蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「……ねぇ、どうしよう」
僕にふとそんな声が掛けられたのは、翌朝の事だった。
獅童君の帰りを待っていたら変な気配がして、そそくさと部屋から退散した僕が見たのは、見知らぬ男……という訳じゃなくてリックって子。いや、何で居るの?って思ったけど部屋の前の植物の陰に頑張って縮こまって隠れていた僕には気が付かなかったのか、彼は獅童君とこの宿の人しかもう持ってない筈の部屋の鍵を鼻歌混じりに空けて部屋に入っていった。
本当に意味が分からなくて、その後も一睡もせずに、ずっと部屋の扉を僕は眺めていた。
獅童君は帰ってこない。何かあったのかなと思って探しに行きたいけど、でもと悩み続けていたら何時しか夜が明けていたんだけど……
「リリーナさん?」
「オーウェン君。昨日怖いことがあったんだけど、変なの」
キョロキョロと周囲を見回すリリーナさん。それはまるで草食動物がそうするみたいに何かに怯えているかのようで……
「どうしたの、ゼノ君が」
「え、誰?」
……あれ?どういうこと?
呆けたような返しに僕も目をぱちくりさせる。
何か嫌な予感がして、今は時計は隠してる。隠しておけば僕のってあれでも凄く高性能だから誰にも存在がバレることは無いと思うけど、その分男の子姿になることも出来ない。だから今は体は女の子で、それが不安点
でもそれより、ゼノ君を、獅童君を知らないかのような発言が更に不安を掻き立てる
「誰って……」
そこで問い詰めるのは簡単だけど、と僕は悩む。明らかに昨日の夜から何かが変
そして、獅童君の姿が見えない。リックが獅童君のものを持っていた
……下手に僕が疑うような言葉を思いっきり吐くのって危険なんじゃないかな、これ
っていうか、獅童君大丈夫かな……?とんでもなく強くて、だから平気だとは思うんだけど……アーニャ様も変に騒いでないし
って僕は遠くを見て……
「あれ、アルヴィニャちゃん?何処行くんですか?」
「……ボクは気ままな猫。今のあーにゃんの膝の上で丸くなる気はない」
「あの、アルヴィニャちゃん?」
「ボク、見知らぬボクのこの瞳の人を探してくる」
あ、大事そうに宝石のネックレスを撫でた変な子がさらっと何処かに行こうとしてる……
あの子、確か獅童君と仲が良くて……
「いってらっしゃい、アルヴィニャちゃん
でも、わたしが寂しいですから、見付けて満足したら帰ってきてくれるととっても嬉しいです」
「……あーにゃん。ボクはちゃんと帰ってくる。帰るべきところに」
「リリーナさん、ごめん!聞いてあげたいけど僕にもちょっと理解できてない事があって、先にそこだけ整理させて!」
そう言い残して僕は去ろうとする黒髪の女の子を追った
そして、人気のないところで追い付く
「ね、ねえ!」
「……ふしゃぁぁぁっ!」
吠えられたんだけど!?この子何なの獅童君!?
「……ボクに用?」
明らかに不機嫌そうな隠れてないほうの金の瞳が僕を見る。満月みたいで綺麗なんだけど、鋭く睨まれると怖い
「えっと、何でいきなり居なくなろうとしたの?ひょっとして、何か変な事が」
ぺろり、と鋭すぎる犬歯を舌で舐めるアルヴィナさん。きょ、狂暴そうで……
「呪い」
「え?」
「話を聞く。でも、ボクに危害を加える側だったら困るから、まず安全に呪ってからなら」
怖っ!?
「う、うん……良いよ」
ってそこで逃げたら駄目だよねと思って僕は頷く
これ、アルトアイネスなら発動した時に弾けるかな?いや、頼っちゃ駄目かも
そんな風にドキドキする僕の掌にかぷっと少女の噛み痕が残されて……
不意に黒髪の少女はずっと大事そうに持っている宝石飾りを翳して見せてくれた
「これ」
よ、良く見ると瞳が閉じ込められてるんだけど、これ何!?
それにこの眼、ちょっと独特の虹彩が獅童君に似てないかな!?
