蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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妹、或いは怯えの瞳

「で、だ」

 「アージュ」

 ぽつりと告げられる言葉に、肩を竦める

 枕が揺れて不満げに猫が鳴いた

 

 「悪い、アイリス。おれにもそれはさっぱりだ」

 始水に聞けばと思うんだけど、その辺りはあまり話してくれないんだよな。なんでも秩序を定める神である自身が名をみだりに呼び存在を語ると相手への制限が緩んでしまいかねないのだとか

 

 理屈としては分からなくもないので話してくれと強要も出来ない。【AU】についてはそもそも向こうが既に入り込んでる為結構話してくれるんだが

 だから自分で探るしかないし、そうなると色々と分からないことも多い。本気でお手上げだ。分かることなんて、【AU】の奴とは別のゼロオメガだろうということと、変身時に感じた下門の思いと過去からして、やはり人の心を滅茶苦茶にする事に喜びを感じてるクズっぽいってくらいだ

 

 守りたくて守れてなかった大切な誓いを忘れさせてよりクズに堕としていたり、割と真面目にゴミクズと呼ぶべき思考回路感がある

 

 「なら、良い」

 アイリスもその辺りは突っ込んでこない。あっさりと引き下がる。何なら、円卓とやりあっていたらしいから真性異言テネーブルを転生させたのはAUではないとして、そのアージュという神なのかも分からないしな。下手したら三柱目が居かねない、事情が分からなすぎて深掘りなんて出来ないのだ

 そして、一息ついておれは本題を切り出した

 

 「アイリス、婚約の予定とかあるか?」

 そう、原作で起きるイベントとは、妹アイリスの婚約者を選定するようなそれなのである

 

 ちなみにだが、男女どちらの主人公でやっても結局誰とも婚約は成立しない。男主人公だと此処で婚約したらアイリスルート一直線過ぎるし、女主人公だとアイリスの婚約云々より妹が巻き込まれた攻略対象キャラとのあれこれが必要だからな。逆にこのタイミングでヒロインにもなるアイリスと誰かが婚約してもやはり展開に困る。あくまでも男主人公だとアイリスに意識され出す切欠くらいのイベントだ

 

 ちなみにだが、連続して起きる複数日数使うイベントで、終盤では好感度が高い攻略対象と協力して頭アレな奴に立ち向かうストーリーになったりする。その為割と重要そうなイベントっぽく見えるし、実際天光の聖女編ではかなり便利に好感度稼げる良いイベントなのだが……もう一人の聖女編ではこの連続イベントそのものがフラグを立ててはいけない核地雷扱いだったりする

 理由は簡単。ゼノが悪役令嬢とネタにされる原因のひとつだが、当然原作ゲームでもゼノとアイリスの兄妹仲は割と良い。結果必ず「おれ」がこの連続イベントに顔を出す。そして好感度が勝手に馬鹿上がりして、大抵の場合意中の彼ではなくゼノとの共闘イベントへと展開を上書きしてしまう訳だ。頼んでないのにイベント乗っ取る辺り正に悪役令嬢とはアンチの談

 

 閑話休題

 

 「婚、約?お兄、ちゃん、と……?」

 「アイリス派が終わるわ」

 只でさえあまり大きな勢力ではないのに、忌み子と婚約とか死ぬしかない。ついでに、聖女様を捨てた扱いでおれが社会的に死ぬ。いやそこはおれから破棄する約束だから遅いか速いかしか無いが

 

 「……なら、要らない」

 どうしてこうなったんだと、おれには懐く仔猫を見る

 妹が懐いてくれるのは嬉しい。だが……原作ゲームじゃもうちょい他人に優しかったろアイリス!?

 

 どこで間違えたんだ……取り付くしまも無い。というか、頼勇すら選択肢に上がらないとかどうなってるんだ。恋愛感情が互いにあるかは兎も角として、ぱっと見お似合いなんだが。主に能力とか立場とかそういう点で。基本モテて当然の頼勇がちょっと女の子から遠巻きにされてるのは、そもそもアイリスに勝てないよねという諦め……が多いらしい(情報源、リリーナ嬢)というのに

 

 「こほん」 

 ひとつ咳払い

 「アイリス、おれから一つ良いか」

 そして、おれに全身の重さを預けてくる妹の壊れそうな(アナの消えてしまいそうな雪の儚さとはまた違う、細い細工品のような脆さ)肩を支えてその瞳を強く見る

 

 じっと見返してくる灰色の瞳。金属を思わせるそれに吸い込まれそうになる

 「アイリス、君は一人じゃない」

 「お兄ちゃんが、居る」

 いや今は勿論居るが

 「それはそうだ」

 一昔前なら否定してた気がする言葉におれは残る右目だけを少し細めて笑い返す

 

 「おれも居る、アナも居る。竪神やあのロダ兄だってそうだ。君は一人じゃないんだ、アイリス

 だから……」

 「外は、怖い」

 不意に、脚に痛みが走った

 

 見れば、脚に薔薇の蔦のような紐状のゴーレムが絡み付いてきている

 

 「お兄ちゃん、逃がさない」

 ぐんぐんと重くなっていくアイリス。いや、違う。軽すぎる彼女が様々なゴーレムを乗せていっているのだ

 

 「アイリス。駄目だ」

 愛刀は流石に妹相手に抜くことはないから少し遠くに置いてある。今となっては轟火の剣と同じく呼び出せるものになっているが、呼びはしない

 「何が」

 「そうじゃないだろう、アイリス」

 「お兄ちゃんが、全てで……良い。だから、世界から、居なく……ならないで」

 すがるような眼。絶望した顔。おれのあまり知らない顔で、胸元に埋めた頭で、少女は嗚咽のように絞り出す

 「……違うよ、アイリス。おれは前に言ったはずだ」

 

 そうだろう。ずっと妹は……一人ぼっちの感覚だったんだろう

 

 「お兄、ちゃん?」

 ぽつりと瞼の上に朱い線が引かれた妹に、唇を噛みきっていた事を漸く自覚する

 「どう、したの?」

 「忘れていたんだよ、アイリス」

 「忘れてない」

 「そうじゃないんだ。おれはさ、ゲームでのアイリスを知っていた。今のおれの妹と良く似てて、でももう少しだけ外を見てる女の子を。だから、アイリスは大丈夫だって勝手に一人で思い込んでた」

 実際、ぱっと見ゴーレムで色々と好き放題外と関わっているようにも、ゲームとそう変わらないようにも見えたのだ

 だが……幼い妹に見えるのは、端から言われるヤンデレ的な執着というより、恐怖と孤独感

 

 「ごめんな、アイリス」

 「……だい、じょうぶ……

 お兄ちゃんは、居る……から。触れる、から……」

 そうだ。ゴーレムで絡めているからとおれは思っていたが、当人からすれば感覚の無い偽物のような思いだったのだろう。それで孤独を感じない訳はなかった

 

 「ああ、そうだな、アイリス

 もっと外を見よう、外に行こう。おれと一緒に」

 原作のおれって、もっと昔に妹の想いに気が付いて対処してやったのではなかろうか。だから、原作ではもっと外交的だった

 そう思うと、おれが情けなくなるな……と苦笑しながら、おれは大人しい妹を背中に背負うようにして、ベッドから立ち上がった

 乗ってきたゴーレム達はひょいとおれから退き、邪魔になら無くなる

 

 「……良いのか、アイリス?」

 「お兄ちゃんを、信じてます……から

 でも、婚約は……無理」


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