蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
蒼き雷を受け、痺れながら地面に倒れ伏す。普段なら何か反応してくれそうなリリーナ嬢だが、今は何も言ってくれない
「アウィル……」
突き刺さる牙はそこまで深くはない。殺意はなく、ただおれを止めるために食い込ませたのだろう
だが……
「何、なんだ……」
喉から溢れてくる血を呑み込んで、しゃがれた声で問い掛ける
おれの背後から飛び出したリリーナ嬢に支えて貰いながら立ち上がる彼は、それを何処か詰まらなさそうに聞いていた
というか、何だか辛そうだなリリーナ嬢。おれの立場に今あいつが居て、だからといっておれ相手みたいに何も気負わない事は無いってことか。男に触れられるの、普通に怖がってたしな
それは分かるのに、それでも少年リックの側に皆立つ。その事実が理解できなくて乾ききった喉を酷使して言葉を紡ぐ
「何を、した」
AGX-ANC11H2D《ALBION》。大はずれとされるその機体だが、相応の力を持つことは確かだろう。だから何か可笑しな力でリリーナ嬢を
だが、これは何だ?何故破壊した筈なのに可笑しな状況が悪化する?ユーゴのアガートラームだって、制御装置が壊された上でエクスカリバーを投入する等の多少の干渉は行ってきたから完全に解除できないのは良いとして、アウィルまで影響を受けて現れるなんて寧ろ強くなっている。有り得ない
その疑問に応えるように、少年はユーゴのようにおれに向けてぺっ!と唾を吐きかけながらクリスタルを翳す。
「ああ、すっきりした。あの大はずれ正直面倒くさかったんだよ」
自分で割れたベゼルを踏み抜きながら、少年はおれを嘲るように狂暴な笑みを浮かべる
「な、に?」
いや、話を聞く限りALBIONは確かに使いにくい機体だろう。スペックもシャーフヴォルのATLUSには勝るもののユーゴに劣り、特にパワードスーツ型だろうから防御面についてはATLUSに毛が生えた程度かもしれない。それで安全装置全撤廃で肉体改造ぶっ壊れながら戦う想定の特攻兵器とか愚痴りたくもなる。
だが、自分の持つ超兵器を邪魔とまで言うか?唯一と言って良い超常の力を?
不可思議な違和感。ならば、ひょっとして……
「冥土の土産って奴?アニャちゃんはやらないが」
それはメイドだ。あとこの世界に冥土は無い、死後の世界は一応あるが冥土とは呼ばない
更に違和感が加速する
「要らないっての、ALBIONなんか
お前が勝手にこれを切り札と勘違いしてくれるから、これみよがしに使ってただけ」
は?
思わず目を見開いたまま固まる
いやいやいや待て待て待て!ALBIONを超える切り札だと!?
想定外だ!どう対処すべきか、検討もつかない!ってか情報が無さすぎておれのもう一個の切り札を切って良いのかすら不明!
逃亡するならシロノワールから翼を返して貰えばワンチャンあるが、それも効くか未知数。恐らくは奪ってきた能力と関係があるんだろうが……
地面に手を付いたまま、痺れが軽く取れてきた足を動かして半ばまで立ち上がる。まるでクラウチングスタートかのように、獣の四つ足を保ち相手を見据える
この方がまだ動ける。それこそ喉笛に噛み付くなんて原始的な攻撃しか出来ないが、何とかして情報を……
「リリーナ。ちょっと離れててくんない?
こいつボコるのに邪魔」
「あ、うん」
ちょっとほっとしたようにリックの体を支えるのを止めたリリーナ嬢。その態度からは、何となくの信頼と不信が信頼へと傾いているのを感じる。やはりおれへの態度に似ているというか……
「ま、勝てないし何も持ち帰れないお前に教えてやるよ。
ALBIONは単にパクれたからパクって使ってるだけの余計なモン。本当の力は……」
キラリと煌めくクリスタル。まるで映写機のようにおれの眼前に投影されるのは一枚の写真。昼間やらかした時に、おれがアナの胸元に抱き締められている……っ!違う!
確かにその時の写真だが、顔だけがリックに差し替えられている。ちょっと繋ぎ目が荒いというか、首がズレてないか?となるが……
クソコラ写真としか言えないそれが何なんだと思っていると、更に何枚か切り替わる
アウィルと共に海で遊ぶ皆を見回るおれ。撮りたいと言われて構えた月花迅雷を構えた時のおれ、その他さまざまなおれの写真が次々と表示され……その全てが、顔だけリックにコラージュされている
何となく薄気味悪くて、だが……
「つまり、お前は!」
「《
お前の全てはもう撮し盗った」
そういうことか!と奥歯を噛み締める
写真を通して誰かの顔に自分の顔をコラージュすることで、写真の中の他の存在とコラ元の関係性を自分との関係性に書き換える力!謂わば……
「クソコラを現実にする能力!」
……何だそのアホみたいな能力!?
