蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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料理、或いは薬草の塊

「9499、9500!」

 と、騎士団の為の訓練場で刀を振るうおれは、ふと不可思議な視線を感じて振り返った

 

 「お前さん、中々に精が出るの。儂も驚きじゃ」

 「ん、シュリか?」

 果たして、其処に立っていたのは毒龍少女、シュリであった。横に主人であるラサ男爵は居らず、そのせいか目深にフードを被っている

 フード付きの襤褸布の下には、ちゃんとおれがあげたワンピースがちらちらと見えており、使ってくれているようだ

 

 「男爵から何かあるのか?」

 「そういう話は特に無いがの」

 と、少女はフードを取って朗らかに笑う。明るい紫の髪が揺れた

 「主殿とは無関係に、儂に来ても良いと言ってくれたじゃろ?

 昨日は儂と主殿が迷惑をかけてしまった訳じゃし、やはり一方的に与えられてばかりでは申し訳が立たんというもの」  

 そう言っておれに向けて付き出した手には、鋼鉄の小さめの箱が下げられていた

 

 「……それ重くないかシュリ?」

 「重いの。けれど、普通の布だと下手したら溶けてしまうからの、溶けにくさは重要じゃよ」

 そうだった。体液が毒ってそういう時にかなり面倒なのか

 

 「奴隷というか主殿の所有物として整理はするが、全体が鉄でも包丁が稀に融解してしまって困ったものじゃ」

 毒龍は茶化すようにけたけたと笑うが、本気で笑い話ではないレベルだ、それは

 

 「……大変だったな」

 「じゃろ?主殿はそれが必要だと言ってくれたし、お前さんは気にせず接してくれるが、案外効くんじゃよ」

 「案外なのか?」

 「奴隷としても、拘束などされんからの。痛いのも苦しいのも無し、ただ暴れたら奴隷契約を駆使して殺す、それだけを抑止力に遠巻きに怯えられておった」

 その言葉におれは一方相手に近づきつつ膝を折って目線を合わせた。上目になりかけていた緑の瞳がまっすぐに変わる

 

 「お陰で、奴隷としての価値など何一つ無かったの

 ま、全身毒物じゃから、愛玩には使えん。何時毒を撒くか分からん者に仕事などさせたくもない」

 愉快そうに告げるシュリ

 

 けれども、流石にこんなもの露骨すぎておれにも分かる。楽しげにぺたんぺたんと地面をリズミカルに叩く尻尾も、口だけ笑っている顔も

 何もかも、本気じゃない。この楽しさは仮面に過ぎないと

 

 「……泣かないのか?」

 「涙も毒じゃよ。流さぬよう気を付けておる」

 その言葉こそが、何よりの答えだった

 

 「……そっか」

 言いつつ、これ以上の下手な慰めなんて要らないだろうとおれはそそくさと鉄の箱を受け取り、中身を開ける

 ふわりと拡がるのは良い香り……でも無いな、結構刺激的だ

 

 「うーん、緑」

 フランスパンのような長いパンを切り間に緑の葉が詰め込まれたサンドイッチ……いやこれサンドイッチと呼んで良いのか?な物体や、スープ……だと思われるナニカの浮いた液体。果たして中に入っていたのは中々に冒涜的な料理の数々であった

 そして、滅茶苦茶緑だ。緑一色ってレベル。どうやったらこんなに緑しか無い弁当が出てくるんだと聞きたくなる

 子供はこういうの好きですからねと……あれ?おれが獅童三千矢な頃に揚げ物だ何だで茶色ばかりの弁当を持ってきてくれたのって、誰だっけ?

 

 とりあえず、食欲は全く湧かない

 「シュリ、これは?」

 「お前さんは気にせんでいてくれるがの、やはり儂自身己の毒は良く知っておってな。不安じゃし、お礼もしたいしで初めて料理というものに挑戦してみたのじゃよ」

 は、初めてか……とおれは静かに目を閉じた。開けてしまうとシュリに呆れた目をしてしまうのが分かっていたから

 

 うん、明らかに料理としてはアレな姿はそのせいか

 「この青いのは?」

 「緑に見えるがの?」

 「こういう野菜?は青物って言って青と表現することも多いらしいんだ。おれも幼馴染から聞いてるだけだけどさ」

 「それかの?儂の毒には色んな種があっての、全部に効くわけでは無いがある程度の種類には効く薬草じゃよ」

 ああ、ある程度その辺考えて緑なのか、と思わず納得しかけるが……

 

