蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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赫、或いは降り立つ少女達

「……?」

 よっ、と屋根上からぽんと放り投げられるネズミメイド少女。ひょいと何時ものアバター分身したロダ兄(犬耳)が下でその体を受け止めて安全に地面に下ろす

 

 「わ、わわっ!?」

 その行動に目を白黒させた少女はけれども兄の前に辿り着き……そして首を傾げた

 「……え、え?

 な、なに?わたし皇女様に危険だからって連れていかれて……それで」

 びくびくおどおど、きょろきょろと周囲を見るメイドの子。耳は垂れ、尻尾は丸まり、怯えが見て取れる

 

 「ひっ!に、にぃに、何処?」

 そして、赤く複眼を輝かせる兄の姿を見て、更に一段階びくりと肩を震わせるともう駄目だといったように逃げ出した

 そしてバランスを崩しながら腐り始めてぬかるみ始めた庭を駆けるとおれ……ではなくロダ兄の背後に隠れてちょこんと軽く顔を覗かせた

 

 「……まだやるのか、イアン」

 「イアン?に、にぃに……にぃに!何処?」

 「妹が呼んでるぞ、イアン」

 腰に愛刀を戻しておれは告げる

 

 「何のつもりだ」

 が、黒鋼の戦士は蝶に見える複眼を持つ仮面のまま、変身を解くことはない

 「妹の死すら愚弄するか、そんな偽物まで用意して」

 「……え、あれ、にぃに……?」

 びくっ!と耳を立てる少女

 

 「ど、どういう……」

 腐った机の天板を盾に震えていた子爵が天板の背後からひょこっと顔を出した

 

 「リセント子爵。貴方が欲望に駆られ、何らかの大きな成果を見せつけようとする事は分かっていた。そして貴方は合成個種使い。ならばそれは秘密裏に人を材料にする事で産み出せる自律稼働するゴーレムだろう

 そう判断して、貴方が今日に臨む為に、そう長くは持たない人間素材のゴーレム作成に入る前に、生け贄にされるだろうこの子を『アイリスが操るそっくりのゴーレム』と入れ換えておいた」

 貴方なら、何時も人前に姿を見せるアイリスがそもそも同じシステムのゴーレムな事くらい知っているだろう?とおれは子爵に少しの怒りを込めた視線を向ける

 

 「そう、貴方が作ったゴーレムはそいつを素材にしていた。だから、あいつアイリスが操っていただけなんだよ。自律稼働なんてとんでもない」

 まあ、実のところ他人のゴーレムを素材にゴーレムを作れるってある種の才能ではあるんだが、今回は誉めない。後で裁きを受けさせ、誰も結局殺してないし才能自体はあると情状酌量に使って罰を兵役のみで済ませる時には使う

 

 「……だから、イアン。君の妹は死んでなんかない」

 「にぃに」

 ロダ兄の背後に隠れたまま、小さく少女は兄に手を伸ばした

 

 「そうだぜ変身ネズミ少年。わざわざ覆水でも無いもんをひっくり返し続ける意味なんて、だろ?」

 その言葉に、変身が解ける。ベルトが毒になって水溜まりとして地に落ちる

 中身が大丈夫かと思ったが、服まで完璧なネズミ少年の姿が見えてほっとした。そして、ゴーレムが分離したかと思うと

 「……おやすみ」

 アイリスの一言で崩れ去った

 

 「ほら、アイリスが幾らでも干渉できるでしょう?」

 「にぃに、わたし、生きてるよ?」

 

 「……ロニ」

 それを見て、小さく少女の名を呼ぶネズミ少年。おれはそれに息を吐いて

 「にぃに!」

 「そいつ等から離れろ!」

 顔を怒りに歪ませて叫ぶイアン。ぐしゃっとその腹から毒が噴出し、消え去った筈のドライバーが再出現

 

 「え、にぃに?」

 「おぞましい者達め!ロニが狙われると分かっていた、分かっていながら!」

 赫い粒子が吹き上がり、展開した形態のベルトに更なるカバーが付くと……

 

 「イアン!もう止めろ!止めるんだよ!」

 「お兄ちゃんっ!」

 背後から聞こえるアイリスの悲鳴。思わず振り向けば……そこに居たのは、自身の胸に短刀を突き立てるラサ男爵の姿であった

 

 「ラサ男爵!?何を!」

 「ああ、おお、『怒り(ラウドラ)』の御子、我等がアーカヌムの眷!

