蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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オリエンテーション、或いはアスレチック

「……よし、やるか」

 高台のスタートラインに立ち、塔よりも数倍は大きな其処を見下ろす

 此処は大きなアスレチックステージ。そして、おれは……皇子なら出来るだろうと言われては逆らえず、その場所に立っている

 目の前にあるのは断崖絶壁、つるつるした壁により登れなくなくしてある大穴。流石におれはこの目測で20mはある穴を飛び越えられる程の身体能力はしていない。あと5m短ければなぁと思うが、願ったところで距離が変わるはずもなく

 空気がねばついている。恐らくだが、かなり湿度が高いのだろう。良くできている。水分はこうして用意されているのだから、恐らくは水の橋なんかを掛けて渡れというのだろう。ご丁寧にロープが向こう岸まで渡されているのだ、それを中心に舗装すれば割と簡単に渡れるだろう

 だが、逆に言えばそうして舗装させる事が目的なのだろう。縄の中心辺りにかなり深い傷がつけられている。縄があるじゃんとそのまま乗ったら、力がかかってぷつりと切れてしまうだろう。縄そのものは綱引きに使われるような大縄だが、あの傷では人一人を支えきれない

 ……此処は、魔法の才ある者達の為の初等部。知識と魔法を駆使し、今の自分がどんな対処が出来るかを考える施設

 そこでおれは、本来何も出来ない。魔法なんておれには使えない。一生

 同じく魔法の無い獣人みたいなものだ。人でなし

 だが、おれはそれでも、皇子だ!皇族だ!ならば……

 

 ただ、駆ける

 綱を渡るのではなく、その直前で踏み切り、跳躍

 切られた部分を越え、その先の縄に足がつく……その瞬間、切れる前にもう一回!縄を蹴って二度目の跳躍。地面ほど安定しておらず、跳べる距離は短いが、手さえ向こうの崖っぷちにかかれば、それで十分!

 

 「っ!」

 安心して渡ってくる相手を咎めるつもりで設置された槍(穂先が鉄ではなくバウンドタートルという反発力の強い亀甲で出来た特殊仕様)が飛んで来るのを、右手で柄を掴んで捕獲。勢いを軽く殺され……

 ギリッギリ!何とか左手の指が向こう岸に届く。眼前に迫るのは壁

 「っらぁっ!」

 そのつるつるの壁を蹴って反転。床が滑ってはアスレチックにすらならないので、指先は摩擦で滑らないため、そこを起点に大きく宙返りを決めて崖から帰還

 

 一個目からこれって大丈夫か?と思いつつ、着地

 した、その場所のタイルが崩れ落ちた

 落とし穴かよ!?用意周到だなオイ!?

 「っぶねぇ……」

 穴の直径よりも倍くらい長い持ってきた槍をつっかえにしてぶら下がる。穴が小さくて助かったけど、あれ槍を避けて持ってこず進んでたら終わってたなおれ?

 這い上がり、漸く一息つこうとする

 そんなおれの前で、崩れた穴からタイル……というか、良く見ると地面の下に大きな石材が隠れていた石材が飛び上がる

 ついでに、落とし穴だろう各所が蠢いて、石が浮かんでいって

 「意地が悪い!」

 そのコアだろう小さな石材を、槍を投げて打ち砕く。ガラガラと音を立てて、石材が地面に崩れ落ちた

 ストーンゴーレムだったのかよ落とし穴の蓋してた石材。全く子供相手にやらせる難易度なのかこれ

 

 そうして、漸く息を整えて先を見たおれの前に

 滝があった

 そう、滝である。水がすごい勢いで流れ落ちているアレだ。眼を凝らせばその先に洞窟の入り口らしきものがある。どうやら、次の目的はどうにかしてその洞窟にはいれ!らしい

 凍らせても迂回はできなさそうで、直ぐに他の水によって削られてしまうだろう。同じ方法でぱっと見行けそうで、その実同じ魔法のごり押しを防ぐ良い設問なのかもしれない。間にゴーレムが居なければ

 「あ痛って」

 触れてみたら痛みが走り、指先が切れて血を吹き出す

 この滝、どうやら石つぶてや細かな鉄等を混ぜて落としているらしく、普通の滝じゃない。水の塊なら何とか強行突破も出来なくもないなと思ったが、流石に脳天に鉄でも当たった日には気絶して一発でお陀仏だろう

 

 「ふざけんなぁぁぁぁっ!」

 怒りと共に、腰に構えた刀を天へと振り抜く。師匠にここ一年で教わった、近距離への鎌鼬。飛ばす置き斬撃という奴だ。その一閃が滝を斬り、暫し細い道を作る!

