蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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転移者、或いは敵

「……ではの」

 寂しげな気配はそのままに、大きめな尻尾を燻らせご機嫌に、けれど……何か失望のような隔意も込めたような声音で、毒龍少女はおれの持ってきた彼女のものである鉄箱を手にすると去っていった

 

 結局、ヴィーラというらしいものにはなれないと拒絶したままだった。それが嫌だったのだろうか……

 違う気もして、けれどそうだとも思えて。悩みながら足取りは重くない紫の少女の小さな背を見送る

 

 その瞬間、おれの背後から何かが吹き付けられた

 ぶしゅっとした音と共に全身に浴びせられるのは霧状のなにか。見ればゴーレムに搭載した二本の肩砲台からおれへ向けて何かが散布されている。

 

 割と喉に引っ掛かる

 「けふっ!あ、アイリス?」

 「お兄ちゃんを、守る……妹の、役目。消毒……消毒……もっと、しないと……」

 多分ゴーレムの中に居るのだろう。逆さにしたバケツみたいなゴーレムの顔の奥にアイリスの瞳が見える

 「有り難うなアイリス」

 言いつつ己を見れば、完全に襤褸布と化した服は霧の水分を吸い込んで貼り付き更に酷い有り様に変わっていた

 

 ……やりすぎじゃないか、これ?

 とはいえ、熱を持った肌には心地良い点もある。物理面の耐性はかなり高い筈なんだが、肌にもシュリの汗という毒のダメージの痕跡があるってかなりヤバイな

 

 「でも大丈夫だから、な?やるならシュリが帰った道……は逆に大雨で直ぐに毒が流れるか」

 と、大丈夫かとおれは少女の去った方を見た

 そうだ、大雨だと聞いたが、シュリに雨避けの魔法なんて無いんじゃないか?そうなればずぶ濡れになりながら帰るしかない訳で、送ってくれることを期待していたりしたんだろうか

 だから……って、そもそも夜から大雨だと言ってた割に来る時に濡れた様子が無かったからそんな事無いか

 

 「……毒は、毒。浄化、消毒……」

 うーん、心配してくれるのは良いけど、とやりすぎな妹に苦笑していれば、熱波が更におれの背に叩き付けられた

 「父さんまで」

 「濡れた馬鹿息子は見てても面白味はないからな」

 くつくつと笑いながら、父は笑わない瞳でおれを射た

 

 「今すぐ討て」

 「父さん、それは」

 「精神を高揚させ自己肯定感を増幅させる心毒を持ち、(オレ)の存在に気が付きながらも怯え一つ見せぬ

 明らかに平常の存在では無い。お前に語った過去と態度からすれば、何故(オレ)の存在に気が付いて怯えぬ道理がある?お前は気が付かなかったようだが、あやつ、此方を気にしていたぞ?」

 それ、言ってて寂しくないだろうかとおれは苦笑する。いや、自分は怯えられて当然って宣言なんて悲しいじゃないか、おれみたいに呪われた忌み子でもないのに

 

 「知ってるよ、父さん」

 シュリの態度は観察していた。確かに気が付いてるなということは分かっていたし、だからこそシュリが龍姿を見せた時に、更にアルヴィナが怒ることは承知で強く抱き締めて視界を封じていた面もあったりする

 「何だ、知っていたか。ならば斬れば良かったろう」

 「でも、怯えないから敵って酷くないか?」

 「過激だが、そもそも(オレ)に怯えん時点で、貴様の嫁かあのエルフくらいのものだ

 前者はお前を信じきって、その父だから怖くないの一点張り。後者は自分の立場は対等というプライド故だが……あの毒龍にそれが在るか?無いだろう?明らかに可笑しい」

 その言葉には頷きを返す。返すしかないというか、それで良い

 

 「分かっているか、ならば」

 「だからだよ、父さん。気が付いて怯えるフリをしても良かった、寧ろさ、同情を引くならそっちの方が都合が良かった

 でも、怯えなかった。それだけ本来のシュリを見せていたんだろう

 

 そして、その上でおれに何かを求めていた。希望を持っていた」

 一息置いて、話を続ける

 

 「それが何なのかは分からない。おれに求められていた『ヴィーラ』、どういうものなのかおれには見当が付かない。下手したら下門に与えられていた《独つ眼が奪い撮る(コラージュ)は永遠の刹那(ファインダー)》と同類のものかもしれない」

 「ほう?」

 「でも、だけれども、本性を出して尚あの眼をしてるならばおれはシュリを信じたい」

 その言葉に、父は唇を軽く吊り上げる

 