「尊厳を
ふっざけんなよそのクソボケチート!確かに特定の誰かと周囲の好意的な人物との写真を全部取れば誰かにほぼ成り済ませるからもうALBIONは要らないだろう。第一、言葉ぶりからしてALBION自体たまたま本来の円卓が使うところを見て、その際の写真をコラージュすることで所有権をパクったものっぽいしな
月花迅雷と同じように奪い取ったって事か
だが、だ
「もうお前要ねぇわ。って、誰からももう見ず知らずとしか認識されないだろうが、生きてるだけで不快」
「そんなこと、ペラペラとリリーナ嬢相手に喋って良いのか?
おれは……彼女の知る第七皇子ゼノは」
「え?帝国第七皇子ってリック君だよね?」
調子が削がれる!
が、マジでおれとの関係を能力がほぼクソコラしてるっぽいと分かっただけでも上等か!
「っていうか、今の言葉……」
「カット、コピー&ペースト、上書き保存」
「やっちゃえリック君!信じてるよ!」
いきなりほんの少し焦点がズレて元気にそう叫ぶリリーナ嬢
「……疑われてもコピペしなおせば即座に初期に関係が戻る、って事か」
ああ、面倒だ。あくまでもクソコラだから、過去まで本気で変えている訳では無いのだろう。だから違和感を覚えられるし下手をすれば見破られるが、その都度使い直せば0からに戻るとなれば、実質無敵
突破するには見破ってから相手がコラージュしなおすまでに裏で何とかしてリックを倒すしかない
だが!ならばこそ!
「ブレイブ!トイフェル!」
祝詞を叫ぶ
そう、この能力には欠点がある。それを知るまで温存していて正解だったようだ
段々膨れる微かな違和感はそのままに、おれは手を天に翳す
お前の欠点を教えてやるよリック!写真に収めた事のないものはコラ出来ない。ならば、写真に撮せないように視線を遮断する!
そう、
「イグニッション!」
が、しかし……おれの言葉は空しく空を切る
……始水!
ぷつり、と何時もオープンな幼馴染との通信すら途切れ、何の力を発揮することも無い
っ!まさか!?七大天にすらコラージュが通用するっていうのか!いやだが……
困惑と共に手を握る。通るというなら、それなりにやりようはある!
だが、そんな思考を貫く轟く機械音。シロノワールに呼んで貰っていた青き髪の青年がおれとリック達を遮るように降り立っていた
「はっ!何をしようとしたか知らないが」
「これ以上の狼藉、させると思うな」
冷たく煌めくエンジンブレード。静かに睨み付ける瞳は、アルヴィナと共にダイライオウに挑んだあの日のようにおれを射抜いていた
っ!竪神ならあるいはと思ったが、流石に無理か!何より始水に対して効く時点で……いや、何処でだ?
暫しの疑問。だが、すぐに氷解する
そうか、あの時!アナに抱き締められていた時に、背後に龍姫像があった!神の加護ある似姿から影響を受けたのか!無機物を通してでも影響を及ぼせるなら、有り得ない話ではない!
やってくれる!いや、おれが警戒を解いて写真を撮らせた自業自得か!
「……終わらせようぜ」
更に横に降り立つのは、何時もより何だか声のトーンが暗いロダ兄
いや、これは……
白桃色の青年は、頼勇の横で崖側に立つおれに向けて銃を向けた
「ロダ兄、違う!敵は」
「はっ!お前が一番知ってる筈だ。そういう洗脳なんて効かないんだよ」
やっぱりか、と少しだけ安堵するが、突き付けられた銃に変化はない
そして、尚も残る違和感。何故彼はわざわざおれにペラペラと能力を喋ってくれた?時間稼ぎか?
いや、そうじゃないはず。
「っ!らぁっ!」
仕込んでおいたナイフを二人の攻略対象の隙間を縫って投げようとして……
っ!何やってる!聖女相手に!
振りかぶった手を止めるために地面に倒れ伏す
……阿呆か!と今漸くおれもコラージュの力を理解した。
あの一瞬だけ、あの写真でおれではなく……アナの顔に自分をコラージュしたのだろう。だからあのタイミングでは、おれには彼が幼馴染の聖女に思えた
……そう、この力があれば、おれ相手に時間稼ぎなんて要らない。最初からこの力を使いまくれば、ALBIONの腕時計を壊される事もなかった
誰かが駆けつけてくれば来るほど基本的に自分の味方になるとしても、駆けつけさせる必要もない
なのに何故?どうして……
思い巡るまとまらない思考。勝ち目がない中で、何とか何かを掴もうとして……
「もう良いだろ?終わりにしようぜ」
ロダ兄……いや、ロダキーニャが銃をおれの心臓に向ける
その瞬間、不意に理解した
「違う!ロダキーニャ!敵は……」
「だから、知ってるっての!」
「そうじゃない!ALBIONが!」
……頼む!今下手なことを言えない!気が付いてくれ!
そんな思いを胸に、心臓部に炸裂する銃弾
思った通り、火力よりも爆発を優先した吹き飛ばすもの。殺意はない
だが、おれの体は崖から大きく吹き飛ばされ……
「後は頼んだぜ、ロダキーニャ……」
湖面に叩き付けられた大きな音と衝撃が、おれの体と意識を襲う
今回ばかりは、この先お前達に任せるしかない。ロダキーニャ、オーウェン、そしてシロノワール。その思いだけを胸に、無駄に足掻かずにおれは流れに身を任せた