蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「アニャちゃん……」
リック皇子さまがふと声を掛けてきたのは、今日皆が見る演劇の後でした。って、わたしは見れなかったというか、その間聖女様として復興した街並みの……新しく建て直した騎士団の出張所(街全体を一ヶ所から護るのって難しいですから街の区画毎に数人の騎士団の人が詰める場所があるみたいです)の完成記念に出てくださいとか、そのまま集まった人々にもう大丈夫ですよって説いてくださいとか、色々と大変で……
本当はわたしだって、演劇を見たかったですよ?折角、モチーフが昔の聖女様伝説で、しかもこの街関連なんですし
「あ、リック皇子さま」
そんな不満なんて、わたしを助けるために命を張ってくれた人達の所属してた騎士団のどうこうとかの前で口に出したくなくて、来てくれた彼に少し救われたようにわたしは微笑みます
「リック皇子さまもお疲れ様です」
でも、とそんな……例え別人だと、偽物だと言われても信じたくないけれど、どうしてもらしくない態度も多い彼に向けて、わたしは今ならとその唇に人差し指を軽く当てました
「あ、アニャちゃん?」
「リック皇子さま、わたし、ちょっとだけ怒ってます」
「何を?」
「ヴィルフリートさんへの態度です。確かにわたしは全然知りませんけど、仲良しさんなのは分かります
でも、あんな態度じゃ嫌われちゃいますし、何よりらしくないです。何で彼だけ虐めるような態度を取るんですか?」
「そ、それは……」
何だか言いにくそうなリック皇子さま。その瞳には、何時もとはちょっと違う怯えた色があり、目が泳いでいます
自分が嫌いで、赦せなくて。何度と何度も、皆から忌み子って言われて……あれ?そんな事無いですよね?
リック皇子さまは、ちょっと魔法の才能が乏しくて芸術家気質なものしか使えなくて……なのに本人の資質は武闘派だから結果的に魔法が弱いポンコツってバカにされてたくらい。魔法が使えない忌み子なんかじゃありません
なんでこんな失礼なことをって落ち込んじゃいます
でも、何時もはその怯えは何処までも……自分を信じられなくて何処か遠くを見てる視線の筈です。鋭くて、寂しくて。なのに助けてって言ってくれない孤高の右目
それと似てて、でも泳いで近くを見てるのは何だか違う気がして。だとしても、怯えるからこそ虚勢で立派にやろうとしてるのは同じです。それが、ヴィルフリートさん相手だと威圧する感じなのがだからとっても悲しくて……
「どうしちゃったんですか?
本当にらしくないです。疲れちゃったんですか?」
周囲を見て、わたしは仕方ないですよねと頷きます。彼はきっと、助けられなかった……寧ろ助けられた人の事を否が応でも思い出し続けないといけないこの街の事、気にしなくて良いのに居心地悪いと感じてる筈ですから
「……アニャちゃん」
何度も何度も、ただ彼はわたしの名前を呼びます。あんまり背が高くないわたしとほぼ変わらない身長で、唇を噛んで見つめてきます
「大丈夫です。わたしはあなたの味方です。あなたを含めて誰があなたの敵だろうと」
「……っ!これでもかよ!」
突然、リック皇子さまが右手を振りかざしました
その腕に光るのは、銀色に地金を見せる大きな傷の入った鈍い黒鉄色の腕時計
ある意味、これが何よりの証拠なのかもしれません。そんな力がなくて、だから竪神さん達とずっと悩みながら何かを開発して戦ってきたのが、わたしの知るリック皇子さまです。一番欲しがっていたものを、持ってる筈がありません
でも
「信じます」
「なら、言ってみてくれよ!アニャぁぁぁっ!」
リック皇子さまの左手に朱い鍵が見えたかと思うと……かなり大きな腕時計にその鍵を差し込み、90度回します
同時、べぜる?というらしいフレームの一部が赤熱し、まるで人魂のように一部が浮いてどこかSのような形状に変わったかと思うと……彼は鍵ごと基部を90度回転させました。同時、更にベゼルの羽が展開します
『
Aurora system Breaked.
G-Buster Engine Top Gear.
SEELE
Verrat Bombe Active!Active!Active!