 「……ふう」

 何とかその隙間を駆け抜け(と言っても、流石に幅が足りないので肩は水のなかを通ってきた。石が当たって肩外れるかと思った)

 「だから休ませろよ!?」

 洞窟が保護色となって襲い来る暗い色合いの大トカゲのゴーレムの脳天に滝を斬って刃零れした刀を突き刺しつつ、おれは叫んだ

 もうこの持ち込んだ刀置いてくしかないな、滝の中の石とか斬ってたせいで大きく歪んでるし、つっかえて鞘に戻せない

 

 「……ぜぇ、はぁ……

 何だよ、この難易度……」

 それから暫くの時が過ぎた。此方の世界の計算で大体1/5刻。一刻が日本で言う3時間なのでつまり大体35分くらい後

 洞窟内を流れてくる溶岩(無理矢理洞窟の脆い部分を蹴り破って登って避けた)だとか諸々の殺意溢れる仕掛けを越え、何とかおれはゴール前まで辿り着いていた

 いや、これ疲れる……というか、子供向けじゃないだろうこれ……普通死ぬぞ……

 

 数m先にあるのはゴールテープ。これを切ればゴールだ

 疲れた体を引きずり、おれは漸くそこへ……

 

 がっ!?

 「ぎぃっ!?」

 突然、体を襲う痺れ

 『じじ、じじじ……』

 痺れる足をもつれさせ、カラダを縛り付ける電気の鞭に体を固定されながらも、何とか動く首を回して、振り向く

 気が付くと、おれのかなり後ろに、何処か電球を思わせるまるっこいボディに小さな足のゴーレムが立っていた

 ……疲れからか、警戒を忘れていた

 最後の道。倒してみろとばかりにラスボス感あるドラゴン姿のデカブツゴーレムが待っていたが、このアスレチックの底意地の悪さからして、もう一体くらい隠れている事を想定するべきだった……!

 「ぐっ、がっ……」

 動けない

 わかっていた。おれは魔法に弱い。魔防が0、避ければ良いという話はあるが、囚われてしまえばこういう魔法拘束には無力だ。物理的な縄ならば力任せに引きちぎれても、魔防計算の拘束魔法は無理だ

 ……だから、気を付けるべきだったのに

 なっさけねぇ……

 嘲るように、小さな足でぴょんぴょん跳ねながら、そのゴーレムはおれの前までやってくる

 そして、その丸いボディから、ナイフのような小さなプラズマを纏う刃を出して……

 『じじ』

 「っ!おらぁっ!」

 首は回る。頭は動く。両手両足が動かずとも、ボディがずらせる

 ならば、手も足も出ずとも、頭は出るんだよ!

 全身全霊のヘッドバット。電気系の操作を重視したプラズマゴーレム故か、丸いボディはその金属質な色から思うよりも柔らかく、近づいてきたそのゴーレムの体に額が沈みこむ

 

 『じじ……ぜじ……れ、じ……』

 そうして、ゴールテープを切って吹き飛んだおれよりも少し小さなゴーレムは、そんな音と共に停止した

 

 「……おわ、った……」

 解ける拘束。数歩進み、疲れからかテープを跨いで倒れこむ

 あっぶねぇ……あのプラズマゴーレムが止めを刺す際にわざわざ近づいてきてくれず、そのまま遠距離からなぶり殺しに来てたらあのまま殺されていただろう

 或いは、体は振れたから何とかヘッドバット出来たが、首を電気縄で拘束されていれば頭突きの威力も出ず、終わってた可能性もある

 って、何でアスレチックで命の危機を感じてるんだろうな……というか、そんな危険なものおれ以外にやらせたらダメだろう

 

 「なーご」

 一声鳴いて労い、全方位から突き出された槍の罠で裂けた頬をざらざらした濡れていない舌で舐められる

 形状は合っていても、濡れた感触まではまだ真似出来ていない不完全な猫の舌は割と痛く、それをおくびにもださないようにしながら、軋む腕を上げ、その小さな妹のゴーレムの頭を撫でる

 

 「……36点」

 「赤点ギリギリじゃないですか、師匠……

 クリアしたら6割保証くらいの手心とか、無いんですか……」

 「何を言っている馬鹿弟子。クリア出来ないが赤点だ。というか、最後のゴーレムが近接で止めを刺しに来なければクリア出来なかった実質失敗していた奴が手心を求めるな」

 「ひでぇ……」

 中々に鬼な事を言う鬼に口では文句を言いつつ 

 「助かる」

 今日も帽子な少女の手を借りて立ち上がる

 そんなおれを、別の国から来た留学生が情けないものを見る目で眺めていて

 実際に情けないので、何一つ言い返せずに苦笑いする

 

 「さて。この馬鹿弟子が何とかクリアしてみせた訳だが」

 そんなおれを一瞥だけするや、半鬼の教員は、そんなおれを見ていた(一部は途中から友人になれた同士で話をしていたのか、ロクに見ていなかったことを一息つく間に確認してはいるのだが。最後までじっとおれを見ていたのは、アルヴィナとその頭の帽子の上で伸び伸びとしていたアイリスだけだ)生徒達に、少しだけ緊張が走る

 

