蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「……お前さん、何時もあんななのかの?」
不満げなアイリスの視線にごめんと謝ってその場を立ち去ろうとすると、ひょこひょこと後を着いてくる小さな毒龍からそんな言葉を掛けられた
今日は『髪から毒が散ると怒られるからの』と結び上げられた紫の髪はあまり跳ねないが、案外上機嫌そうに大きな龍尾は左右に大きくぱたぱたと振られている
いや何を喜んでるんだシュリ?と思うが、案外そういうものなのだろう。傷の舐めあいというか何というか……変に自分の境遇と重ね合わせて同じなんだと気分良くなる事、あるだろう?
おれにもたまに経験がある後ろ暗い喜びだが……抱いてしまうのは止められない。寧ろそれで歩み寄ることを決めてくれたら万歳という話だ
「ま、おれは忌み子だからさ。毒なんて割としょっちゅう盛られるし、魔法も突然飛んで来るし、悪意ならば大概好き勝手投げ付けられるよ」
言ってて思うが、皇族への態度かこれが?
なんだけど、そもそも力を見せなければ皇族足り得ない。反撃したら人間で居られない。好きなだけ試せ、投げられた試練は捩じ伏せた上で護ってやる、という暴君の理念を体現し続けてきたからこその皇族だからな
いや改めて思うが何だこの蛮族!?それに疑問が湧かないおれもおれかもしれないが……
「……何じゃそれは。お前さん偉いんじゃろ?」
「偉いよ。でも、おれ達なんてそもそも単なる化物だ。他人より明らかに強い、恐怖の対象だよ」
可能な限りの笑顔で、おれは言う。それが何処か空虚に見えてしまわないように、心を込めて必死に
「正しく在る、絶対に味方をする。だから怖くない、排除しなくて良い。寧ろ奉り上げておけ。そうなるように努力してきた、単なる暴力だ」
政治とか、おれ達大体が頭悪いから苦手だしな、と肩を竦めて苦笑する
「何で笑えるんじゃお前さん?理不尽じゃろ?怒るじゃろ?何故他人の為にって尚も思えるんじゃ?」
少女の暗い緑の瞳に光が揺れる
「儂は、まあ今は良いが……あの毒を取る為に生かしておく危険生物と扱われておった頃になど戻りたくないがの?
お前さん達の境遇は、その頃に意図して留まっておるように見えてならんのじゃ」
教えてくれるかの?とぱたぱたと尻尾が振られる
それに対しておれは襤褸布を被せられているが、一部ほつれが見えるんだが大丈夫か?なんて場違いなことを思った
「……そう、見えるかもね」
実際、誇りだ何だが無ければ、逃げてしまうのも手かもしれない
「力があるから恐れられる。力があるから、縛られ生きる
何故、お前さんはそうも笑えるんじゃよ……苦しくないかの?」
すっと、横の少女が両手を拡げた
「お前さん。もっと自由で、良くないかの?
まだ皇族として大いに自由ならば理解は出来るのじゃが、あの妹さんと違ってお前さんはそうでは無い。忌み子と呼ばれ蔑まれ、苦しかろ?」
じゃから、と少女は淡い笑みを浮かべておれを手招きする。ふわりと甘い香りが漂ってきて、意識を麻痺させていく
頭に霧が掛かって、考えが散漫になっていく。ただ、譲れない何かに突き動かされるように、おれは……
膝を折ると、毒香を散布しているであろう敵毒龍を、それでも優しく抱き締め返した
「分かってくれたかの?」
「うん。分かったよ、シュリ。辛かったんだよな、苦しかったんだよな?」
「……む?む、むぅ……」
少し面食らったような顔をして眼を数度ぱちくりさせた後、龍少女は唸るようにしておれの肩に頭を載せて眼を閉じた
撫でられるような体勢に、無意識に動く左腕は優しくその後頭部を撫でる。少し硬質過ぎる髪の感触と、ぴりぴりとした毒の刺激
「儂は、このまま貪られるのかの……」
何処か嬉しそうに、少女が潤んだ瞳でおれを見る
が、騙されるな、と内心で呟く。その瞳の奥に見える色は歓喜なんかじゃない。やるしかないと頷きあったあの時に頼勇の中に見えたような……決意と覚悟
「そんなに心臓の鼓動が跳ねていて、この先を怖がるのに?」
だから、おれはそう告げる
桜理もそうだけど、もっと自分を大事にしろ、女の子だろ
「お前さん、辛かったじゃろ?ずっと自分だけ、苦しんできたんじゃろ?