 我が愛しきシュリンガーラ、この心を、命を貴女に捧げましょうぞ!」

 そうして、胸元に突き立てたナイフを捻り、青年は口元と胸元からだらだらと血を流しながら己の心臓を抉り出す

 

 っ!呆気に取られ対処が遅れた!止めきれなかった!

 唇を噛んで青年に駆け寄るが、既に鼓動する赤い果実はおれが手を伸ばせば握り締められてしまう位置にあり、もう戻せない

 

 「ラサ男爵っ!」

 くたりと崩れ落ちる体を支える。白い何時ものおれの服が血で染まっていく

 「……これが我が愛。さぁ、吹き荒れて下され、我等が神シュリンガーラよ!」

 ぱしゅっと、おれの前で心臓が弾け飛ぶ。撒き散らされた血が魔方陣を描き、天へと昇る!

 そして……

 

 「……ふん。遅い」

 思わず飛び下がったおれの手から溢れ、残された青年だったものを踏みつけて、災厄が降り立つ

【挿絵表示】

 

 「っ!アージュ=ドゥーハ=アーカヌム」

 「おや、僕の事を呼ばないのかい、何時ものように『シュリンガーラ』ってね」

 にぃと狂暴な顔を浮かべるのは、紫色の龍の神。大きな翼を拡げ、招来された龍の神はその何処か畳めばブースターにも見える翼から少年と同じ赫い粒子(いや多分彼女の粒子を使って変身している方が正しい表現だ)を放つその女性姿の神の名を、『シュリンガーラ』

 「ああ、分かっているさシュリンガーラ」

 だからおれは彼女をそう呼んで、敵意を抑え出迎えた

 

 『兄さん、分かっていますね?』

 脳裏に響く幼馴染神様の声に頷く。そもそも、分かってなければ彼女の事を『シュリ』と呼んでいる。本物の愛恋(シュリンガーラ)ならば、自分の事をそう呼んで欲しがるとしっかり分かっている

 そう、眼前のアージュは当たり前だがシュリじゃない。能力でコラージュした別人だ。あのコラージュ自体がアヴァロン=ユートピアによれば彼女が与えた能力のひとつ。ならば、当然アージュ自身が使えない筈もないのだ

 恐らくはラウドラかシャンタ、頼勇が伝えてくれたそのどちらかだ。その別の首が、かつて下門が使った能力でシュリのふりをしている、というのが現状だろう

 それが何の意味を持つのかは分からないがな!

 

 「分かってるなら良いよ、ヴィーラ。僕を邪魔しないでくれるかな」

 その言葉には頷く。正直な話をすれば、散々分かり合えないとは言われていたが、おれ自身シュリではないアージュと話したことはない。どちらなのかは分からないが、彼女の思考を……想いを確かめたい。だから刀を納め、動きを待つ

 というか、彼女もおれをヴィーラと呼ぶ辺り、シュリの冗談なんかではなく真面目に眷属化してるんだなおれ

 いや良いというか、そこまで懐に飛び込まなければシュリは独りぼっちだからむしろ好都合だが

 

 そういや、シュリにあんな翼は無かったなと赫い光を噴出する翼を見ながら思う。全体的にだが、シュリはまだ毒を撒き散らす事に怯えているように見えた。というか、翼自体生えてなかったから変身しても地竜だった

 だが、翼の大きな節……畳めばブースターなそこから毒を噴出する今のアージュの姿にその面影はない。これがシュリな筈もない

 「しかしシュリンガーラ、おれ自体『勇猛果敢(ヴィーラ)』と呼ばれている以上、現れた理由くらい教えてくれても良くないか?」

 「僕は正直要らないと思っているけどね、君。いや、そもそも分からないのさ、不完全な僕が『勇敢』を探していた意味自体が、ね。確かに眷属の六眼という点では価値があるのは分からなくもない。けれど……」

 露出の多い服装の少女龍神は、事も無げに胸元に手を突っ込むと、熟れたメロンのように豊満な胸の間から赫い石を取り出した

 

 「理解できないから、呼ばれてやったんだよ。僕はとても優しいだろう?

