蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「ぼ、僕も行くよ。絶対舐められてるだろうし、実際に僕にある
でも!何かしたいんだ!」
と、必死に訴えてくる桜理になら行こうと言っておいて、おれはメンバーを決めて下準備に取り掛かっていた
メンバーとしてはアナとエッケハルトという向こうが来訪を断れないメンバーを中心に、兄に会いに来た皇女と偽る女の子のフリしたルー姐、エッケハルトの付き添い枠のおれ、アナの付き添い枠の桜理、ついでに威圧用の天狼であるアウィルである。流石にルー姐に誰かを付けるのは先方に渋られそうなのでこれが限界だ
って、おれが頼める相手のうち枠を増やせるだろうノア姫は別件で出掛けてるしガイストは高位貴族過ぎてヤバく、残りは原作の知識くらいはあるだろうユーゴを刺激しすぎるから結局他に候補も居ないんだがな
ついでに言えばまだ舐めてくれる可能性があるロダ兄はといえば故郷見てくるわと旅立っていった
ま、彼は縁だってそのうちまたふらっと必要な時にはやってくるのは分かってるので好きにさせておこうと割り切って、まずは聖教国に向かうための仕込みを……と思ったのだが
「はい!わたしに出来ることなら頑張ります!」
と銀の聖女がニコニコしてくれていたのも少し前の話
「え?」
おれの提案に少女の瞳が見開かれたかと思うや……
「しょ、正気ですか皇子さま……?」
と、泣きそうな顔になり
「ぜーったい!絶対にやりませんからね!」
と、とんでもない勢いでアナに拒絶された……というところで時は今に舞い戻る
何故だ……
「いや、それはどうかと思う」
「ゼノ君さぁ、アーニャちゃん泣くよって言ったじゃん!」
「皇子、ボクの歯形の刑」
と、アルヴィナすら……いやアルヴィナは普通か、桜理にすら敵に回られておれの味方は0だった
「待ってくれアナ、必要なことなんだ」
「わたしの大事な人を傷付けさせようとする悪いお口は……此処ですか?」
あのー、アナスタシアさん?瞳のハイライト消えてないか?
「傷付ける訳じゃない」
「でも!でもっ!おれを罵倒しろって何なんですか皇子さま!それも元々皇子さまを嫌ってる教会の人達の前でって……やりませんからねっ!」
頬を怒りで上気させ、きゅっと拳を握って威嚇してくる銀の聖女。可愛らしい範囲で開いた胸元が強調されて、ぷくっとした頬や小動物の尻尾のように振られるサイドテールも込めて怖いというよりは可愛いが……
「アナ。向こうは……ユーゴは彼の逃亡を知っている」
そんな少女を諭すようにおれは告げる
「勿論、本気で絶対に逃がさないと決意して追った訳じゃないだろう」
そうだとしたら、うちの兄とんでもねぇなという話になる。湖・月花迅雷どころか素の月花迅雷よりも数段性能の低い偽神器一本でAGX-ANC14Bを逃げる者を追えない段階まで追い込んだって事だぞそれ。散々皆の力を借りたスカーレットゼノン・アルビオンより素の彼が強いレベルだそれは
だから、追ってこなかったと考えるのが自然。アステールの記憶を削る代価を、異端抹殺官を殺す事のメリットより大きいと判断した
「それは……分かりますけど」
「でもさ、逃がしてもそこまで大きな事にならないとはいっても、やっぱり不快だし不安はあるだろう」
そこでさ、おれと彼の間には確執があるのが効くんだっておれは頬を掻いて苦笑した
「だから、彼の想いを無駄にしないために、彼の最期の勇気を無駄にしたフリをする」
最低の発言だ、怒られて当然だ。そう自嘲しながらもおれは真剣に言葉を紡ぐ
「教会に、おれが彼の遺体を引き渡そうとせず勝手に葬ろうとしたのは、確執から傷だらけの彼を死に追いやったから。その証拠を見付けられないために、ああも教会の介入を嫌がった。話なんて、そんな状況で彼から聞いた筈がない」
