蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

517 / 662
飛竜、或いは白亜

「……ああもう、煩い!」

 ぶん!と凪ぎ払う拳が空を裂き、飛んできた火球を右手の甲で叩き返す

 

 ワイバーンのブレスは物理現象、今回のは爆鱗と呼ばれる強い衝撃を与えると発火炸裂する鱗を口に含んで吐き出すタイプだ。だから中心に鱗が残っており、打ち返せてしまう。当然そんなものは火属性物理ダメージなのでおれの【防御】数値を抜けずに傷ひとつ負うことはない。魔法だと食らうが、そもそも野生の生物で魔法が使えるのは天狼初めとした極一部の幻獣種のみだから脅威はない

 

 甲高い悲鳴と共に自身のブレスに翼を撃たれた飛竜が墜落するのを見ながら、数多すぎだろとおれはぼやいた 

 アナが頑張って作ってくれた夕食後、簡易テントを張ってアナが寝静まったと思ったらこれだ。テントは二つ、エッケハルトとルー姐向けと桜理とアナ向け。その間で今日はおれがやるからと火の番をアウィルとやっていたら、絶え間なくとまではいかないがワイバーンが襲ってくるのである

 

 もう訳が分からない。野生のワイバーン種って色々居るが、爆鱗種って倭克周辺の固有種の筈だし、隠す気本当にあるのかと疑いたくなる

 

 「ったく、またかよ!」

 蒼銀の甲殻に覆われた右手を今度は掲げ、おれはしなる靭尾をテントに向けて振り下ろそうとした黒いワイバーンの尾を受け止めた

 

 黒いせいで軽く保護色になっており見付けるのが遅れたが、何とも無くてよかったってところだな

 力任せに尾を掴み、もがきながら憐れな悲鳴をあげる小柄なそれの後ろ足を全力で蹴り飛ばすと、嫌な音と共に尻尾の先だけが右手に残り、半ばから自らの最大の武器を奪われた黒い飛竜は苦悶の声と共に……

 それでもおれへと後ろ足で大地を蹴って躍りかかろうとした瞬間、天から降り注いだ青い雷に撃たれて沈黙した

 

 アウィルである。おれと共に見張りをしてくれている天狼が制圧の雷を放ち周囲の飛竜全個体を打ち据えてくれたのだ

 月花迅雷は抜きたくないというか抜けない。お陰で素手でやりあっていたので正直助かる支援だ

 「有り難うなアウィル。というか、殺してないよな?」

 『ルルゥ!』

 誇らしげに吠えて返された。多分セーフなのだろう。此処は国境付近、こんな場所でここまで大規模に活動できるって事は向こうはかなりの立場に居るのは間違いない。というか多分ユーゴの手下の誰かだろう、この犯人

 一応野生に偽装されている以上多分下手人に繋がるものなんてワイバーンを探しても出てこないし、殺して抗議をかましに行くのは得策ではない。野生の飛竜を大量に殺したとして、此方が生態系等を脅かした悪にされかねないというか……

 いやまあ、野生の爆鱗種がこんなところに居るかボケがとか一応言えるが、おれ舌戦は苦手だからな。あまり余計なリスクは負いたくない

 

 なので、湖・月花迅雷は相手を殺さないとなると完全に過剰火力なのでもう納刀状態でもほんの少しなら張れる障壁の為にテントに置いておき、素手で撃退だけしてる訳だ

 まあ、さっきの地を走る黒い飛竜みたいにやりすぎたりもするが、それは正当防衛と言わせてくれ。というか、おれ自身普段は竜殻のような鞘飾りとなっているアルビオンパーツがガントレット化してる状態の右手ってずっと月花迅雷を握っていたから、素手時の加減って割と分かってないというか、さっきはつい力を込めすぎた

 全身に特異な力は行ってないが、障壁展開の為にアルビオンのパーツが起動してるから右手だけ変身時一歩手前くらいの性能に変わっている、それをしっかりもっと意識しないと相手を殺してしまう

 

