蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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毒龍、或いはゾンビ

「シュリ、あとはこれかな?シュリに合わせて、サンドイッチを用意してみた」

 と、おれが取り出したのは、奇跡の野菜系統の草を使われたあのサンドイッチ。おれには苦いが、取り敢えず出してみる

 

 これは一個賭けだ。どんな反応を返してくるかで、シュリのスタンスが分かる

 これも毒の一種のようなものだ、素直であればあるほどすっとぼけずに謝ってくるだろう。気にしなければ敵寄りなのは確実で、話してくれればくれるほどゼロオメガではない可能性が高い

 

 じっと見守っている中、幸せにそうにシュリは小さな口で軽く齧って……怪訝そうに眉を潜めた

 「む、むぅ……

 お前さんは食べたのか?」

 「苦かったよ」

 「すまぬ、これ儂の毒が染みすぎていての。儂には美味しくないのじゃよ。他人には良い味らしいのじゃが……」

 むむぅ、と唸るシュリ

 

 毒であることを素直に告げた辺り、本当におれが信頼されてるのかこれ?と少し意外に思う

 というか、待て待て

 「これ、シュリの毒なのか?」

 「まあの。全身毒物なんて、何らかの価値が無ければ当に殺されておろう?

 儂の毒の中に一般的な価値あるものが無ければ、奴隷にすらなることはなかったろうな」

 くすりと、寂しげに微笑むシュリの顔には、やはり何かを求める光だけがあった

 

 「シュリ」

 「ま、昔のことよ。儂は今はそれ以外の意味を見られておるから。恵まれておろう?」

 と、おれを見上げる緑の瞳にはやはり寂しさばかりが見える

 

 そうだ、これはお兄ちゃんが死んだと言ってた日のアルヴィナや、今のアイリスと同じ眼だ

 「そうなのか、シュリ?」

 「恵まれておるよ、お前さん」

 「そんな、一人ぼっちみたいな顔をして?」

 そのおれの言葉に、びくりと小さな襤褸を纏う肩が震える。大きな尻尾が何かを警戒するように、龍というか猫か犬のように丸まった

 

 「一人ぼっちかの?」

 「おれにはそう見える」

 「可笑しいの」

 「可笑しくない。昔のおれみたいな眼をしている」

 これは何か違う気がしながら、おれは告げる

 それでもまるで何かに怯えてるような眼は、昔鏡で何度も見ていたように思えて

 

 「だから心配になるよ、シュリ」

 「……お前さんは、どうやってそれを越えたのかの?」

 儂には自覚もないがの、とぱたぱたと左右に尻尾を揺らしながら、少女は告げる

 自覚はない……のだろうか。それを思いながら、おれは心の中を整理して言葉を何とか紡いだ。おれ自身、本当に乗り越えられてなんていないから

 

 「一人じゃなかったから」

 「……人が居れば越えられるのかの?

 儂の周りにも、奴隷を買う者、飼う者、主殿、様々居ったが……それはお前さんの言う一人じゃないでは無いのかの?」

 「違うよ、シュリ」

 何と言って良いのか分からない

 

 おれにとって、アナはどんな子と表現すべきだろう。好意を向けてくれていて、それにまだ応えて良いなんて思えなくて……なのにこんなおれを見捨てないあの女の子を、ずっとおれを信じ続けて言葉をかけてくれた誰かを思い出すけれど名前が出てこない龍姫様の聖女様を

 それに、それだけじゃない。アルヴィナも、ノア姫も、頼勇だってそうだし……

 何より背負ってきた魂達

 

 「言うのは難しいね。でも……」

 「儂にも、出来るかの?」

 不安げに見上げてくる顔に大丈夫だと頷く

 

 「例えば、おれだって」 

 「……これでも、かの?」

 不意に、底冷えのするような声が響き、少女の立っていた筈の場所にはおぞましい姿の化け物が居た

 

 半ば溶けてドロドロに固まったかのような歪んだ甲殻。同じように歯並びの悪い何本か牙が外へ突き出した口元。シュリのものと同じ太い尻尾

 翼の無い、ゾンビのような死を感じさせる地龍が底に鎮座していて……おれは思わず愛刀に手を掛けた

 

 「って何だシュリか」

 が、その龍の濁った緑の切れた瞳がシュリのものと同じような光を湛えているのを確認しておれは刀の柄から手を離す

 「一瞬突然食われたのかと思ったからさ、一言告げてからにしてくれないか?」

 「『怖くないのかの?』」

 響く声はかなり低くなっていて、けれどシュリのものだと理解できる。だからおれは何が?と言いながら案外ちっこい龍(首を高くもたげて3m無いくらいだな)に一歩近付いた

 

 「『お前さん、儂の本性は此方じゃよ

 愛らしい姿など儂が同情を引きたくて頑張って変身しているだけなんじゃ』」

 怖いじゃろ?とおれと同じくらいの目線の高さで見てくるが……

 

 「いや、シュリがシュリになって何を言えと?

