蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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碑文、或いは亡びの毒

「はい、出来たわよ」

 そう言ってひょいひょいと並べられていく大きめの皿

 ……うん、何だろうなこれ?

 

 「ノア姫、おれは弁当を頼んだはずで、明日シュリにそいつを渡し返す必要があるんだが……それは残してあるのか?」

 と、かなり大きなそれにおれは首を傾げた

 いや、明らかに鉄箱に入っていた弁当とも呼べない草の塊よりも何倍も多い量だ。他の食材を混ぜなきゃロクな料理にならないのは分かるが、取り分けてあるのか不安になる

 

 「あのね、流石に舐めないでくれる?

 ワタシなのにそんなミスを犯すと思うのかしら?しっかりと取り分けて箱に入れ、魔法で保温してあるわ」

 「保温なのか」

 魔法で冷やしてある、じゃなくて保温って暖めてるのか?と思うと、おれの前にトン、とカップが置かれた

 其処に入っているのは湯気の立つ緑色のスープ。いや、マジで今もまだ緑だが……香る匂いは割と美味しそうだ

 よく見ればほんの少し何かのミルクが渦巻いているポタージュスープだし、この緑色も柔らかな色で豆の匂いが残っている

 

 「スープか」

 「ええ、豆と茸でベースの味を付けさせて貰ったわ。正直、それが一番上手くいったものだから、最初に感想をくれる?」

 困ったわね、と何処か肩を落として、憂う瞳が残りの大皿を見回す

 「その薬草だけは、効能をそのままに味を整えられた自信があるわ。けれど、苦味が強すぎて過剰な味付けをしながらも消しきれていなかったり、効能が残っているか怪しかったりするのよ、残りはね」

 「そっか、おれにはしっかり見分けが付いたわけではないけれど」

 「そう、四種類の薬草……いえ、草が使われていたわ。二種類は何なのかも分かったのだけれど、残りはワタシの知識ではこの草の親戚かとか、そうした推測しか立てられないものだったのよ」

 「じゃあ、もう一品……」

 「無理よ、分かったうち片方は実質只の下剤よ?口にすれば高熱と共に吐く作用がある毒物そのもの。毒抜きをすれば食べられはするけれど、味も消え去るわ」

 はぁ、何でこんな……という呟きにおれも苦笑を返すしかなかった

 

 「毒なんだ、使わないと切り捨ててたアレ……」

 「ええ、毒よ。でも、悪意があるとは限らないわね

 強烈な吐き気を催すということは、異物を食べてしまった時に無理矢理吐かせる事が出来るの。胃を滅茶苦茶に荒らすけれど、その分……体内に入れたら致命的な毒や、取られまいと体内に呑み込んだ何かを水と共に呑ませれば洗浄しつつ取り出せるわね」

 でも、と耳が怒り耳になりながら続けられる

 「そうした強引な薬には出来ても、基本はこれ毒よ。耐性のある草食の魔物の胃に残り、それを食べた大型獣に胃の中の消化前の食物を大地に吐かせることで周囲に栄養を補給する、そんな毒草

 そんなもの送られるなんて、本当にこれ善意なの?」

 じとっとした眼に、おれはどうなんだろうなと肩を竦めた

 

 「自分が毒過ぎて気にしてなかっただけなのかもな?

 敵意は現状感じなかったよ。あったのは寂しさだけ」

 何て言いつつ、おれは残された皿を見る。どうやらその毒草は料理に変えられていないらしいが……

 

 「残りは?」

 「残念ながらワタシの知識に無い草だったから、解毒……はせず作ってみたわ

 作れたといはいえ……」

 大皿の上に置かれたのは、緑色で毒々しかった時と比べればかなり美味しそうに見えるサンドイッチ。しっかりと何かが塗られたパンの中に、さっと湯を通したのか鮮やかさを増した薬草と共に薄切りの焼いた鳥肉が挟まっている

 そこはハムなんかの燻製じゃないのかと思うが、エルフってそこまで保存食が好きじゃないからな。ジャムなんかは作ったりするけど、あれも美味しい食べ方であってそう長持ちする製法ではないのだとか

 

 「これとか、苦さを消せなかったしね」

 言われて、どんなものか一口

 

 「……にがっ!?」

 思わず吐きそうになる程の苦味に、おれは眼を白黒させた

 異様に苦い。それはもう、ヤバい苦さだ

 

 でも、何となく覚えがあるような……?