「でも、断れない聖女様であるわたしがそれを見付けてしまった……
って何なんですかこの筋書き!嫌ですからね、何も悪くない皇子さまを他の人々みたいに責めるなんてわたしぜーったいに嫌ですからね!」
ぶんぶんぶんと振るわれる頭と、それに合わせてふわふわ揺れる胸。足元では干し林檎を食べてご満悦そうに丸まっていたアウィルまでもアナに味方して吠えてくる始末
アウィル、お前もなのか……
がっくりきたおれを、慰めてくれる者は居なかった
『相も変わらずですね兄さん。自分に関しては捨てる事に躊躇というものが全くといって良いほど足りません
もう少しまずは自分を切り捨てない術を先に考える癖を付けないと、私でも助けきれませんよ?』
『すらって何ですか。私は布がないから形見を使ってぬいぐるみ作るとかそういったの散々批判してきましたよね?普通にこれはそれの延長ですが……』
はぁ、と耳元に溜め息が響く
『多少マシになりましたが、自分はどんなに泥にまみれてもそれを何一つ問題だと思わないところは変わりませんね』
いやそんなことは
『良いですか兄さん。兄さん自体はどれだけでも自分は傷付いて良いと思ってるかもしれませんし実際傷付いても気にしないとは思うのですが、その際に連動して私と私の選んだ聖女のメンタルが死にます
今度からそれを心に刻んで行動して下さい。今なら流石に分かりますよね兄さん?』
……肝に命じるよ
『ええお願いします。神様のメンタルを殺せるの、世界を壊しに来る化物以外では兄さんくらいなんですからね?』
それはそれとして、今回は他に選択肢がないんだ。だから許してくれ始水
『さては分かる気無いですね兄さん!?』
余談だが、頼み込んだらアナはしっかりおれを蔑んでくれはした。くれはしたんだが……
おれを酷い人だと罵倒するアナを漸く聖女様も分かってくださった!と持ち上げる教会の面々にアナの目は完全に死んでいた
うん、すまないアナ……
『謝るならやらないで下さい兄さん。私もキレかけましたので』
……大雨降ってるぞ始水
『降らせました。これで龍姫の怒りを気がつかないようなら……少し距離が遠すぎたことを反省すべきかも知れません』
いや、龍姫様もお怒りだ!呪いが移る!と楽しげだったが?と内心で通話する
というか呪いが移るって何だ。移るなら今頃学園は壊滅してるし何より真っ先に聖女様に移ってるぞ
なんて思いつつ、表情が完全に死んで不貞腐れたようにアウィルの毛に顔を埋めて無言になったアナを見て乾いた笑いを浮かべる
ルルゥと鳴きながら、アウィルに慰められてるアナはあまり見たくはないが、ここまで言われるとは思わなかったおれは何も声を掛けられなかった
『何だか言われた事の割にはご機嫌ですね兄さん?』
いや、昔の始水が言われてた耳悪菌が移る!って苛めを思い出してさ、と内心で神様幼馴染に返す
『ああ、ありましたねそういうの。すぐに終わりましたが』
一年ちょい続いたろ。いや神様からすればすぐか
おれが出会った時の始水は左耳が悪くて澄ましてるからって少し苛められてたんだよな
まあ、すぐに相手が金星のお嬢様という事実がヤバイという分別が付き始めて、一年もして小学校中学年に上がった頃にはすっかりそんな苛めは消え、苛められてた頃に仲良くなったおれへの嫉妬からおれへの苛めだけ加速してたんだが……
『そうでしたね。私が兄さんと呼んでいた理由については思い至らなかったようですが』
いやそれは兄さんと呼んでればお嬢様として狙われにくいって理由じゃなかったか?確かそう聞いたが
『あ、それですか?方便です兄さん
本音はこの人は私のものだと周囲を威圧していただけですね。まあ、威圧すればするほど兄さんへの苛めは何故か加速したのであまり意味は……って話でしたが』
馬鹿だったんですかね彼等とぼやく神さまに、おれは何も言えずにとりあえずアナが機嫌を直すのを待ち続けたのだった