 可愛いより格好いいの方が似合うからそうしてくれとかそういう話か?」

 おれはそう返す

 ぶっちゃけた話、アルヴィナだって本来の姿は屍を纏う狼な訳だし、それと同じだろとしか思えない。確かに恐ろしげな外見だけど、アルヴィナでもう慣れたというか、寧ろ寂しげな瞳がそのままだからあっちより愛嬌がある

 「その眼が変わってないんだから、シュリはシュリだろ」

 「『……怖くないのか?』」

 「いやまあ、外で駆け回られると多分毒の処理が面倒だからそこは怖い」

 アルヴィナみたいに魔神の感覚で突然やらかす事は無さげだが。主な標的がおれだからまあ良いんだけど、他人に向けて屍の皇女としてのあれこれを向けだしたら普通に危険だしなアルヴィナについては

 自覚的な分よほどシュリの方がお利口さんだ

 

 「でもだ、こんな自身の危険性を知って傷付けないよう怯えている天下無敵のお利口さんが、毒龍だからって怖いものかよ」

 少女を安心させようとちょっと格好つけて過剰な言葉を呟く

 あまりに似合わない事に背筋が痒くなるがそれは無視して、おれは目の前のゾンビのような龍の首を抱き寄せた

 

 「『毒で汚れてしまうぞ?』」

 「舐めるなよシュリ。幾ら忌み子でも、替えの服くらい幾らでも用意できるさ」

 「何故かの?どうしてそこまで儂を信じる?」

 胸元で響くその言葉に、おれは右手で己の潰れた眼に触れた

 

 「おれはさ、端から見たら可笑しくて、敵で……それでも信じれると思った友との未来のために、この眼を置いてきた

 それはおれの誇りだよ、シュリ」

 胸元で、頭を抱き寄せられた龍の濁り眼がおれの顔を見上げる視線を感じる

 「そのおれが、君を信じない訳にはいかないさ。君の眼を、手を伸ばすその視線を……それに近いものを真実だとおれはあの日信じたんだから」

 「『……馬鹿じゃの、お前さんは』」

 「当然だ。民を信じない皇族なんて居ない、だから大概大馬鹿だって話だ」

 その言葉を告げている頃、不意に龍の姿がぶれると、元のシュリに戻る。いや、話によると寧ろ変身したのか?

 

 「もう良いのか、シュリ?」

 「『お前さんには、どっちの姿でも同じじゃろ?ならば、熱を感じたいの』」

 と、小さくなった体で更に身を寄せてくる毒龍。構わずその軽い身体を抱き締めれば、毒で元々ボロボロになった服に穴が空いていく

 

 って待て待てアルヴィナ!なんだその鬼の形相!?屍の皇女のオーラ纏って結晶の角を生やすなオイ!?

 幾らでも後で愚痴なら聞くから!今はシュリを刺激しないでくれ!頼むから!

 

 と、シュリにそれがバレないように更に強く身体を抱き締めて……

 

 しばらくして、漸く毒龍は離れてくれた。同時、アルヴィナのオーラも消える

  

 「スープがほしいの」

 「いや気に入ったのかあれ」

 「外は夜から異例の土砂降りでの。肌寒いんじゃよ。まるで、龍姫が怒りで湖を逆さにしたようじゃ

 お前さんは暖かいが、持って帰れんからの。体の奥から暖まるあの初めての感覚が欲しいのは悪いことかの?」

 「いやいや、龍姫様の怒りは無いだろ流石に」

 というか、豪雨だったのか今。龍姫様が怒り狂ってる訳はないだろうが、龍の月でもないのに豪雨なんて珍しいな?

 なんて思いながら、おれはもう一杯スープを何時しかひょいと膝上に乗ってきた龍に注いだ


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