 「そう、苦すぎるのよ。何をやっても苦味が消えない」

 お手上げね、とエルフも耳を軽く垂らすが……

 

 「美味しくないの、獅童君?」

 くりっとした紫の眼をぱちくりさせるオーウェン

 「苦いけど、美味しい」

 むしゃむしゃと囓るアルヴィナ

 「……にが、い?」

 不思議そうに小さく一口含むアイリスと、態度は様々だ

 

 いや、異様に苦いんだが……

 

 「……お、何か美味しそうじゃん。アナちゃんの手料理じゃ無さげなのが残念だけど」

 横から伸びてきた手が、サンドイッチを一つ掴んで持ち去っていった

 「エッケハルト」

 「何だよ、皆で食べるなら仲間外れは止めろよ」

 と、ノア姫のジト眼にも気にせず青年はぱくりと一口サンドイッチを口にして……

 がっついて一気に全て食べきった

 

 本当に、貪るようにあっという間にノア姫手製のちょっと女の子には大きめのサイズ感のパンが手の中から消え去るその光景を、おれは唖然と眺めるしかなかった

 いや、あれ滅茶苦茶苦いだろ?あんなにがっつけない。毒でも煽る方が(毒に慣れて耐性を付けるために実際何度か水銀だとか色々と毒物はコップ一杯呑んだ事があるが)まだ気楽

 

 「もう一個!」

 「食い過ぎだエッケハルト、というか本当にそれ美味しいか?」

 「悔しいけどアナちゃんの手料理に匹敵する旨さ!」

 「いやそれアナを馬鹿にしてないか?」

 少なくとも、おれならこんな苦いものに匹敵すると言われたらメシマズと言われたと落ち込むぞ?

 

 アナの料理が美味しいのは周知の事実、アイリスのメイド代わりとして鍛えられたし、孤児院でもみんなのお姉さん枠としてせっせと頑張ってたのを見てきたから知っている。だとすれば、本当に美味しいと思ってるんだろう、彼はアナについては貶める筈がない

 

 なら……

 その瞬間、脳裏に一つの閃きが走る

 「奇跡の野菜」

 が、それを口に出す前に、ぽつりと同じ思考がエルフから告げられた

 

 「アナタも食べたわよね?あの湖の都市に流通する輸入品」

 こくりと頷く

 そうだ、人気で奇跡と呼ばれる割に異様に苦いあの野菜も、リリーナ嬢は美味しい美味しいと食べていた

 

 となれば……

 「まさかこの草、奇跡の野菜の一種なのか」

 「そうかもしれないわね」

 「あ、あはは……」

 と、トリトニスでの二回目にしか同行していない桜理が曖昧についていけなくて笑った

 

 「いや、よく分からんからアナちゃん居ないし帰る」

 「帰るなボッケハルト」

 「ボケじゃねえ!?」

 くわっ!とおれに向けて眼を剥く焔髪の青年に向けて、おれは座れと静かに威圧する

 

 「奇跡の野菜……関連は今は良い

 ただ、アナの為に一つ教えてくれ」

 と言いながら取り出すのは昨日の水鏡に映っていたものの写し。多分地球の言語だろう途切れ途切れの文章だ

 

 「これ、読めるか?」

 「お、サンスクリット語じゃん、何これ?」

 「人助けのために色々と探してるアナと竪神が見付けた碑文の写しだ。解読できればアナの助けになるだろうな」

 わざとアナを絡めて好意を煽り立てる。こういうのばっかり上手くて本当にセコいなと自嘲しながら、おれは読めるか?と右手で紙を振った

 

