蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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竜少女、或いは真なる神

黄金の雷撃が消えたとき、天空に既に機械龍人ALBIONの姿は無かった

 

 無様に両断された肉体が大地に転がる。そのまま、下半身はドボンと湖へと転落して沈んでいった

 

 「ぐっ、がぁっ!?

 ありえねぇ、AGXが、超兵器がこんな生身の奴等に……」

 砕けたメットの下、おれのように火傷痕を残しそうな焼け焦げた顔から炭を吐き、満身創痍の少年が呟く

 その上半身の断面は完全に雷撃によって炭化し、血の一滴も流れることはない。ブスブスと油の焦げる音も段々と消えていく

 

 「精霊セレナーデだって半分生身だったが?」

 「……リリ姉泥棒どもは、違う。それにっ!初めて精霊を打ち倒したALBIONが」

 おれは飛び立とうとする機械翼を突き、雷撃でショートさせながら肩を竦める

 

 「ヴィルフリート。そもそも、そのゲームでの設定というか恐らく此処とは別の世界枝での出来事では確かに精霊にそいつは勝ったんだろうが……

 パイロットお前じゃないだろ」

 呆れたようなおれの声に、少年は呻くが何も返してこなかった

 

 そう、そもそもだ。リックが使ってきたALBIONは倒されるために散々制限掛かって弱くなっていたようだが……本来の持ち主であるヴィルフリート自身、本当の意味ではALBIONの使い手じゃない。別世界からパクってきたものだ。それが使いこなせる筈もないのだ

 

 使いこなせて初めて精霊に対抗した機体で、精霊に勝てるのに何故負けるも何もない。パイロット性能が恐らく違いすぎる

 

 「何度も言うぞヴィルフリート。アガートラームの障壁と違ってそいつの障壁は回避の補助。それで正面から受け止めに来る辺り、お前本気で弱いだろ」

 「ほざけぇぇっ!」

 「分かったろう、終わりだ。これ以上やるか?」

 翼を切り落とし、転がる少年の喉元に蒼き刃を突き付けておれは恫喝する

 

 「お前の敗けだ、ヴィルフリート。リックを捨て駒にしようとして反旗を翻されてる時点で、最初から計画は破綻していたんだよ」

 殺す気はない。ユーゴのようにやらかしは確かにしているが、それはおれもリックもアルヴィナも同じこと。落ち着いてくれるなら、それ以上をやる気はない

 リックだって、多少分かってくれたんだ。ALBIONは何とかして解体させて貰うが、生きていく事はさせよう。七天の息吹は勿体無いが、いっそアイリスに下半身を全部ゴーレムで造って貰うとか……

 

 「負けてねぇ!僕は、リリ姉を護る!」

 片翼でブーストを噴かし、尚も上半身だけの体で機爪を振り上げるヴィルフリート

 

 「ゼノ、こいつらに言っても無駄、アナちゃん達を傷付けるだけだっての」

 その体が凍り付き……振り下ろされる巨斧によって全身が跡形もなく粉々に粉砕された

 

 「……っ!」

 何度見ても慣れない、人の終わり。この手が届かなかった時でもこの手を汚した気がして心苦しいのに、今回は……あの時ルートヴィヒを殺したように、本当にこの手で終わらせたようなものだ

 暴れ出る嫌悪に愛刀を鞘に納めつつ、空いた左手で右腕を引っ掻く事でそのやるせなさを発散する

 

 幾ら真性異言なら一回蘇ってくるとはいえ……

 「っ!そうか!」

 あいつ、一度死ぬことでリセットを計ったか!

 

 「……何だよゼノ」

 「エッケハルト、あいつ生き返ってくるぞお前みたいに」

 いや、アイムールと共に復活したお前は何か違うがと苦笑しながら、おれは粉々になった残骸を見詰める

 そこから忽然と生えてくるとは限らない。実際、マディソン(刹月花の所有者)は死体が修復されて動き出した感じだったが、ルートヴィヒは完全にマナに溶けて消えたあと復活してきた。ALBIONごとリスポーンするように天から降ってきたりしても可笑しくない

 

 と、思っていたら来た!

 飛来する龍星、天からおれを狙って墜落する禍星を……

 

 「アウィル、頼む」

 『キュゥ!キュア!』

 愛刀の柄と愛狼の額の角を突き合わせることで即座に雷の魔力を爆発、今一度黄金の雷撃を呼び覚ます

 だからお前は弱い、ヴィルフリート。逃げずに性懲りもなく不意を討てると向かってくる!

 

 「迅雷!」 

 落ちてくるアルビオンに向けて抜刀。まだかなり距離はあるが、アウィルのお陰で120%の力で拡散する雷撃はまだ天高いその機体を捉え……

 「抜!翔断っ!」

 二度目の黄金の雷撃が天へと迸る奥義が天の龍星を切り裂く!

 

 「ウィング・ブレェェドッ!」

 叫びと共に、落ちてくる星の……最低限修復されたALBIONのブースターウィングから翼のような結晶剣が生えた

 流石に二回目は無策で食らってはくれないか!だが!

 

 「死ねよやぁぁぁっ!」

 「舐めるなぁぁっ!」

 黄金の雷、奥義たる迅雷抜翔断は!絶望を固めた精霊結晶にも負けやしない!

 結晶の翼と竜水晶の刃、蒼く澄んではいるが全く性質の違う二つの剣が天空で交わる!

 

 ……押しきれる!片翼がほぼ死んでいるからか、向こうの出力がかなり弱い!ATLUSの方が強かったくらいだ!