今だけは欲望のままにやって良いんじゃよ?覚悟は儂だってする」
何処までも慈愛に満ちた言葉。堕ちていきそうになる優しい
「だからこうしてるよ、シュリ」
それに堕ちないよう、こふっと喉に溢れてくる血を飲み込んで意識を覚醒。【鮮血の気迫】で心毒に酩酊しながらも自我を保つ
いや、酔ってても行動そのものは全く変わらないんだけど、やっぱりというか、無意識ではなくしっかりとおれ自身の意志で言いたいからこそ、無理矢理毒の影響をある程度まで抑え込む
「君だってもう一人じゃないよって、だからこうして君を抱き締める
……それとも、嫌か?」
「その言葉は流石に狡いの」
言いながらもおれに抱き着いてくるシュリ
当初は聞こえなかった鼓動が今はあまり無い胸を通してはっきりと分かる。ドキン!ドキン!ダン!ダン!と強く跳ねている
膝上に乗られても、抱き締めても聞こえなかった、殆ど動いているかも分からなかったような、心臓の鼓動が
「……でも、どうしてそうなるのじゃろ?」
「君を放っておけない、それだけだよ
おれにああ言ってくれた、共感しようとしてくれた。そんな君は、きっとおれと同じように……」
いや、違うなと苦笑する
「君の苦しみを、少しでも分かった気になってさ、カッコつけてるだけだよ、おれは」
その瞬間、おれの唇には何か柔らかなものが触れていた
それは、何処までも柔らかく蕩けるようで。熱よりは冷たさを感じる、濡れた毒の甘い味。駄目だと分かっていても堕ちていきたくなるような、甘い甘い極上の甘露
「んっ……」
唇を合わせてきたシュリがっ……と唾液と共に息を吐く
その姿は、今までに無い程に艶かしかった
「誰かのためにばかりじゃの、お前さん
お前さんの本当の願い、儂に教えてくれんかの?そして共に堕ちてしまえばよかろ?」
甘さに意識に霧が掛かる。つぷっと沈む唇を重ねた少女の八重歯が唇を傷付け、血にその唾液が……心を融かす毒が混じる熱だけを、ひたすらに感じる
「お前さんは恐ろしいの。儂には出来んかったよ、そこまでの自己犠牲
なれど、もう良い、良いんじゃよ。欲望を叶えるのは罪ではない。正しいことの為に戦うべきじゃ。精神を願いのままに解放してやるべきというもの
気持ちは分かるが……もう我慢する必要なかろ?」
ひたすらに心地よい少女の声だけが、溶けて無くなった心に響く
「儂とお前さんは同じじゃ。じゃから見てて苦しい。その押し込めた願いを、好きにぶつけてくれんかの?」
………………
…………
……
もう、何一つロクに考えられない
ただ、ふらふらと数歩前へ。ギリギリ雨をしのげていた屋敷の前の屋根を越え、それでも何故かおれと少女を降りしきる豪雨は避けて地面に跳ねる
雨避けなど、おれには効かない筈なのに。でも、その疑問も雨音も聞こえない。ただ耳に残るのは甘いシュリの音だけだ
「……おれを置いて逝かないでくれ
エッケハルト、ロダキーニャ、シルヴェール兄さん……ルーク、ナタリエ、レオン……一兄さん、白二兄さん、万四路……アーニャっ!
アウィル、シモン、アドラーァッ!
頼む、何でだ!どうしてこの手は誰にも届かせられない!どうして、おれに遺していく!
……頼む、頼むよ……!おれは英雄なんかじゃない!皇族にも、英雄にも、なれやしない!だって、目の前の君達にすらこの手は届かなかった!
だから!だからっ!置いて逝かないで……頼む!お願いだ!こんな、おれだけを生かして!
おれを君達と一緒に……
違う!逆だ!君達のために、死なせてくれ!この命を使わせてくれ!
おれに、君達の命なんて……っ!だから……だか、ら……おれ、を……おれ、は……
シュ、リ……君、すら……お、れ……は」
もう、何を言っているのか自分にも分からない。己の声すら聞こえない
ただ無意識にひたすら何かを溢しながら、必死にせめて護るべきものに手を伸ばし……けれども届くことはなく、おれの意識はゆっくりと闇に堕ちていった
「……何じゃ、それは……
世界よ、今更運命の人を宛がい無力化を狙おうとしても、それこそ『もう遅い』の……。儂はもう、貴様等の勝手な堕落と享楽を貪るだけじゃよ……」