蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「……昨日ね、私リック君と星空が映る湖を見に行ったんだ。綺麗だって聞くし、確かに街の明かりが少しあるとまた見え方も違って素敵だと思ったんだけど……」
話し始めてくれたリリーナさん。ちょっと部屋を借りて、人気を払っている。って言っても、扉の向こうには竪神さんもアーニャ様も居るんだけど
獅童君なら絶対にそこで護衛をしてると思うけど、竪神さんなんだ……ってなる。リックが部屋から出てこないんだよね
あれかな?乗っ取ったは良いけどそういえば深く関わってそうな全員は何とか誤魔化せたけど、実はそこらの生徒達は所詮モブってガン無視したから誤魔化せてないことに気が付いた?そうだったら相手が間抜けで助かるんだけど……
でも、ちょっと不安。だってリックって名前を出してはいるんだよ?この国のある意味有名な第七皇子の名前が変わっちゃってるっていうのに、それを言葉にしても何も気にされないって時点で可笑しい
いや、僕の感覚からすれば考えてみればそもそも皇子様相手の態度じゃない人ばっかりなんだけど……
「その時ね。突然襲われたんだ」
「襲われた?」
「うん。刀を使う……えっと和服で左目に大火傷があって隻眼のおっそろしい顔立ちの男の人」
うん、獅童君っていうかゼノ君だ
「その人が、どうしたの?」
僕はとりあえず事情を整理しようと問い掛けた。多分その襲われたというのは、リックに今みたいな状況にされているリリーナさんを護ろうと、僕の前から飛び出していった彼が駆け付けたって事だよね?
「何だか変だったの
リック君へは殺意……は無かったかな?殺すというよりは倒して止めるって感じで冷たい敵意を向けてたんだけど、私に対しては敵意がなかったんだ」
「……そうなんだ」
「それでね?私、リック君から
それに僕はうんうんと曖昧に頷く。事実は全く違うんだけど、言って良いのか分からずに話を聞き続ける
「でもね、不思議とそんな気がしなかった。彼は私を必死に護ろうとしているように見えた
勿論、そうその見ず知らずの彼が言ってた訳じゃないよ?でも、私を性的に?狙ってるっていう私が一番嫌なタイプの人の筈なのに、嫌悪感が湧かなかったんだ」
ねぇ、と聖女リリーナの不安げに揺れる緑の瞳が僕を見る
「結局その彼、本当に敵だったみたいでアウィルちゃんに噛まれて、最後はロダ兄に吹き飛ばされるって形で倒せたんだけど」
「それ本当に敵?」
「敵だよ。確かに違和感あったけどさ、ロダ兄に精神的な何が通る筈無いもん。ゲームでも本当にいっっさい効かないんだよ?四天王の洗脳すら」
……ってことは、ひょっとしてだけど。彼は味方になってくれる可能性あるのかな?
吹き飛ばしたって言うけど、獅童君は物理的な話なら滅茶苦茶なスペックなのは何度か見せ付けられたし、周囲の洗脳を解けないから戦わせられないと逃がしてくれたって事なのかも
「だから、私の感じてる違和感は単なる違和感の筈なんだけどさ
リック君ってさ、もっと痛々しくなかった?あんな普通のちょっとお調子者気味の皇子ってキャラだっけ?って疑問が出てきちゃったんだ」
あー、うん。過去の記憶とか変わりきらないのかな?単にリックがやったことに置き換わるだけで。性格にも矛盾が生まれるかもしれないし、アルヴィナさんのように物理的な証拠とか残ったままだし
例えばなんだけど、僕にも洗脳が効いたとして、リックの性格だと多分僕なんて助けてくれないよね?でも、あの時獅童君にお母さんを助けて貰えてないと、僕はきっとこの腕の中のアルトアイネスを使い、円卓に参加してたんだと思う
その矛盾を解消する為に能力が無理矢理記憶の整合性を合わせているって事はなくて、過去と今が上手く繋がってない?
