蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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桃太郎、或いは奇跡の出所

「いよっ!と」

 軽く城壁を駆け登り、お前またかよみたいな顔をした兵士(十年ほど前には七日坊主とからかわれた事もある古参の人)にこいつまたサボってカードやってるよと互いに軽口を叩き合う

 そんな時、背後から声が掛けられた

 

 振り返れば、其処にはばさりと翼を広げて飛んできたろう白桃色の青年の姿があって……

 「侵入者を許してるぞ、働けカード大王」

 「危機が迫ってるんだから民を護ろうと働けよ火傷皇子」

 ……ふ、不安だ……城壁の上での警備員がこの調子で本当に大丈夫なのか?有事の際に多くの民を収容出来るように割とスペースに余裕がある作りな王城は、その分割とスカスカで普段は結構侵入しやすいんだよな。だから魔法のオート迎撃だけでなく人の目という人力の監視も必要な訳なんだが……

 平和ボケが酷すぎないだろうか。十年前なら兎も角、既に魔神復活の兆候が幾らか見えていて、何なら四天王の影の襲撃等が起きているというのに、こんなのほほんとしてて良いのか

 

 「ま、どうせ空が割れる訳だし?万が一魔神が来るようなら監視しなくても分かるっての

 それによ、護ってくれんだろオウジ様?」

 「護られるだけじゃなくて、護る側でもある自覚は持ってくれ」

 「まあお硬いこと言うなって十年坊主、そもそもお前城壁を駆け上るとか侵入者側だろ」

 その言葉に何言い負かされてるのかと頬を掻いて、警告だけしておれは侵入者(知り合い)に向き合った

 

 「ロダ兄、迎撃はどう潜り抜けたんだ?」

 「ん?簡単だぜ?俺様の本体は下の階に居て、ぽんとアバターを出しただけって感じ」

 ……そういやアバターって少し離れてても出現させられたっけ。ゲーム的には同じマスには複数キャラクターを出せないから隣のマスに出てくるんだが、壁に隣接してると壁越しに向こうに出せてしまう仕様だった。お陰で本来回り込む必要がある小部屋の中の鍵付き宝箱を即座に回収できたりと割とゲームブレイク出来ていた……というよりは使わないのが縛りみたいになってたっけ

 高難易度だと理論上ワープかアバターでしか取れない速度で宝箱破壊されてた覚えがある

 

 「警備の意味がないなそれは」

 「ま、俺様だからな」

 と、二人して笑い合う。これが味方だから頼もしいが、敵だと本当に恐怖でしかない

 

 「で、ロダ兄はどうして此処に?」

 彼がふらっと縁だと現れるのは、基本的に自分が必要だと彼が確信している時だ

 「ん、何かワンちゃんが呼んでる気がしてな、ちょいと見に来た」

 「どうせならノア姫の料理教室から見に来れば良かったのに」

 「いんやそれは止めとくわ。アバター状態だと実は味が分かんなくて失礼だろ?あれは縁がなかったってこった」

 「そう、か……」

 と、青年は少し顔を伏せたおれを見てけらけらと明るく笑い飛ばす

 

 「んな顔すんなってワンちゃん。聞いてた話だと毒の味しか知らない娘の為って言うけどよ、俺様それと違って自分で味を感じない状態なだけで、アバター使わなきゃセーフだぜ?

 単に、あれだけの縁の薄いの含めた人数の前で本性出したくなかったってだけ。ま、俺様としては躓く石も縁の端くれって突っ込んでも良かったんだけど、本性はまだ勇気が無くてな」

 「悪い、変なフォローさせて」

 「そういうのも縁だろ?」

 それを受けて二人で軽く笑い、おれは本題を切り出した

 

 「実際、そのシュリに絡む話になるんだけど、ロダ兄。奇跡の野菜って分かるか?」

 「あー、あの何か異様に評価されて高値のあれ」

 ふんふんと頷く彼の態度に変な点は見当たらない

 少しだけアテが外れたなと思いつつ、おれは話を続ける

 

 「そいつなんだけど、主な流通の拠点は湖の都市トリトニス。正確な事を言えば、その先の国が産地らしい」

 「ふんふん、だから俺様な訳か。その国の出なんで何か掴めないかって?」

 「ああ、そういうことなんだ。何か知らないか、ロダ兄?」

 

