼に、おれは何を返せば良い
解らない。思考が纏まらない
「僕はね、自分は男だとずっと言ってきたよ。女の子な自分が、男らしさが必要なくなる今の体が嫌だった」
……なら
「でもね。リリーナさんとデート?して、何度も何度も君に庇われて、今の僕で良いんだって言われて……」
意を決した紫の瞳が、ベッドの上でぺたんと足を折ったままだがおれを見詰める
「僕は、漸く解ったんだ。何で獅童君の、ゼノ皇子の男らしい行動には憧れて真似しようって思えなかったのか」
少し体を倒して椅子に腰掛けるおれへと近づくサクラ。サイズの合わないシャツの胸元の隙間は大きく、谷間が出来る程ではないなだらかな丘陵が見えてしまって目線を逸らす
「……見ても良いよ」
「自分を大事にしろ!」
「してるよ、アーニャ様と同じ
獅童君はさ、ちょっと流石に付いていけないくらい自分を酷使するから憧れないのかなって思ってたんだけど、違った。だって、竪神君だってさ、かなり無茶やってるけど普通に男らしさとしてああなってみたいって思ったから
……恋だったんだ」
ぽつりと告げられる言葉に、脳天を殴られた気がした
「僕は君が好きだ。早坂桜理としてもかもしれないけれど、少なくとも、サクラ・オーリリアとして」
腕時計を弄り、今一度早坂桜理に戻りつつ、困っちゃうよねと少年であり少女は両手の人差し指を合わせた
「僕はずっと男でありたかった。だから気が付かなかった
でも、ね。可愛らしいし僕に好感を向けてくれるリリーナさんへの想いを感じて、その想いと僕の感じる心の差に、流石に気が付いた。大好きな人だから、憧れて君みたいになるんじゃなくて、君の隣に立ちたい
ううん。そこまで求めない。横はアーニャ様で良いから、側に居たい」
だから、と少年は折角止めた上のボタンを外す。ぱさりとシャツの前が開くと共に、何度目か姿が変わる
「だからさっきのが、僕の最初の勇気。男の子でありたい早坂桜理じゃなくて、サクラ・オーリリアであることを認めた初めての想い」
少女の潤んだ瞳が、震える桜色の唇が、おびえる肩が、全てがさらけ出されておれの前にある
「僕は君が好きなんだ。だからね、獅童君。僕を、君のものにして欲しい」
「……駄目だ」
ほんの一瞬気圧されて頷きかける心を脳内で殴り飛ばし、鮮血の気迫を発動すらして無理矢理に頭をすっきりさせる
って発動しない!そりゃそうだ迷いは何の精神的な状態異常でもない!だから奥歯を噛み、前歯で舌を傷付けてセルフで血を呑み込むことで苦味と痛みで霧を払う
「どうして?アーニャ様に操を立ててるから?」
潤みを超えて、もう一度泣きそうな顔。ボーイッシュながら可愛さの際立つそれが、おれを上目に見上げてくる
「違う!アナとそういう関係になることは有り得ない、操を立てるも何も無い!」
「じゃあ……」
不意に、少女の瞳が翳る
「そう、だよね。僕は……今の僕をずっと認めてくれた君を好きになったけど、獅童くんは違うよね
前、ずっと酷いことした。忌み子なんだからって、他の酷い人たちと同じように助けろよって言った。そんな僕、大嫌いで触れたくないよね」
「違う!そんな事はない」
俯く少女に、言っちゃいけないと思いつつも止められずに堰を切ったように言葉が溢れる
「確かにおれは忌み子で!呪い子で!」
『わたしが恋愛譚のヒロインだっていうなら、何時か必ず貴方を
不意に耳に聞こえるそんな幻聴。忌み子としての絶対的拒絶を前提にしなければと思うのに、あの日聞いたそれを変えようとした想いに言葉が止まる
「いや、違うよ、オーリリアさん」
そうして絞り出せたのは、そんな台詞
「サクラ……ううん、せめて桜理って呼んでよ。そんな他人みたいに言わないで」
「桜理。例えおれが忌み子でなくとも、それは出来ない」
「何でっ!」
涙と共に叫ぶ少女の肩を掴み、おれは叫び返す
「震えているだろう、怯えているだろう、桜理!
君の心は、逃げたがってるだろう、おれのように!」
「だからだよ!好きになれた君相手なら耐えられるから、きっと、女の子な自分を受け入れられるようになるから!
だからお願い、責任なんて取らなくて良いから、僕を君の女の子にしてよ……」
涙ながらにおれの胸元に顔を埋めて響かせられる言葉
心臓が跳ね、それでもおれはその言葉を拒絶するように肩においた手に力を込めて少女を引き剥がすと目線を合わせた
「そんなに怖がってるのに、そんな事出来ない
君が自分を受け入れる前に、きっと心が先に染み付いた恐怖で壊れてしまう。だから、駄目だ」
「君になら壊されて良いから」
「頼む、壊れないでくれ。君が言ったんだろう、おれのお陰だと、おれが自分を救ってくれたって
なら、おれにそんな君を、唯一救えたかもしれない誰かを、滅茶苦茶に破壊させないでくれ」
そんなおれの言葉に、暫く少女は目を瞑り……
「……でも、少しだけこうさせて」
おれの胸に額を押し付けて、静かに目を閉じた