結構希望が見えてきたかも
最初は頑張らないと、でもどうやってと思ったけど……みんな、結構抵抗出来てる。それが獅童君の性格と行動の一般からの逸脱っぷり由来なのが、僕としては複雑だけど……
「うーん、ねぇオーウェン君、桜理君ってリック君ルートはやったことあつたっけ?」
「……あるよ」
いや、無いけどと言いたいけど、相当するゼノルートはちゃんとプレイしたから頷く
「……なら私の記憶違いか教えてほしいんだけどさ、リック君ルートって、何か特徴無かったっけ?今のリック君さ、別に嫌いじゃないよ?
でも、あの彼を私じゃ攻略できなくてアーニャちゃんならってなる差がちょっと分からなくて」
多分なんだけど、獅童君とゼノ君って性格ほぼ良く似ていて。僕相手に何かすがるような目をしていたように……昔会ってて、助けられなかったって彼自身が思っていて。でも実はそうじゃなくて心を救われていて。だからこそ、今度は自分が必ずって決意を決めて拒絶されてもずっと想い続ける……そんな子にしか、ゼノ君を攻略できないって話なんだと思う
原作のリリーナさんにはそれがないから、そんなに嫌なら良いよって見捨ててしまう……んじゃないかな?
でも、これってリックが乗っ取ったって話をする前提だよね?言って良いのかな……
「うーん。僕も何だか違和感あるんだよね。覚えてるのは特徴の無いルートなんだけど、そんな特徴の無いルートって事そのものが何だか可笑しい気がするんだ」
だから悩んで、僕はそう誤魔化すことにした。
「お、リリーナ?男と話して……」
……僕、女の子なんだけどなぁ……なんて内心愚痴る。獅童君に会えなかったら絶対に言いたくなかったそんな愚痴だけど、今は言える
って!リック!
その事実に気が付いて、僕の体はびくりと震えた。もしも、もしも真実を言っていたら……そう思うとぞっとする
「あはは……ごめん、婚約者が居るのにあんまり他人と話しちゃ駄目だよね
何で忘れてたんだろ」
多分本来の彼が気にしないからこそうっかりというか当然の事として気にしてなかった事を指摘され、慌てたように僕の背後に……隠れたら更に面倒だからかほんのすこしだけ寄るようにして、リリーナさんは謝る
……そんなリリーナさんの前に立つのは僕……だけじゃなかった
「あ、ヴィル君」
「リック!……皇子殿下
リリ姉だって、聖女様として色々と大変な筈なんだから、あんまり……」
すこしの怯えっぽいものを見せながら庇いに入るのはリックの友人のヴィルフリート。本来同レベルだし何なら彼の方が格上だったと思うんだけど、リックがほぼゼノ君の要素を何故か持つ今、完全に格下になってしまった少年は怯えしか見せられていなかった
「あ?ヴィル、皇子様に向けて何様よ」
「皇子だっけ……?」
「お前リリーナと婚約する際に初めて会ったの忘れたんか?」
あ、そういう設定に変わってるんだ……
それを言われてびくりとするヴィル。僕はその間にリリーナさんの手を引いてリックから逃げ出した
た、大変だね彼も……
そう思いながら向かいたいのはすぐ近くに居る筈のロダキーニャさんの所
なんだけど、出た瞬間に目の前に居るのは鋭く獰猛な獅子のような男の人。竪神頼勇
「た、竪神さん……」
「アイリス殿下と喧嘩した。今の私は……」
あ、悩んでるようで此方を見ていない
ってそんな訳ないよと自問自答する。いきなりだし、あからさまにチラチラ見ながら悩んでるし……
それに、殿下?
あ、そっか。この合宿に居なかった人間なら……って思ったら、アイリス殿下なんかも影響受けてないのかも!
でも、何でそれを教えてくれるんだろう。影響受けてないとは思えないというか、竪神さんまで影響受けてなかったら普通にリックを三人で止めれば良いし……
そんな事を思いながら横を抜けて、僕は影響受けてなさそうな人の元へ向かった