 

 が、その瞬間

 「……無粋ですね、にいさん?」

 抑揚の無い、聞き覚えのありすぎる声。女の子としては少し低めで落ち着いた、敢えて例えるなら冷たい水のように耳に触れる音。だが、何時もはクールでそれほどブレないがしっかりと感情が乗っていたはずのそれが、今は無感情で……酷く気持ち悪く聞こえた

 

 「……始水」

 小さく呟く、それでも気を逸らさず……

 

 「っ!?」

 が、無理だった。打ち砕かれかけた結晶の翼。それを護るように天空に忽然と姿を現した家だと和服なんですよとたまに見せてくれたり、始水だと隠さなくなったティアが着ていたりする振り袖に酷似した服装の少女の姿に、黄金の雷が掻き消える

 

 背の氷の翼も、頭の角も、二つの三つ編みに纏められた海色の髪も、全部がそのままで

 ただ一つ、服装が黒一色な一点だけが異なる

 

 全てを受け入れる色ではありますが、同じ印象なら海の色の方が好きですねと、始水はあまり好まなかった黒。有り得ない、着るとは思えない

 だからこそ致命的に可笑しくて、けれど……金星始水、いや龍姫の精神の化身ティアそのものの姿をした少女が、其処に居た

 そして、ヴィルフリートを護っていた

 

 「っ!ティア!?」

 ふわりと浮かぶ少女の体

 感じるのは、始水と同じくひんやりした雰囲気。そして、さっきから始水が何も言わない

 まさか、何も言わないが……

 

 違う!そんな筈がない!と咄嗟におれは咄嗟に精霊結晶とすら刃零れ一つ無く撃ち合う最強金属による愛刀の腹を翳し、左手を添えて盾代わりにする

 

 ふわりと空中で優雅に一回転、そして……

 「私はにいさんを苦しめたリックを処刑しないといけないので。邪魔ですよ、にいさん」

 薔薇色のオーラを纏い、軽い蹴りが放たれる

 それはもう、何の火力もなさそうなふわっとしたもので。晴れ着のミニスカートが捲れて覗く始水が絶対着ない黒いレース?の下着すら見る余裕すらあって

 

 「んごはぁっ!?」

 だのに、おれの体はそんな軽い一撃で、天から叩き落とされていた

 

 「んぐっ!げはぁっ!」

 血反吐を吐きながら、地面にワンバウンドしてリックに激突して止まる

 

 っ!左手の感覚が無い。そして……

 

 「……ティア」

 盾にした愛刀は、半ばから折れていた

 いや待て待て待て待て。基本傷一つ付かない神器だぞ月花迅雷って!?だからこそ、普通に刀でやったら曲がるわ折れるわで厳禁極まる腹を盾にするなんて行為も出来るわけで

 それが折れるだと!?何が起きている!?

 

 困惑するが、実はある程度目星はついてしまっているのだ

 認めたくないだけで

 

 冷気を纏うのは始水も同じ。だが彼女のそれは優しい冷たさだ。ひんやりして心地良い、夏に感じる海の冷たさくらいのもの

 だが、眼前の黒く薔薇色のオーラを放つティアが纏う冷気は……何度となく対峙した精霊結晶と同質の絶望を塗り固めたような魂を凍らせる冷たさ。包み込む慈悲を感じない

 

 即ち、あのティアは精霊に近い存在であり、七大天の龍姫の化身などではない。姿が同じなだけの別物だ

 

 「これ以上……邪魔しないでくれますか、にいさん?」

 良く聞けば、声も違う。兄さんの発音はもっと感情豊かで、抑揚だけである程度なら始水の思ってることが分かる。それに照らし合わせれば……っ

 AIの棒読み!何一つおれに対して思ってない!それは始水では有り得ない

 

 「にいさんを傷付けたそいつを殺せないじゃありませんか。あまり抵抗して迷惑をかけないでくれますか?」

 おれ……いや、リックを静かに嫌悪を顔に浮かべ眉間に微かにシワを寄せ見下ろす始水の顔の誰か

 「いや、言い方を変えようか

 誰だ、お前は!」 

 少女を睨み付け、おれは叫ぶ。答えてくれれば良いが……

 そして、思っていたのと違えば

 

 「良く知っている筈ですが?

 ですがまぁ、神として常命の輩にも名乗ってあげましょうか。ティアーブラック、とでも呼んでください、にいさん?」

 ……思っていたのと違う答えが来た

 

 いや、だが嫌な予感は恐らく当たってしまったのだろう。『神として』『常命の輩』、その言い回し……この世界に生きる者が好きだからこそ遺跡を護り続ける始水が何があっても言わないだろう、この世界に生きる者達を下らぬものとして見下し己を尊ぶ言葉こそ、おれの推測した正体ならば言いそうな言葉

 

 即ち!

 「ゼロオメガ!」

 「アヴァロン・ユートピア……」

 ぽつりと、リックがまた違う何かを呼んだ

 

 「……ゼロオメガ、実に品の無い常命共らしい言い回し。それに興醒めですね。実に下らない。所詮はアレに選ばれたとはいえ、常命に過ぎませんね。実に、趣を解さない」

 その言葉は、否定ではなく実質の肯定

 

 「アヴァロン・ユートピア」

 「ええ、既に愉快も無くなってしまったので、改めて名乗りましょうか」

 ふぁさりと薔薇色に染まった氷の翼をはためかせ、始水の姿の神は告げた 

 

 「真なる神、浄化の光、円卓の(セイヴァー・オブ)救世主(ラウンズ)、アヴァロン・ユートピア

 それが(わたし)の名だ、滅ぶべき者よ」

 その重苦しい男性の声は、始水のものと混じって世界に二重に響き渡った


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