蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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毒龍、或いは奴隷少女

「アイリス、後は行けるか?」

 「……任、せて」

 きゅっと握られる袖。頼れる言葉とは裏腹の態度にごめんなと謝ると、その小さな手は名残惜しげに離れていった

 

 迷いながらも任せてくれたのだろう。それを理解しておれは愛刀をアイリスを護るように机の下、地面にこっそりと突き刺しておいて席を立つ

 そして、蛍光グリーンの青年の方へと歩み寄った

 

 「む、第七皇子よ、何か御用かね?」

 言葉尻に侮蔑はあまり見えない。本当に単なる怪訝そうな目を彼は向けてくる

 ここで忌み子の名が出ない辺り、割と真面目に胡散臭いだけの可能性を考慮できるだろうが、だからこそだとおれは青年ではなく、横の襤褸布の少女に目線を合わせてしゃがみこんだ

 

 「男爵よ。貴方の力の披露には確かに彼女の存在は都合が良いのだろう。だがしかし、私と同じように彼女もまた、あまりこうした場では歓迎されない存在である事は確かだろう」

 一人称を"私"として、堅苦しく言葉を紡ぐ

 「故、あまりこの場の皆は良い顔をしない。一時的に、この子を私に預けてはくれないだろうか?

 勿論、彼女が貴方の奴隷として相応の扱いをされているならば、貴方の所有物だ。この会が終わったらお返ししよう」

 奴隷って言ってもフォースの姉みたいな形もあるし、法律上の奴隷への扱いを護っているならおれとしては口出しする必要もないんだよな

 

 無条件で人権なんて得られない。そこまでこの国だって甘くはないというか……まともに税も払わない層の救済のために予算を使いすぎては破綻するからな。その点、奴隷とは主人が人権を保障する制度でもあるから一概に悪とは言えない

 

 「……毒龍の血がゴーレムに必要だ。それを抜いた後ならば、暫しお任せしようかね」

 「了解だ、男爵。アイリス、自分の婚約者になるかもしれない人達だ、しっかり己の眼で見極めてくれ」

 そんなやり取りを経て、注射器のようなものでぷつっと二の腕から血を抜かれた少女を連れて外に出る

 

 『……大丈、夫?』

 と、聞こえてくるのはアイリスの声。そう、普通にゴーレムを通して連絡手段くらいあるから気にせず連れ出せるって訳だな。遠すぎると魔力の問題で幾らでも通信できるわけではないが、せいぜい周囲を散策するくらいの離れ方なら楽勝で通じる

 なので気にせず暫く少女の手を引いて、とりあえず睨まれながら門を出る

 そして、暫く行ったところで……不意に変わった空気におれは飛び下がるように距離を取りながら振り返った

 

 襤褸布の女の子。男爵の奴隷で全身が毒物な少女。ぱっと見おどおどビクビクしていた人に慣れていない筈のその娘の気配が明らかに別物に変わる

 「……誘い込まれたって事か?」

 「……そう構えないで欲しいのじゃがな」

 「ほう、言うな」

 言いつつ、鉄刀に手を掛ける。愛刀は呼ばない。あれが消えた瞬間敵だと言うことになる。それはまだ早い

 

 「すまぬの。儂等の事を隠すため、怯えておれと主殿が言っておったのじゃよ

 怯える単なる奴隷の方が、敵から警戒されにくいとな」

 「敵、か」

 「毒使いともなれば、主殿も疎まれることが多くての。儂等が奴隷兼護衛として着いておったとして、護衛出来るとバレない方が都合が良い事もまたあろう?」

 ふふん、と告げるちっぽけな……何処か誰かを思わせる態度の生きた毒少女

 おれは確かに一理あるかと呟いて刀から手を離した

 

 「つまり、単に本性を見せても良いと思っただけで、敵対する気は無いと言いたいのか、君は」

 「儂等、敵なのかの?」 

 こてん、と無邪気に首を傾げて少女に問われて、おれは口をつぐんだ

 