 「いや待ってくれないかシュリ。これひょっとして、全部毒への対策のための薬草を使ったものなのか?」

 「そうじゃよ?すりおろしてみたり、さんどいっちなるものにしてみたり、考えるのが大変じゃった」

 ささ、お前さんへのお礼じゃからと薦められるが……

 

 ってあまり渋るわけにもいかないか、とおれは意を決してとりあえずまだ外見がマシなサンドイッチ?にかぶり付いた

 

 うん、苦い。この世界の少し日本より塩味の強いパンの味すら塗り潰す……

 いやこれ甘めな貴族向けの高級パンだな。この世界、高いパンは甘いのだ

 だが残念、寧ろ安いパンの塩気の方がまだ立ち向かえたろう圧倒的な草の苦味に負け、パンの風味は完全に台無しである。薄荷みたいなスーっとする刺激のあるソース?も塗られているのだが、如何せん肉も何もないほぼ草の塊にこれでは……

 

 「……シュリ」 

 「料理など見よう見まねじゃが、美味しいかの?儂の毒は例え付いていても問題なく食べられると保障出来るのじゃが……」

 「シュリ、今度アナを……」

 言いかけていや違うかと思い直す。薬草といった方面ならアナじゃない

 

 「いや、ノア姫って凄いエルフの人を紹介するからさ」

 「む、エルフかの?何故(なにゆえ)に」

 「あの人、薬草やハーブを上手く使った料理が大得意でさ。正直薬効に振り切れすぎて、気持ちは嬉しいしおれは食べられるんだけど」

 

 一時期雑草を食べようかと思ってた時期がある……気がするからな。本で食べられる雑草と調べようとしたら誰かに冗談は寝てから言ってくださいと止められたけど

 その時食べてみた雑草よりは何倍も食べられる。いや基準が可笑しいが

 「正直、料理としての完成度はあまり高くないと思う、これ

 だからさ、あの人に教えて貰えば間違いなくこの料理、もっともっと美味しく出来るんだ」

 ……ノア姫が匙を投げたらまた別だが、多分料理と呼べる域には改善してくれる筈だ

 

 言いつつ、おれはこれ言って大丈夫だったのかと少しだけ悩む

 だってそもそも、シュリは善意で作ってきてくれた訳だ。しかも、分からないなりに毒で迷惑をかけたくないと解毒の薬草をふんだんに使いすぎて苦味の塊って程にしてしまうほど、此方の事を考えて、だ

 

 「シュリ、シュリは美味しいと思う?」

 「何を食べても唾液()の味しかほぼせんからの。薬草だけじゃよ、儂が食べて他の味と思うのは

 故な、儂にとってこれは主殿がたまにくれる御馳走のフルコースなんじゃが……お前さんには違ったのかの」

 露骨に少女の目尻と尻尾が垂れた

 

 ……放っておける筈もないか、これは

 「シュリ、明日も来る?おれは明日もこの夜明け前頃、此処で何時もの鍛練を続けているけど」

 「む?来れるが、儂など迷惑じゃろ?」

 「いや、違うよ、シュリ

 この箱と中身、預かって良いかい?明日君には、本当の料理の味ってものを教えてあげる」

 ……ノア姫がな!おれには薬草の知識とかあのエルフの姫の数千分の一もあるとは言えないから何とも出来ないが、頼み込めばきっとこの薬草の塊だって料理にしてくれるだろう

 

 ……してくれるか?いや、信じよう、あの人の信頼に漬け込むようで悪いが、食べることにすら何も感動がなくこの苦味だけを楽しみにしている女の子を放ってはおけない

 それしか味を感じられないと言うし唾液も毒だからきっと薬草を食べて直ぐに別の食べ物とやっても遅いのだろうが、薬草を上手く使いつつしっかりとした味の一つの薬草料理に仕立て上げれればきっと美味しく食べられる筈なのだから

 

 「……すまぬの、お前さん

 お礼のつもりが、更に儂に愛を返してもらっては、情けないの」

 その言葉に苦笑する

 「愛……とは違う気がするし、情けなくないさ。おれは助けられる範囲で民に手を伸ばしたいだけだから

 その手は、取ってくれた方が嬉しい」


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