「ボクの皇子の瞳」
「え、本当に獅童君のなの!?」
ゲームの獅童君は両眼あったよね?と思ってたけどそんな事情が……
「シドークンは知らないけど、これはボクの皇子のもの
皇子はボクに、ボクの為に、ボクがずっと欲しかったものをくれた
なのに今の皇子は両眼がある。明らかに変。ボクをバカにするにも程がある」
「う、うん……」
何だろう、怖いんだけど分かるような、分からないような……
少なくともだけどね、僕には嬉々として隻眼にしておく理由は思い付かないっていうか、それを良しとする獅童君にもびっくりする
「だから、あれはボクの皇子じゃない。隻眼じゃない時点でムジュンしてる」
ぴょこりと何時も被っているブカブカの帽子を取って跳ねる猫?耳を見せながら、少女は語る
「だからボク、この瞳の持ち主のところに行く」
「あ、そうなんだいってらっしゃい」
って待って?
「生きてるって分かるの?」
「分かる。ボクの呪いが生きてるから無事」
呪われてるの獅童君!?っていうか今も呪ってるの!?
危険人物過ぎないかな!?僕が人の事言えた義理無いかもしれないけど!
良くアーニャ様は仲良く出来るなって思ってしまう。僕は多分無理
でも、獅童君が無事なのは良かったってほっとする
「……一つ、忠告」
不意に前髪をかき上げて隠れた方の金の瞳をさらけ出しながら、片メカクレだった女の子はボクをじっと見詰めた
「今だけは、その魂と肉体に齟齬がある姿をしてた方が良い」
「この、姿?」
「ボクに掛かってるのと同じ力が見える。齟齬を消したら、影響される」
「……そこ、分かるんだ」
「慣れてる」
「慣れてるの!?」
「
「お兄さんに?……って痛っ!」
不意に噛まれた痕から炎が噴き出して僕を焼こうとして、僕は慌てて手を振った
「お兄ちゃんじゃない。お前と同じニセモノ、亜似」
つまり転生者って事なのかな?獅童君はほぼゼノと同じっていうか、良く良く考えたらあのゲームを……ロボットものの作品から遡って過去シリーズまで手を出したの、ゼノって何となく獅童君みたいな攻略対象が居るって聞いたからだったっけ?ってくらい似てるんだけど……
「うん、その辺りまで分かっちゃうんだ」
「ボクは凄い」
あ、何か自慢げに耳が揺れてる。結構分かりやすいのかな?
怖いし……仲良くなれる気もしないけど、そこまで警戒しなくても良いのかも
「だから、忠告はした」
「うん、ありがとうねアルヴィナさん
でも、今だけなの?」
「皇子はボクのもの。あげない、だから女になっても無駄」
……あ、そっちの理由なんだって思わずぽかーんとしてる間に、アルヴィナさんは何処かへと行ってしまった
多分、獅童君を探しに行ったんだと思うし、見付けるまで本当に帰ってこないんだろうなぁと分かってしまう
獅童君、愛されてるなぁ……
嬉しいような悲しいような想いをふと浮かべて、そうだそうしてる場合じゃないと気合いを入れ直す
あんな話は何とか出来たけど、獅童君の立場がリックに乗っ取られてるらしいことが分かってしまった
つまり獅童君は、立場とか色々と奪われて帰ってこれなくなっている。その事を何となく理解してるアルヴィナさんは早々に居なくなってしまったし……
僕が、何とかしないと
「本当に出来るかな?勇気を、僕に貸してよ、獅童君」
理解の外にある超兵器に頼りたくなる気持ちを振り払って、僕はそう小さく胸に手を当てて呟いた
「あ、もう大丈夫かな?
不安で不安で……ちょっとアーニャちゃんってリック君を否定する事言ったら怒りそうであんまり相談できないし……」
「あ、ごめんリリーナさん。ちょっと僕も混乱してたんだけど……リック皇子の事だよね?
大丈夫、頭整理できたから聞かせて?」
本当は、あんまり言いたくない。獅童君の居場所を、ゼノという存在が必死に血反吐を何度も吐きながら自分を呪って、それでも立ち向かって作ってきた今の立場を、勝手に乗っ取っている相手を……獅童君みたいに扱う言葉なんて
でも、きっと理解してない振りが必要だと信じて、僕は心にもない言葉を返した