 「もしも、信じたものが敵ならば?」

 「信じたものとして一緒に罪を償うよ。アルヴィナとおれのように」

 当たり前だとおれは父とアルヴィナを交互に見てそう告げた

 

 「もしもの時の覚悟は出来ていたか」

 「ううん。違うよ、父さん

 そもそも、シュリは敵だよ、"今は"」

 その瞬間、おれの鼻先には燃え盛る剣が突き付けられていた

 

 何時もならアルヴィナが怒って庇ってくれそうなんだが、今回はアルヴィナも怒り心頭なのかおれを恨めしそうに見てて助けてくれないようだ

 

 「馬鹿が、何を言っている」

 「確信した。シュリはゼロオメガと関係がある」

 轟剣をしっかり見返しながら、おれは臆せずに言葉を紡ぐ

 「おれに嘘は吐こうとしなかった。あれだけさらけ出してくれた

 

 ……でも、可笑しいんだよ。シュリが語った事が真実ならば、あれがシュリの過去で、だからああも他人に関わることに怯えているならば

 あんな麻薬を産む毒龍なんてね、おれは兎も角父さんやノア姫等の耳には入るよ。ほぼこの世界で言う幻獣のような存在で、あの過去で、奇跡の野菜の類似品の逸話や毒龍の物語が『残っていない筈がない』」

 「つまり、何が言いたい?真性異言(ゼノグラシア)よ」

 冷たい瞳に、冷徹な言葉に射抜かれて、それだとおれは畏れを喉に押し込んで呟く

 

 「知らない筈の異世界の事を知る者、真性異言(ゼノグラシア)。若しくは、異世界転生者

 そもそも、おれみたいに地球の日本からしか転生してこない筈がない。そして、今のおれみたいに特殊な力があるならば……魂だけ弄って送り込む転生ではなく、肉体ごと送りたいだろう

 実際、竪神によると倭克に伝わる伝説の存在たる禍幽怒の正体は異世界人だったらしいし、来れる筈なんだ」

 成程、と父は頷く 

 

 「即ち、異世界転移者。異なる世界で受けた過去を語っていた、という話だな?」 

 「ああ、そうだ。そして七大天様は恐らくはそんなことしない

 だからこの時点で、シュリの正体は……あの毒をこの世界にばら蒔く為にアージュというらしいゼロオメガが肉体ごと送り込んだ『別世界の幼く孤独な毒龍』。アージュの手の異世界転移者だ」

 「ならば、斬れ。敵だろう」

 「……なら、おれだって死ななきゃいけないよ

 毒を撒くために送り込まれただけかもしれない。確実に敵の手駒で、そしてシュリが教えてくれた姉が今奇跡の野菜として毒を世界に撒き散らし、なにかを起こそうとしているけれど」

 それでも、とおれは左目の傷痕を撫でて、父を見返し続ける

 

 「それでもだ。シュリは敵であることを実質分かるようにおれに告げてくれた。あんな怯えた眼の彼女を、おれは信じたい」

 困ったように笑う

 「きっとシュリ自身何かを既にやらかしてるよ。それに更にやらかす筈だ」

 おれにシュリの毒が未だに効いていて、何かを忘れている以上、まだ改心とかしていない。出会った当時の下門位にはゼロオメガ側な事は間違いない

 

 「でも、分かり合えると信じてる。だから、もう独りぼっちじゃないよう共に罪を償ってやるだけだ」

 分かってくれ、とおれは頭を下げた

 

 「……阿呆。万が一分かり合えんならばどうする?」

 「総てを懸けて、討伐する。それが信じた責任だ」

 「良いだろう。任せた」

 ふっ、と炎が消える

 

 が、父の背後に燃える青い炎は消えなかった

 「皇子。ボクは嫌だ」

 「……アルヴィナと同じなんだ、分かってくれ」

 「ボクは特別でありたい。だから、絶対に赦さない」

 そうして少女は踵を返す

 

 「皇子を嫌いたくない。だから、あーにゃんが帰ってくるまで寝る。皇子の眼を、覚まさせて貰う」

 「……ごめん、アルヴィナ」

 「謝るくらいなら、あの毒龍を倒して」

 その言葉と共に、魔狼と化して黒髪の少女はおれの伸ばした手を一瞥もせず、懸け去っていったのだった




ちなみにですが、毒を与えている事から分かるように、実はこの会話シュリに聞こえてます。

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