 「サンスクリット語はカッケーって大学で囓った程度ですぐにロシア語に切り替えちゃったからなぁ……」 

 うーん、と机に肘をつき顎をその手をつっかえに支えて悩む青年

 

 「あ、そっか」

 暫くして彼はぽん、と手を置くとほんの少し空気が変わり……眼鏡を掛けた理知的な姿へと変質する

 

 「エッケハルト?」

 「七色の才覚で、全ての書を、言葉を読む者へとクラスを変えれば……っ!」

 ……そういや、そんな設定の職業はあったっけ。総てを詠む者という名で、ある程度適性を無視して魔法が使えるスキルを持つはずだ

 いや、それサンスクリット語詠めるようになるのかよ?と思うが、真剣にむむ……と唸る彼を茶化す気にはなれず

 

 暫くして、厳かに彼は言葉を紡いだ

 「『例えこの身は離れていても、繋がる心が私達を一つにする』そこから結構歯抜けで分からないけれど……後ろは多分こう

 『揺らめく心に自我あり。彼女等は総てを呑み込む三首六眼の終末

 九つの感情が毒となり、世界は堕落と享楽に腐り堕ちる。それを喰らうは亡毒の……

 撃滅の怒り、堕腐の愛、終末の平穏。心に腐る世界を喰らう三首。六つの眼は伴となり心毒による終末を演じ、魅せ、調理する

 शांत(平穏)अद्भुतं(驚愕)वीरं(勇気)भयानकं(恐怖)बीभत्सं(嫌悪)कारुण्यं(悲嘆)रौद्रं(憤怒)हास्यं(笑い)、そしてशृङ्गारं(愛恋)

 最後に残る一条の光は腐り果てても朽ちぬ心の■。何時の世界かそれを見出だす者を信じ此処に心毒のアージュ・■■・■■による滅びの未来を記す』」

 

 静かにおれはそれを聞いていた

 「三首六眼の……毒」

 恐らくこれは……下門を、リックを送り込んだゼロオメガに対する記述。誰かが、何かがこれをおれ達に送ったのだ

 いやサンスクリット語かよとなるが、何か理由があるんだろうか……?そもそも、送り主が味方とは限らないし、何となく敵については掴めたが、その先は微妙だ

 

 愛、怒り、平穏の三つの心を司る三つ首の化け物が本体で、悲しみ、笑い、嫌悪、恐怖、勇気、驚愕の六個の心をそれぞれ司る六体の駒を従えている、そして心を毒として世界を腐らせ喰らう存在である、くらいか、分かったのは

 何となく納得する。下門も大切な想いを忘れ、心が狂わされていたから。恐らく彼は何かの感情の眷属だったのだろう

 

 「有り難う、エッケハルト」

 「まあ、アナちゃんの為ならな。じゃ、貰って……」

 「まだ食うのかよそれ」




おまけ解説
もう隠す気も無いため軽く解説しておくと、今回意図的なニアミスが起きています。耐性が強いほど苦味を感じて拒絶反応を示すのが奇跡の野菜という心を腐らせる毒です。
エッケハルト君は耐性が低い(アナちゃんに関してだけはその限りではない)為、意図的に歯抜けにしたり、わざと訳したりしています。結果、碑文に書かれていたアージュ=【ドゥーハ=アーカヌム】というシュリが名乗った部分を言っていません。また、シュリンガーラを愛恋、ビーバッアを嫌悪といったように、訳して意味だけを伝えています。

その為、ゼノ君は心の毒となる九つの心の中にシュリが言っていたヴィーラやビーバッアが含まれる事、シュリという個別を示す名がシュリンガーラから来ていることに気がつかず、此処ではシュリ=ゼロオメガという結論に至っていません。暫くお前騙されてんぞ状態だと理解してお読みください。
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