 「貴様ら、この弟子を最弱皇子、皇族の面汚し、忌み子等と散々な呼び方をしていると聞いた」

 「じ、じ、じじつだし……」

 愉快な面を被ったまま。それでも、睨まれたと思ったのか怯えつつも一人の少年が反論する

 

 「ああ事実だ。この弟子は弱い。この初等部に入れるべきかの会議の席で、恥だからとっとと皇籍を剥奪すべきじゃないかと史上初めて協議されたらしいのは伊達ではない」

 ……酷い言い種である。そして、それが事実だ

 だからおれは、何処までも皇族で無ければならない。実際問題、皇子でないおれに価値なんて無いんだから

 

 「正直な話、こいつがこのアスレチックを初見ソロ突破出来なければ剥奪すべきだと意見する気でいた」

 危なすぎだろ……と、心の中で安堵する

 籍を剥奪されたらその時点でアイリスとの縁も切れる為ここから追い出されるだろう。それは良いのだが、皇籍の無いおれなんぞ、父から縁を切られ母の死んだ忌み子だ。そんな奴に何の価値がある

 星紋症を出した場所として目を付けられているあの孤児院も、皇子の恥とはいえ一応は皇族が出資しているからということでロクな干渉を受けないのだ

 そんなおれが皇子でなくなった場合、たぶんアナが帰ろうとした時に既に孤児院は潰されていて無いという状況が待っているだろう。おれは最悪冒険者で食っていけるが、あの子供達は無理だ。あそこを潰されたら、相当運が良くないと奴隷にでもなるしかない。何なら奴隷ですら死なないだけマシな末路だ

 当然それはアナも同じこと。アイリスが気に入って雇ってくれれば良いが、そうでなければ路頭に迷う。行き着く先は貴族の慰みものか、或いは……。いや、流石にエッケハルトが助けるとは思うが

 

 だからダメだ。第七皇子というその肩書きが無ければ、おれは名も聞いてない少年のペットを助けられなかったあの日のような単なる恥さらしだ

 あの少年には謝罪の手紙と、あの子は忘れられないだろうが前を向いてほしいという心を込めて金一封を送っておいたが、罵倒の手紙しか帰ってこなかった。まあ、当然の話だろう

 アナをあの少年のような目に逢わせない為にも、おれは皇子でなければならないのに

 

 「さて

 そんな散々馬鹿にした相手がクリア出来たもの。当然、お前達がクリア出来ないはずはないな?」

 挑発するように、愉快な面の鬼は言葉を紡ぐ

 ……ひとつだけ言わせてくれ師匠。アイリス以外に無理言うな

 

 だが

 「わたくしを舐めないでくださる?」

 グラデーションブロンドの留学生の少女は、その挑発に乗る

 「このヴィルジニーにも、オリハルコングラデーションの誇りがありますわ

 忌み子程度にクリア出来るもの、クリア出来ない等と言われる謂れは無くて

 けれども、万が一という事もあります。このわたくし達が怪我を追うような真似は」

 「そこは心配ない

 そこの馬鹿弟子が忌み子故に弾いているだけで、本来は挑むものには例外無く保護魔法がかかっている。怪我はせん、痛みもない。突破に失敗したと判定されれば外に転移させられる

 それだけの大魔法がこの塔にはある」

 「あの、師匠?」

 淡々と変なことを告げる師に、ついおれは疑問を挟む

 「その魔法がかかってないおれは?普通に怪我したし、溶岩とか下手したら死んでたと思うのですが」

 「こんな程度のものを初見で突破出来ず死ぬようならそんな奴皇子失格だろう」

 「……その通りですね師匠」

 何も言い返せなかった

 

 「馬鹿にしやがって!」

 「雑魚皇子にクリア出来るならおれだって!」

 「魔法書さえあればラクショーになー」

 口々に言う子供達

 その前に、どさどさと音を立てて天井から落ちて小山をなすそこそこ値段するだろう本の山

 

 「幾らでも持っていけ。何人かで組んでも構わん

 クリアしてみせろ。それが今日のオリエンテーションだ」

 「わたくしを舐めないでくださいまし!」

 気の強い留学生の少女を先頭に、師匠に煽られて子供達は謎のアスレチックのスタートラインへと向かう

 

 「良いのか、アルヴィナ?」

 それについていかない少女に、おれは問い掛ける

 「むり」

 「……なら良い」

 頭に乗ってくる、一人で楽々クリアしてみせるだろう妹猫の喉を撫でつつ、無理だと一人早々に諦めたアルヴィナと、意気揚々と向かうひとつ下の子供達を眺め……

 

 「ふん、直ぐにクリアして驚かせてみせますわ!」

 

 20分後。失格の証として塗料を頭から被り、早々に全滅して帰ってきた皆を前に、煽りにならないようどう声を掛ければ良いものかと頭を抱えた

 

 まさか、滝の辺りを越えられたグループが2組3人だけとは……序盤だぞあそこ……


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