 特にこれは隠し球だ。湖・月花迅雷の性能に関しては円卓、特にユーゴに把握されていないというのが重要なのだから。バレたら不意も突けないしな

 

 そんなこんなで

 『クギャアォッ!?』

 なんて竜の悲鳴が絶えないまま、空が白んでくるまでおれは攻めてくるワイバーンを撃退し続けたのであった

 百鬼夜行ならぬ百竜夜行か何かかよと途中飽き飽きしてきたが、そんな時はアウィルが爪を振るってくれたのでそう問題もなく夜が明ける

 

 「あ、皇子さま御早うございます」

 と、テントの入り口から顔を覗かせるのは銀の聖女様。寝起きだからか何時ものサイドテールはほどかれており、一部だけ伸ばしたロングヘアーが少し何時もと印象を変える。が、頭に何時もの雪の髪飾りがあるからあんまり変わらないか

 

 「御早う、獅ど……皇子」

 「今は獅童君で良いぞオーウェン。全員にバレてるからな」

 横からひょこっと顔を覗かせる黒髪の少女(いや、ゆったりした寝間着のせいで今桜理がどっちかは分からないが、アナの為に今はサクラ・オーリリアの姿だと信じる)におれは軽く笑いかける

 

 「いや、君はその名前で呼ぶのに……」

 と、少女はアナが作ったろう朝のホットミルクを両手で握り込みながら呟く

 「おれは何ならヴィルフリートの前世とは血縁ってレベルで全部知られてる。桜理はまだ真性異言(ゼノグラシア)ってところまでしかバレていない

 だから誤魔化してるだけだよ」

 肩を竦めておれはそう返した

 

 「このテントは防音だし聖域もアナが張ってくれたから」

 ちなみに此処は嘘で、本当はルー姐がやってくれた。遠くにまたまた飛竜の気配がしたので、わざと嘘を吐く。これで二人も恐らくは聞き耳を立てられている可能性を考慮してくれるだろう

 「心配ないけど、外だと変に聞かれるかもしれないからさ」

 「確かに、わたしはぐっすり眠れましたけど、皇子さまは……大変だったんですよね?」

 銀の聖女様が入り口を開けて、焚き火辺りの惨状を見ながら呟く

 「ごめんなさい、皇子さまにばっかりで」

 「良いんだよ、それが戦う以外の才能が特に足りてないおれがやる事だから」

 まあ、戦いの才能も魔法が使えないし防げない欠陥のせいでそこまで誉められたものじゃないがな!

 マジで皆が居ないと既に何千回死んでるのか分かったものじゃない

 

 「えへへ、そんな偉い皇子さまには、特別な朝御飯作りますからね?」

 「アウィルも頑張ったんだからそっちにも頼む」

 「勿論ですよ?」

 慌てたような様子もなく、少女はふわりと微笑み返してくれた

 でも、寝間着がふんわりレースなせいで少し透け気味なので早く着替えてくれ。そんな想いを込めて、おれは少女用テントに背を向けるのだった

 

 そんなこんなで、数日

 「漸く着いたな」

 何度か見た高い白亜の壁を確認してどっと疲れが襲ってくる

 漸くだ。何度襲われたかもう数える気もないというか、総勢200頭は居たぞワイバーン、百竜夜行どころじゃない。騎士団の所持飛竜全部使ったとかそんな量はもう笑うしかない

 お陰でもう既にげんなりしている。しかもアナはその事実を見て朝御飯を張り切るし、エッケハルトは朝御飯の格差を見て不機嫌になるし、役に立ってないね僕と桜理はしょんぼりするしで空気まで微妙。気を利かせておれ基準で朝を作ってくれた事もあったが、その時のエッケハルトの微妙な顔付きは忘れられない

 

 そんな何とも言えない行軍を終えて、何とか聖教国の聖都へとおれ達は辿り着いていた

 ……いや、此処からが本番だろ何気を抜いている、と内心で自身に叱咤する。そんなおれを鼓舞するように、小さな犬の姿になってアナの横に控えたアウィルが吠えた


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。