 何だろうな、口調は老獪っぽいのに無邪気な幼さも見て取れる。雰囲気やバランスは違うけれど……あれ?おれは誰を例に出そうと思ったんだっけ?ノア姫?いや多分違うな。幼さなんて外見と後は恋心についてくらいしか見えないからな

 まあ、良いか。そこまで彼女を敵視する必要もないだろう

 

 「成程、おれ達には見せて良いって話なんだな、えーっと」

 ドゥーハ=アーカヌム。名前は聞いたが、ちょっと呼びにくくておれは少女を見る

 「シュリ」

 「さっきと名前が違うんだが」 

 「ドゥーハ=アーカヌムとは儂等の共通の称号のようなものでの」

 「等ってことは複数居るのか」

 分かるかのと少女は微笑む

 「三姉妹で、儂はその一番下というところじゃの。さっき名乗ったのは全個体合わせてのもの、儂という個を現すのならば、シュリと呼んでくれると嬉しいの」

 そう告げる少女の背に、揺れる爬虫類っぽい尾がふと見えた

 濃い紫色……いやもう紺色に近い甲殻に覆われ腹側は黄色い、太い龍尾

 ゴツゴツした甲殻は、蛇なんてものよりも更に巨大な力を思わせる

 

 ……ドラゴン。或いはワイバーン……なら尻尾より翼か。兎に角、かなり上位の魔獣の亜人だろう。毒蛙や毒蛇の亜人は時たま見るが、それより余程希少だ

 いや、亜人種は形象の種類によってそこまで滅茶苦茶な能力差があるってほどじゃないが、それでもやはり基礎能力値に差は出るからな。やはり特別な存在と言って良い

 

 「シュリ、君は……」

 おれの言葉に、少女は縦に裂けた瞳孔を嬉しそうに細める

 「うむ、何かの?」

 「どうして、おれに色々と話してくれるんだ?」

 「どうして、と言われてもの。儂を普通に扱おうとしたのは、お前さんが初めてでの

 どうして良いか、良く分からぬ」

 ぱたぱたと振られる尻尾に揺られ襤褸布のフードがばさりと落ちる。下から見えたのは……ある意味おれにも近い焼けた肌

 可愛らしい顔立ちには傷はないが、胸元に大きく残る痛々しげなそれだけで、彼女の境遇を推し測る。いや、分かりきらないが……苦しさは伝わってくる

 

 「あの男爵は」

 「む、主殿が嫌と言う気は無いのじゃが。しかしの、主殿は儂を必要としてくれておるのは確かなれど、毒龍として求めておるのは違いない

 感謝も尊敬もするし、お前さんが主殿に敵意を向けるのであれば止めねばならぬが、儂を恐怖の化け物と思っているのは変わらぬであろ?」

 そう告げる少女の瞳には、少しだけ不可思議な光があった

 

 その光に違和感を覚えるように、おれは改めて少女……シュリを見る

 既に被っていた襤褸布はほぼ脱げ、全身が露になっているので良く見えるが、体格としては……ノア姫くらいだろうか。胸元の痛ましさはノア姫とは比べ物にならないが、その分年格好より胸は大きめだ

 ボサボサでかなり長い髪は紫。何となくアルヴィナを思い出す。ちょっと毒々しい赤みの強い色だが、鮮やかな色は蛍光グリーンの主人に合うとも言えるだろう。そして、瞳は……緑色だ。かなり暗い色なのは、主人との兼ね合いを考えると残念だが、色自体は割と綺麗。緑色の沼とかが毒物表現で割と使われるが、その色だろうか

 まあ、蛍光色は幾ら魔力で染まるとはいえそんなに無い色なので合わないのは仕方ないか

 

 そんな少女を見て、おれは……

 「服、買うか」

 そう呟いていた

 

 「む、嬉しいが儂にそれを買う筋はあるのかの?」

 「君はあの男爵の奴隷だろう?そして、彼はうちの妹の婚約者になるかも知れない人だ

 つまり、未来の義弟かもしれない人への、挨拶代わりのプレゼントという訳、大丈夫?」

 「……優しいの、お前さんは。勿論主殿も否やとは言わぬだろうし、受けとるとも」


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