 が、青年はダメだこりゃとばかりに翼を軽く畳み、肩を竦めた

 「いんや、俺様の産まれは貧しい場所なんでな。奇跡の野菜なんて馬鹿高いものの産地なら苦労してないもんさ

 何たって、先祖返りが複数起きてて魔神みたいで気持ち悪いって俺様が、それでも労働力だからって言われてる程度。裕福なら奴隷買えば良いし、いっそ金にもならないけど奴隷商人に売るってのも人道さえ気にしなきゃ行ける手

 それすら出来ない程に人手を用意できてなかったような場所に、高値の作物は無いぜ?」

 軽く辛かったろう過去を笑い飛ばす青年が、あ、と不意に何かに気が付いたように左手を上げた

 

 「んでも、分かるかもしんないわ

 湖を挟んで隣接してるのが此処だから正直戦争は無い。平和で軍役なんかもほぼ無くてあんだけ寂れてたのは、多くの人が出てったからなんだろ

 故郷の縁と土地を捨てて、それでも何処かへ向かった者達……何か匂わないかワンちゃん?」

 「ああ、奇跡の野菜を作りたくて出ていった……という話はあるかもしれない」

 「だな」

 と、頷き合うが……そこから何か分かる点があるだろうか?

 

 むぅ、と唇を噛んで何か無いかと探していると、いやこういうこった、とばかりに目の前の青年がぱん!と手を叩いた

 良く見れば左手が犬の手じゃない。確かにアバター姿だ

 「ま、分かることといえば、その奇跡の野菜ってのは案外狭いところでしか栽培されてないってこった

 俺様が出てったのは極最近、でも何年か前から奇跡の野菜は流通してたんだろ?」

 その言葉には頷く。当時取引していた者は古代の船をパクってあの国に亡命してしまった為かなり資料が欠けていて当事者も居ないが……

 その埋め合わせとして急遽一時的にうちの兄(第六皇子)が長として赴任したから、ある程度の事はその彼の送った資料で分かる

 それによれば、シュヴァリエ公爵の失脚辺りから流れてくるようになったらしいからな。その頃には既に奇跡の野菜の栽培は始まっていたのだろう

 

 となると、ゼロオメガの疑いは微妙になる。強ければ強いほどあまりこの世界に干渉できないだろうし……

 

 いや、そうでもないのか。あの時アガートラームなんて降臨した訳で、シュリはそれより数段は弱いだろうし、幾らでも送り込めたのか?

 「下門が居ればな……」

 思わず呟く。ゼロオメガの側に暫く間違いなく所属していて、此方に勇気を振り絞って味方してくれた彼。ゼロオメガ側の裏切り者の彼が生きていてくれれば、幾らか情報を教えてくれたろう

 ってダメだな、と弱気で利己的な考えを振り払う

 

 「ワンちゃんの悩みは分かんないけど、分かることはあるぜ?」

 そんなおれの弱気を払うように、明るい声が耳に届く

 「狭い範囲でしか栽培できない?」

 「というか、狭い範囲でやってるって話よ。あの国、国境付近は湖があっから少し違うけど、気候も地質も大体一緒よ?

 何の理由もなければ、全土で奇跡の野菜が作れる。ま、ワンちゃんによれば毒なんだが、対外的には凄い良いもんなんだろ?

 それをわざわざ狭い範囲で作るしかないってことは、何か秘密を抱えてる」

 「土壌に毒でも撒いていて、それを水代わりに育つとか?」

 「有り得そうだなワンちゃん?」

 そんな話を二人でするが、そもそも分からないことは分からないままだ

 

 シュリが敵かどうかも、あの国の奇跡の野菜が何のための毒で何者が用意しているのかも

 「ま、ワンちゃんがその毒龍を調べてくれなきゃ始まらないって訳よ

 そいつ、ワンちゃんが選んだ縁だろ?」 

 その言葉に、静かにおれは頷いた

 

 とりあえず、幾つか情報は得たし、シュリの為にノア姫が作ってくれた弁当は此処にある。後は……

 もしも敵ならば次はもう心の毒を受けないようにするだけだ。もうアルヴィナを忘れないように

 

 あれ?まだ何か忘れていないか?と、おれは愛刀を眺める。が、物言わぬ刀は今は何も返してはくれなかった


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