蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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依頼、或いは鉄箱

「……で、ワタシに何か用かしら?」

 そうしておれの前には、そんな事を言いつつも力が必要なんでしょう?と少しだけ自慢げに微笑むエルフの姫が居た

 

 「まず一つ。そのうち竪神達からきっと薬草類が送られてくると思う。使えるかもしれないものとして、だ

 だからそれが届いたら鑑定の方を頼みたい」

 「ええ、良いわ」

 返事はあっさりとしたもの。何となくそれは知っていた

 

 「良いのか」

 「あら、そこまで非協力的に見えるのかしら?」

 その言葉に肩を竦めて、おれは更に借りてきた箱を持ち上げる

 

 「……で、何よこれは」

 「ノア姫は昨日の話は……」

 「知らないし興味もないわ」

 つれない返事だが、それがエルフというものだ。寧ろここまでおれに手を貸してくれているのが不思議なくらいだ

 

 「アナタの妹の事は正直なところあまり好きではないもの。関わりたくない以上知る必要なんて無いでしょう?

 誰と結婚しようと、アナタに執着したままでそれを断ろうと、勝手にすれば良いの、ワタシを巻き込もうとしないでくれる?」 

 

 そこを何とかとおれは箱を開ける 

 「……何よ、これ?」 

 その中に敷き詰められた草を見て、少女の紅玉の瞳が怪訝そうに細まった

 

 「そこで出会った女の子から借りてきたお弁当」

 「ああ、弁当ね。ワタシ達も作らないことはないけれど……」

 え、と完全に呆れきった瞳がおれを可哀想なものでも見るように撫でた

 

 「アナタ、これをその弁当だと言うのかしら?疲れたなら寝てなさい、何に頭をやられたのよ」

 「……おれも割とそう思う

 その娘は全身の体液が毒っていう亜人でさ。主人の人はその毒が自身の魔術……ゴーレム作成に必要なんだって言ってくれてはいるみたいだけど」

 「あら、凸凹に噛み合った悪くない二人じゃない」

 そう言ってくれる辺りが実にノア姫。全員に対して基本ワタシは偉いのという態度を崩さないからこそ、逆に冷静かつ俯瞰的に状況を見てくれている

 

 「でも、毒まみれのその子を快く思わない相手は居てさ。同じく忌み子として疎まれ気味のおれが暫く連れ出してたら、少し懐かれたんだよ」

 「また変なところで不思議な責任感を持っていたのね。で、その娘の作ってきてくれたお弁当自慢?

 なら帰って良いかしら?」

 何処か不満げなエルフがそう溢す。その長い耳も少し上向きで、これは……割と本当に怒っている時に近いだろう

 これでもノア姫との付き合いは長いから案外耳を見れば分かるのだ

 

 いや、何に怒ってるかなんかは微妙に分からなかったりするけれど、少なくとも無関係の自慢を聞かされたら嬉しくはないか

 

 「そうじゃなくてさ、さっき言ってたろ?これ弁当なの?と」

 「ええ、言ったわよ。なってないにも程があるものね」

 「そこだよ、ノア姫

 話を聞く限りさ、あの娘が感じる味は唾液の毒味と、その毒を解毒する薬草の苦味のたった二種類

 草と毒の味しか知らないから、味覚ってものがあまり分からなくてこんなものを善意で作ってきてしまう」

 「善意?この無駄だらけのものが?

 『美味しくない』ものは許せるわ。けれど、食べ物として成立していないと言っても過言ではないこれは無いわ、本当に無理」

 「エルフとして?」

 「当然よ。元々ね、食物を過剰に獲る人間のやり口は好きじゃないけれど、それでも保存なんて称しつつそのうち食べる気があるから許容するの。食べ物として扱う気の無い無駄は、何より嫌いよ、唾棄するしかない」

 その言葉にはおれも頷く。ノア姫保存食とか嫌いだしな、それ以上に食べ物を残すことが嫌いで、だから人間のパーティなんて本当に出たがらない

 まあ、パーティに出される料理ってかなり残る想定が多かったりするからな、それを見てイライラするくらいなら最初から近付かないわという話らしい

 

 「だからこそ頼みたいんだ、ノア姫

 この弁当とも呼べないような薬草の塊」

 と言いつつ、おれは箱の中の草の汁でふやけたパンを取り出す

 「これを作るしかない毒龍に、食べ物というものを教えてあげたい。でも、この毒が怖いから鉄箱に入ったブツを料理に変えられるとしたら、おれにはノア姫、貴女しか思い付かなかった」

 

 その言葉にふふんとエルフは微笑み、ただおれを見返した

 「ええ、それを料理にして欲しいというなら、不可能ではないわね

 で、代価は何かしら?」

 ん?とおれは首を傾げる

 

 「代価?」

 「ええ、アナタにも言ったように、有事の時に手を貸すのは約束よ。そこで何か求める気は無いわ」

 でも、とエルフは何処か悪戯っぽく笑う

 

 「今回はそうじゃない。別に手を貸す必要も無い

 そんな時にワタシの力を借りるのならば、相応に何かを要求しても良いでしょう?」

 その言葉におれは頬を掻いた

 

 いやまあ、それはそうだ。理解は出来る。だが、だからこそ何を返して良いのか分からなくて……

 「……要求か」

 「ええ、出来ないわけではないし、アナタが望むならやってあげる。けれど、代価くらい良いでしょう?

 ああ、好きに言ってくれは無しよ。アナタが、アナタの言葉で、相応だと思う何かを選びなさい?それが誠意よ」

 と、逃げ道を塞ぐように紅玉の瞳がおれを射た

 

 少し悩む。が……案外言えることなんて少なくて

 おれは結局下げていたとあるものを差し出した

 それは、紋章の入った全体が金属で出来た小振りなナイフ。完全に一つの金属塊から柄まで鍛造された、割と凝った逸品である

 金属でない部分なんて柄に巻かれた皮だけだからな

 

 「あら、これは何かしら?」

 首を傾げるノア姫に、おれも何だろうなと笑いながら説明する

 「うちの紋章の入ったナイフ、かな」

 「あら、くれるなら貰うけれど、どういう意図なのかしらね?」

 「薬草って色々種類があるだろ?だからナイフがあった方が良いかなと思ったんだ

 あ、一応この紋章にも意味はあるけど」

 それは聞く必要ないわねと少女エルフはちらりと学園の教員免許(ちなみに父の渡した紋章なので、実質おれのナイフに付いてるものの上位互換だ)を見せ付けながら、くすりと笑ったノア姫はナイフを受け取り、マジマジと見つめる

 そして、しゅっと軽く振った

 

 「合格とはちょっと言いにくいけれど、まあ良いわ。進歩はしてるものねアナタも

 そこで変なことを言ったら断ってやろうかしらと思ったけれど、ワタシの願いを考えて馬鹿は言わなくなった。十分よ」 

 

 そんなことを言いつつ、少しだけ目線を下げ愚痴るように金髪のエルフは溢した

 「まあ、その毒龍がなんでそんなに大事なのかは知らないけれど、ね」

 「……同じだよ、ノア姫

 エルフを見捨てる理由が無かったように、あの子を見捨てる理由がない。ならば、助けられる道を知っているならば、手を差し伸べる。それがおれのせめてもの皇族としての在り方なんだよ」

 「そう、アナタは何時もそうね」

 言いつつ、少女はおれから箱も受け取って……

 

 「お料理?なら僕も見てて良い?」

 ひょいと顔を覗かせたのは、桜色の一房を持った黒髪の少女だった 


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