《ALBION》
materialize』
彼を包み込む、傷だらけの鋼の龍。それと同時、わたしと彼を隔てるように発動する結晶の防壁。
すっと頭が冷えます。同時、何で忘れていたのか分からないような事を思い出しました
彼はリック。そしてわたしの大事な人は……彼じゃありません。ゼノ皇子さま
本当に、彼は偽者だと自分で証明して……
けれど、ボロボロのまま纏われ、皹から漏れる何かの液で涙痕をフルフェイスの表面に残しながら咆哮をあげる鋼の龍機人が、わたしには泣いているようにも見えました
『ククゥ!』
わたしを護るように足元に寄ってくれる犬姿のアウィルちゃん。頼れるその子に見守られながら、わたしは立ち上がった皇子さまが警戒していた機械龍と対峙します
「これが、ALBIONだ!
さぁ、言ってみろよ、怯えてみろよ!アニャぁぁぁっ!」
本当に、全く違うのにそこだけはそっくりで
だからわたしは、虚勢で鋼の龍まで見せて威嚇する傷だらけの捨て犬みたいな男の子に向けて、優しく手を拡げて胸元を無防備にさらけ出します
これがもしも駄目な行動だったら、胸元を貫かれて死んじゃいます。その恐怖に少し足がすくみますけれど……それでも、と逆に一歩前へ
ここで逃げたら、皇子さまにだって寄り添えませんから
「……リックくん」
「何でだよ!」
泣きわめく姿は、本当に皇子さまみたいで、何だか不思議な気持ちになります。受け入れてと言うのに、絶対に受け入れられない事を前提としている、不思議な態度
「確かにあなたは怖いです。そして、わたしたちを騙してたってことも分かりました
でも、なら……何で泣いてるんですか?」
びくりと、巨大な結晶の爪を構えた龍が震えました
「何でだよ!」
「あなたが泣いてるからです」
「否定してくれよ!怖がってくれよ!そうしたら、そうしてくれたら君を、力ずくで……っ!」
「しません。わたしはあなたを否定なんてしません」
「どうしてだよっ!」
傷だらけの翼から、変な方向に炎が噴き出します
「あなたが泣いてるから、変わりたいときっと思っているからです」
えへへ、と笑いながら消えた障壁のあった場所を越え、アウィルちゃんが見守ってくれる中もう一歩進み彼の前に立つと、わたしは膝をついた機械龍の頭に優しく触れました
「確かに、あなたはきっと円卓さんで、悪い人です
でも、それを言ったら……わたしの親友のアルヴィナちゃんだって、とっても悪い女の子だったんですよ?」
冷たく、そしてとても熱いそれを、ふわりと撫でます
「悪いことをした、酷いことをした、そんな人を赦せないって人は多いと思います。反省は要りますし、そんな人達だって正しいです」
でも、とわたしは真剣に項垂れた少年に諭します
「それでもです。皆がそうだったら、苦しくて悲しいです。そんなの、償うのも何もかも辛すぎて駄目です
だから……せめてわたしは、わたしと皇子さまくらいは。
変わろうとした人に、良く頑張ったね、偉いねって言って許してあげたいんです
だってわたしは、あの人が……何よりもそれをしたがっていて、なのに自分には適用出来ない皇子さまの事が大好きな女の子で、仮でも聖女様なんですから。わたしがやらなかったら、みんな困っちゃいますよ」
だからって、動かない機械龍の頭を前みたいに胸元に抱き締めて、熱さを我慢して呟きます
「悪い人でも、あなたが泣いて変わりたいって思ってるから、わたしはあなたを……否定なんてしません、リックくん」
機械龍が溶けていく。虚勢の装甲が剥がれて、幼く泣きわめく男の子が顔を出します
そして……
「
頭に霧が掛かっていきます。またあの変な影響を受け、忘れたくない大事な人の事がリックくんに上書きされていきます
でも、わたしはそれでも彼を離さず、その背中を擦ります。その叫びも、力の発現も……
どうしても、苦しそうに見えたから
「……こうしないと、君は……君までも……」
「大丈夫です、大丈夫。わたしは、あなたの味方ですから、リック君」
そして……絶対に生きて何かを待っている皇子さまも。だから、もう泣かないでください、リックくん
きっとわたしたちが……あなたを助けてみせますから
リック君のメンタルはもうボロボロ。アーニャ is Goddessの域。
こんなんだからそんな強敵じゃないんですよね彼……