蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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失念、或いは円卓

「……桜理」

 「結局ずっとそれで行くんだね、獅童君」

 くすりと腕の中で少女が笑う。その表情はとろんとして、今にも寝入りそうだった

 

 あれから暫く。胸元に抱き寄せて頭を撫でていたら少女な桜理は完全に落ち着いて、もう変におれに不可能を迫ってこなくなったところで小さく疑問に思っていた事を問い掛ける

 アナにされたのとは逆だなと苦笑しながら、気楽に言葉を紡ぐ

 「ずっと、ああして男の子そのものの姿になって生きてきていたのか?

 嫌だったんだろ、今の自分」

 

 当然返ってくる言葉は予想通りの……

 「ううん。獅童君が誉めてくれたように得体の知れない力をあんまり使いたくなかったし、何より使って意味があるの、今だけだから」

 いや待て、全く想定してなかった否定が飛んできたんだが

 

 「ん?どういうことだ?」

 「この力は、生前って言って良いのかな?昔の自分の姿になるもの。体も何もかも変えられるんだけど」

 おれの胸に擦り付けられるくすぐったい桜色の前髪

 

 「その髪色は?」

 「早坂桜理には無かったんだけど、何でか今は色付くんだ」 

 言われて理解する。ああ、神の加護の意匠って変装とか貫通したなと。だから変身しても前世の姿+神の加護の桜の前髪になるのか

 

 「でもね、僕の取れる姿は、早坂桜理としての体は、僕が絶望して自分から酸を顔に浴びせる前の体」

 その言い方に違和感を覚える

 そして、脳内で絵柄が歪んでいたパズルに正しいピースが嵌まった気がした。そうして完成する絵は……

 

 「つまりさ、桜理。おれが君と初めて会った時、男女の差なんて服装でしか解らなくて男の子だと思っていた時

 君はその気になれば今くらいの年格好の姿を取ることが出来た?」

 否定して欲しい、そんな希望と共に答えを知っている質問を口にする

 「取れたよ。だから、何となく竪神君に監視されてるのは知ってたけど、見えないところで早坂桜理の体になれば、オーウェンとは明らかに年格好が異なるからって監視を潜り抜けられた事もあるし」

 

 っ!やはり!

 「シロノワァァァルっ!」

 少女の体を優しく離してベッドに寝かせつつ、飛び起きながらおれは自分の影に叫ぶ。居るのは知ってる、出てきてくれ!

 

 「……」

 無言で影から顔を出す八咫烏。明らかに不満げな彼に、おれはおれの魂に結び付いたマントを意図して投げながら飛べ!と叫ぶ

 「獅童君!」

 「やってくれる!いや、おれのミスか!」

 「何がどうした、人間」

 確かに言葉は飛躍している、焦りはするが、最低限の事情くらい!

 「円卓の奴等はチートに胡座をかいて魔法に疎く、変な魔法を感知できず、だから外見が大きく違うなら別人と警戒を緩めた

 その前提が間違いだった。それを伝えるために飛んでくれ!致命的な何かが起こる前に!竪神とロダ兄に、真実を!」

 「だから、どうしたの?」

 心配そうに問い掛けてくる桜理に説明している暇も無く、後で話すとだけ返して最低限の服装を整えて愛刀を引っ掴む

 

 「ALBIONの使い手は二十歳前後の大柄な男

 だからあいつらとは別人と判断したが!そもそもそれがALBIONにも同じく組み込まれた前世の姿になる能力による生前の姿ならば!」

 というか、黒髪黒目はほぼ間違いなくそうだろう。コンタクトでも入れてたのかと思ったが、日本人の姿なら一般的な色!

 13歳くらいの少年とは結び付かない……なんて理屈は、今此処に消えた!

 

 ならば当然!

 「ALBIONを纏う円卓の正体が、彼等のどちらかである可能性はかなり高い!」

 そして警戒を解いてしまった以上動かれても可笑しくはない!

 

 やらかした!もっと早く、桜理に色々と根掘り葉掘り訊ねていたらこうはならなかったろうに!

 すっと消える八咫烏。影を走る魂だけの鳥は、同じ敵に対峙する今だけはしっかりと味方として頼れる。だからそれを見送って、おれは走り出した

 

 「獅童君っ」

 「悪い、桜理!嫌な予感がするんだよ!」

 そのままおれは全速力で窓を飛び越え、予感を振り払うように……否、その予感を潰せるように駆け出した

 

 そうして辿り着くのは昨日と同じ湖の畔。ちょっぴり崖っぽくなってはいるが、すぐ下が湖面な場所。もう少し高ければ探偵ものなんかで犯人が追い込まれるのに相応しかったが……湖では難しいな

 

 「……やっぱり、な」

 そこに立つ二人の影を見て、おれは唇を噛み締めて顔を歪めた

 

 一人はぼんやりした目のリリーナ嬢。そしてもう一人は……当然、昨日の大男

 「忌み子皇子。何で来るんだてめぇは」

 声も聞き覚えの無いもの。だがしかし、正体は何となく掴めている

 「当然、婚約者だからな」

 「ふざけんなよお前。アニャちゃんだけじゃなく、何でリリーナとまで婚約してるんだよバグ野郎」

 ……言われて苦笑する。そんな扱いか

 ってアナとは婚約してないが!この先も……なんて気を散らす場合ではない

 

 「リリーナ嬢」

 返事はない。どこか焦点のずれた瞳は、何故か大男にだけ向けられている

 「あれ、何なのこの人、馴れ馴れしい

 っていうか、私と婚約してるのって……君だよね?だから、ちょっと星空を一緒に見に来たんだし」

 少しして多少の嫌悪と共に、男を振り返りながら告げられる言葉。それに事態を軽く理解する

 

 つまりだ。今彼は何かを使っておれかのように扱われているって事か。だから疑わずにリリーナ嬢を連れ出せた。明らかに外見が違うだろとか突っ込みたくはなるが、その無理が通ってこそ変なチート能力

 

 「あ、ゴミカスクソ転生者」

 「え、あ、言ってた変な円卓の人!」

 封光の杖レヴァンティンを召喚しながらおれに向けて構えてくる桃色聖女

 その円卓そっちだぞと言いたいが、残念ながらそれで納得されるとは思えない。というか、マジでおれの天敵だから止めてくれないかそいつ。ダメージ計算式に防御が入らないから普通に痛いんだよその杖からのビーム

 

 ならば、どうするか

 決まっている。先手必勝!

