蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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鋼皇、或いは孤独

「これが、アルトアイネスだ」

 見下す黒服の龍少女。その蒼い瞳がおれを射抜く

 

 だが、それがそもそも可笑しい。その想いを込めて、おれは少女を……そして黒銀の鋼皇を見上げ返した

 

 「ふん、この体に興味でもあるか、慈悲を望むか人間

 ならば、(わたし)が手に直接かかり絶える慈悲をくれてやろう」

 ふわり、と機神アルトアイネスの肩から飛び降りてくる少女姿の神。ユーゴ辺りならば舐め腐った真似を!と首を跳ねることも出来たかもしれないが、本体の防御性能も高いかの神相手では迂闊に攻撃しても阻まれるだけだ

 

 「違う!」

 吼えるおれに対し、始水姿の彼は形の良い眉をひそめた

 「ほう、無知蒙昧な人間よ、神に見当外れの何を問う?」

 「……神よ。人を見下していても、その機体は!AGXは人の造り上げた希望ではないのか」

 

 そう、そこなのだ。人を価値がないと散々見下してくるアヴァロン・ユートピアだが、彼が使ってくるし力として転生者に与えている力はAGX。つまり、桜理等から聞く限り人間が作った超兵器の力だ

 いや、人間の作ったロボットを使いながら人間を馬鹿にしてくるのって普通に矛盾しているだろうと思ってしまうのだ

 

 「ふん。そのような自明の理すらも理解できぬとは、やはり人間は愚かよな

 故に、思い上がり己に神々の産み出した世界に生きる価値があると勘違いをする。何故だ人間、またか、またなのか」

 ……凄く見下された気がする

 その間にもふわりと降りてきた始水と同じく身長130そこそこの龍は、地上から50cm程浮き上がった地点で静止した。おれの身長より少し高い位置。自身が小さな体である事に漸く思い至ったらしい

 

 「本当は、人間が好きか?」

 「付け上がるな人間め!

 此は浄化。人の手により穢れた価値ある悠久を、真なる神たる我が手によって浄化し、存在すべき理由を取り戻す神聖なる儀式」

 翼と手を大きく拡げ、その神は朗々と、そして恍惚とそう語る。細められたとろんとした瞳は始水が見せない艶かしさを感じる表情で、どうにも毒気を抜かれかけるが……

 

 言ってることは滅茶苦茶だ。都合が良いにも程がある。人が造り上げた祈りにして希望だろう機体を、神の手にあるべきものだからセーフって何なんだこいつ。ダブルスタンダードとすら言えない気がしてくる

 

 「その価値あるものを造り上げたのは人間だ」

 「ふん。穢れに価値を認めろと?悠久にのみ意味がある。悠久に手を届かせんとしたとして、終わりあるものに意味など元より無いだろう?」

 海色の瞳が、折れかけるおれの膝に載せられた白銀の鞘を見詰めた

 

 「価値は結局無かったようだが、少しの光はあった。だが、悠久の神器に価値があるならば、それを穢す使い手にも意味はあるか?

 断じて否。常命の者達よ。貴様等人間はただ、刹那という害を悠久に振り撒き貶めているに過ぎぬ」

 「死んでいくから、価値はないというのか!」

 「何度説けど愚者は介さぬか。必定を叫ぶな人間め!」

 翼から爆風が吹き荒れ、煽られたおれの体は宙を舞ってから超重力によって地面に叩き付けられた

 

 「がぁはっ!?」

 「おぞましき世界の穢れが。諏訪建天雨甕星、かの星を穢すしかない者どもよ。世界を喰ろうて生きる害虫が、己を恥じこの(わたし)に対し消滅という名の救済以外の何を望む理屈があろう」

 「その穢れと呼ぶ人間……精霊真王ユートピアのフリをしながらか!」

 思わず叫ぶ

 

 「ああ、そうだとも」

 少女は翼と腕で己を抱き締める

 「何という苦悩、苦痛であろうか。世界樹の悲鳴を、真なる天樹の神として罪そのものの姿をこの身に抱く事で理解しよう」

 ただ好き勝手使いたいだけだろうが!と叫びたくなる台詞と共に、今もまだ始水の姿を勝手に使う黒き龍少女は愛らしい顔を小さな右手で覆った

 