 そもそも来てやる義理も何もないけれど、回収だよ。君を殺しても正直意味ないからね今」

 「そう、か」

 あっけらかんと殺す価値があるなら殺してると言われて背筋が寒くなる。いざとなれば戦う必要がありそうだから、心の中で最悪変身できるように幼馴染神様を呼ぶ

 

 「ならば、何をしに来た?

 ああ、戦う気がないなら」

 と、おれはロダ兄に目配せする

 「あ、ワンちゃんの言ってたあれな?」

 おれの視線を理解したのか、青年は横のアイリスが持ち運んでくれていた包みを取るとひょいとおれに向けて放り投げた

 それを受け取り、中身を一応確認。間違いなく目的のものだと理解しておれはそれを、翼を拡げた毒龍の神へと差し出した

 

 「気持ち悪い、近寄るな」

 吹き荒れる毒嵐。翼のブースターから放たれたそれを受けて包みは解けるが、それを気にせず歩みを進める。幾らでも耐えられるし、耐えてやるさ。それくらいの覚悟は当に決めてきた

 

 「なぁ、アージュ。君はシュリとは別の首だろう?ならシュリに渡しておいてくれ、襤褸を着ているのは気になる」

 そうして、おれは包みの中身を差し出す

 そう、一着あげたが襤褸布を上から纏ったり時には解れたまま(そこらの鉄板より頑丈に出来ているのだが何があったのか破れていた)着たりしていたので服が案外無いのではと思い仕立てて貰ったシュリ向けの服だ。毒にも火にも勿論傷にも強い魔物繊維。ぶっちゃけ、鋼のフルプレートよりは二段階くらい軽くて頑丈だ

 拡げた訳ではないが女の子用のブラウスとスカートに一応ニーソックス、好みは分からないのでお任せにして貰った下着(パンツ)も一応。それだけではなく、露出を減らしたそうに襤褸を着ていた事に合わせておれの着ているものをイメージしたコートとブーツまで一式揃えた

 本来、こいつでラサ男爵との縁をシュリを通して維持しつつアイリスとの婚約までは駄目だって言うためのものだが、当人が敵としての正体を見せて居なくなってしまったから今縁者に渡しておく。これが恐らく敵意の無さの証明にもなるから

 

 「あっそ。分かったよ

 何だ、僕等の毒、一応眷属だからロクに効かないのか」

 いや、実は効いてるんだよな。ただ、シュリのフリしててもシュリとは眼が違いすぎるから矛盾してると思って解除できるだけで

 

 「っ!」

 服をひったくられたその瞬間、腹を履いたヒールで蹴飛ばされ、何とか寸前でガードしながら地面を転がる

 そんなおれに向けられるのは、ずっと同じ冷えきった視線

 

 「っ!アージュ!」

 「やっぱりさ、君要らないだろ

 僕は少なくとも、『勇敢』の存在を必要だとは思わない」

 そうだろ、と取り出した石を少女はぽいとネズミ少年に向けて放る

 その石がベルトに触れた瞬間、一気に毒が膨れ上がり、アイリスが破壊した筈のゴーレムの姿となる。いや、背に蝶の羽が増えた強化形態か!

 

 「だってそうだろ?怒りこそが勇気なんだから!」

 「ああ、そうだ!結局、あの人がロニを殺そうとしたことも!それを黙ってた忌み子も!何も変わらない!ロニが生きていたとして、また同じ裏切りが起こる!

 それを、俺は赦さんっ!変身っ!!」




ラフ画はえぬぽこ(@nnm_555様)によるものです。ぶっちゃけこれ正確にはラウドラちゃんではなく全首揃ったアージュではありますが、服装このままちょい幼くなったくらいのものがラウドラですので……
ちなみに、当然ですが以降シュリちゃんは今回贈った服装で現れるようになります
【挿絵表示】

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