 

 相変わらず卑怯な手とアレなところばかり上手くなる!

 「……変なことをやらかして満足か」

 「は?」

 一瞬だけ迷う。本当に推測は合っているのか

 

 だが信じようと決め、おれはその名を口にした

 「なあ、聞かせてくれよ、リック(・・・)

 忌々しげに歪む男の顔に、ビンゴと心の中で笑う

 

 ヴィルフリート・アグノエルの方が明らかにそれっぽいリリーナ嬢への執心を見せていた。だのに彼でなく此方の名を呼んだのはただの勘。な訳はなく、リリーナ嬢の兄の存在があったからだ

 ぶっちゃけた話、おれが殺したルートヴィヒ・アグノエルだが……ヴィルフリートが円卓ならあいつが居るうちにとっとと何とかしてリリーナ嬢をモノにしようとしていたんじゃないか?という推測。

 逆にリリーナ嬢大好きなだけの従弟のヴィルを騙して、最近円卓のリックが近付いてきたという方がまだ自然。今リリーナ嬢にやってるような洗脳で昔から友人だった誰かっぽく見せていればそれも可能だろう

 

 「てめぇ!」

 歪めた顔から、声を荒げて吠える前世の姿のリック

 だが、今!隙だらけだ!ALBIONも恐らく斬れない事はないが……出されないに越したことはない!

 「伝!哮!雪!歌ァァッ!」

 踏み込み一閃、縮地を駆使した剣閃でリリーナ嬢が動く前に貫く!

 愛刀を抜刀しながら構え……

 

 「くれよ、そいつ」

 唐突なとんでもない嫌な予感に、思わず突貫を止め、右足を横に倒して急ブレーキを掛けつつ、左膝を跳ね上げながら左肘を落とし、腹を狙って振るわれる何かを挟み込む!

 ガキン、と硬質な音と共に、腹の寸前で止められたのは、青く透き通る刃であった

 

 月花迅雷!?まさか円卓の使う偽刹月花のような……いや、違う!

 おれの右手から愛刀が掻き消えている。ということは、ついさっきおれが振るおうとした刀が一瞬の意識の隙の間に相手の手の中に移動したってことか!

 

 『……呼びますか』

 要らない、と幼馴染の言葉に返す。奪われない可能性はあるが、下手に不滅不敗の轟剣(デュランダル)までパクられたら正に取り返しがつかない。そもそも相手にはALBIONがある事が解っているし、それを無駄に強化してしまうかもしれない手は本気でそれしかない場合まで切りたくはない。今はまだ、相手の手の内を覗く為に仕掛けない

 

 まずは!

 肘が微かに切れるのを無視して肘を腹から離すように刃の上を滑らせ、デコを作る。そして相手が反応する前に一気に膝を支点に押し込む!

 「んがっ!」

 止められたことすらまともに認識する前に一挙に柄がガクンと下がり、青年の体がそれに引っ張られて(かし)ぐ。途中で手から抜ける柄、それを確認したら左膝で愛刀を跳ね上げて刃を握って回収

 それとほぼ同時、ぴよんと右足で軽く飛び上がると倒れかけた青年の顔を横凪に蹴り飛ばす!

 「んぐほぉっ!?」

 「っ!りゃぁっ!」

 そのまま悶える相手を足場にしてその肉体を飛び越えつつ、左踵で後頭部を打つ!

 流れるように移動して、リリーナ嬢に背を向けて庇うようにしながら、不安を断ち切って納刀

 

 相手は今自分を理解していない。ならばそのままリックを護るために攻撃されかねないが……それでも、態度で示す

 何を言っても聞き届けられるか微妙ならば!態度だけが物を言う!

 

 ……攻撃は、来ない。不安げにおれに向けて杖を突き付けながらも、少女は攻撃せずおれの背を見詰めて……

 

 ならば!

 「っ、てめっ!」

 納刀した愛刀に手を掛ける。一意専心、振るうは雪のごとく朧の一刀

 「雪那」

 「寄越せぇぇっ!」

 何かを手に叫ぶ青年の言葉と共に、振り抜こうとした手の中の重みが消失する

 

 だがそんなもの百も承知!振るうは魂の刃、物理的な物ではない。上位版の雪那月華閃までは無理でも……それこそ雪那ならば、媒介となる刀が消えたとしてもそのまま魂で斬り裂く!

 キン!と軽い音と共に青年の左腕の黒鉄の腕時計のベゼルが二つに分割され、地面に転がる。同時、そこには最初から大男など居なかったかのように、クリスタルと刀を両の手に握る小さな少年リックだけが残った

 

 「んなっ!」

 「悪いな。おれに月花迅雷しか無いと……」

 「思ってねぇよ!」

 その刹那、背後に感じる何時もの気配。だが!

 

 「があっ!」

 左肩を噛み砕かれ、火傷痕に血飛沫が散る

 『ガルルゥ!』

 「あ、アウィ、ル……」

 少年リックを護るため、おれに対して牙を剥く幼い天狼の咆哮が、おれの耳を叩いた


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