 また、涙を流している 

 「ああ、何という苦しみであろうか」

 じゃあ捨ててくれそいつ、と言いたくてならない。それなのに、口も体も動かない弱さに歯噛みする

 「増え、群れ、滅び、穢れを残すおぞましき常命には理解も及ばぬ領域であろう。苦しみを知り、涙を流し……全てを洗い流す真なる世界の神は、ただひたすらに」

 顔を覆った掌の指の間から、少女神はギラリと光る瞳を覗かせる

 「尊き孤高」

 

 「違う」

 折れた愛刀がそれでも何かを訴えかけている。背中の翼のマントが、魂の叫びをあげている

 そうだ。そうだ!

 「お前のそれは、自分勝手で空虚な孤独だ」

 天狼の母は最期までおれ達を護り、己の角をおれに託した。アドラー・カラドリウスは最期までアルヴィナへの愛に殉じ、おれ達に愛する婚約者の明日のバトンを繋いだ

 どちらも死んでいて、それでも無価値なんかじゃない。永遠のみを語るこいつは!

 

 「何も継がない、一つとして続いていくものがない。たった一人で、完結して終わっている

 始水の姿で、ユートピアの力で。神を名乗りながら、自分自身が紡ぐものが何もない。おれをコラージュしていた時のリックと同じ、うわべだけの空っぽだ。そんなもの、神たる偶像でも何でもない未来の無い虚像だ」

 立ち上がりながら吐き捨てる

 

 そんな奴に!せめて自分自身苦悩していた事、自分を見失っていた事をまだ分かって変わろうとしていたろうリック以下の……円卓の親玉そのものの神に!

 負けるわけには、いかないんだよ!

 「神を愚弄するか人間め」

 「そっちこそ、おれ達を!それを見守る七天を愚弄するか神様め

 それが真なる神だというなら、お前の言う偽神の方がよほど神に相応しい」

 

 精一杯、相手が今正に世界から排除されかかっていることに気が付かないよう神経を逆撫でする

 「空っぽな神なんて御呼びじゃないんだよ、神様」 

 「ああ、理解できぬか人間。星の龍が見初めようと、所詮滅びる者に何を言おうが意味など無いか」

 「そうやって見下してるから、理解が足りないんだろう?」

 その背の翼が四枚に見える。始水そのままの外見で、それでも色違いで全く似つかわしくない表情を浮かべるかの神の姿がブレ始めている

 あとちょっとだ。あと少し気が付かれなければ……世界から異物たる神として弾き出される!それまで、アルトアイネスとティアーブラックを足止めできれば!

 

 「貴様等は蜂のダンスを見たことがあるか?その理由を理解しようとしたことは?

 無いであろう?害は死のみが救いである。どのような意味も成すべきではない。それと同じだ。理解すべき価値を持たぬ」

 乗ってきた

 「無知だから理解できないだけだろ?」

 更に煽る。重力がおれを地面に埋め込もうとしているが、もうそんなものに負けるか!あまり人間を舐めるなよスーパーロボット!

 

 「下らぬ。やはり……」

 「轟け雷光よ、迅雷っ!」

 肩を竦めた瞬間、左腕にくくりつけた愛刀を鞘から半ば抜き放つ

 

 「無駄なことを」

 「そう、かな!」

 折れた刃で迅雷抜翔断は撃てない。だが!

 「雪那ァッ!」

 魂の刃くらいは伸ばせる!そして!ぶれきった今ならば!ほんの少しの揺らぎが……

 ブン!と振られる刃に煽られ、龍少女の姿が完全に溶ける。そして……

 

 「愚劣、蒙昧、無価値。諏訪建天雨甕星よ。(まこと)如何なる価値を見出だせるというのだ、かくも愚かしき害虫めに」 

 刹那の後、始水姿の幼き龍神の消え去ったその場には、紫を双眼に湛え、黄金の髪をした一人の精悍な鋭い顔つきの青年が立っていた

 「っ!アヴァロン・ユートピア!」

 「ティアーブラック。かの星龍の姿の方がまだ幾らも快いのだが仕方あるまい。かくもおぞましき災厄(にんげん)の姿を(わたし)に取らせた大罪、その薄汚れた命をもって償うが良い」


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