蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「?……え?」
目をぱちくり、困惑顔を浮かべる桜理にそういえば知らないよなと苦笑しながらおれは新しい殴り書きを指差す
それを読んで慌てたように少女は自身の口を手で覆うが……うん、過剰反応だ。そこまでしなくてもって感じ。ちなみに、内容はこの声が向こうに漏れるかもしれないから静かにというもの
揺れる水面によく知っている銀髪サイドテールの少女の顔が浮かぶ
うん、この辺りはユーゴ知らないよな?アステールは当然知ってる筈だが、この辺の記憶が消えてるのか全く警戒が無かった。警戒してたとして、恐らくは声云々だろう。水鏡に映る向こうの映像から鏡となって遠くを映す水面を覗き込む相手なら見えてしまうからな
水面を見える位置には誰も監視が居ないから多分知らないのだろう。まあ、アナの顔を見るに部屋の中に誰か突っ立って護衛という名の監視をしてるのは確かなのだろうが……小さな吐息すら聞こえないということは、今回は音声切ってるなさては?
「『皇子さま、見えてますか?此方は声を出せなくてすみません』」
と、小さく書いた机に拡げた紙をとんとんと指で叩いて見せてくるアナ。あまり動かさず、透明なコップの水に映るように角度を調節している感じだ。その分アナの顔が見えなくなったりするが……警戒してるんだろうな
少し遠くをおれが指差してやれば角度が変わ……らない。水を見られたらバレるから、監視の人がまともに映る角度にまでコップを置けないのだろう
逆に監視からも見えはしないという事だから大半は安心だが……
と思いつつおれは天井を見上げた。コンコン叩いていて理解したが、多少脆い部分がある。ぶっちゃけそこの先に隠し通路とかあるんだろうなぁ……と理解できてしまう感じだ。大体厚さは30cm程度だし、ぶち抜けなくもない。というか、抜け出す場合そこを貫いて隠し通路に出るのが王道だろうってくらい
同じくアナも天井裏から監視とかされてないとは限らないんだよな
だからおれは紙にそう書こうかと迷うが……あ、良く周囲を観察すればギリギリ見える範囲にルー姐が居る。ならば安心して良いだろう、流石に天井から覗いてる相手に気がつかないなんてルー姐じゃないからな
「『分かってるよアナ、そっちは大丈夫か?』」
と、紙にさらさらと書いて見せるおれ
慣れたものだ。というか、何となく懐かしい気すらしてくる。なんたって、前にアステールを助けようとした時も、同じようにアナの特殊な水鏡の力を借りていたんだから
その事にアナも思い至ったのか、二人で何だか可笑しくて笑い合う
ってか、原作ゲームでは全く言及されていないからな、このアナの謎特殊能力。ユーゴが知らなくても無理はないというかおれ自身、アナの水鏡だけはおれの付近の水で地点指定が可能なのか全くもって分かってないしな
本来の水鏡って知ってる場所にしか繋がらない。だからアナの知らないこの地下牢獄って本来水鏡が繋がる筈がないし、警戒すらされていないだろう。寧ろアナが繋がる方が明らかに水鏡として可笑しいっていうか、龍姫の加護を受けた聖女って怖いなぁ……
『ま、私と兄さんは当の昔から永劫離れることはない縁で繋がってますので、その派生です』
……
「『わたしは平気です。これでもわたし、聖教国では聖女って変に祭り上げられちゃってるんですよ?』」
「『うん、知ってるというか痛感した』」
と、軽く紙でやりとりを交わす。何というか手紙を送ってる気分になるな、いや寧ろメールか
というか、アナと聖教国に来たことはなかったせいで案外実感が無かったが……本当におれとは世界からの扱いが違うと見せつけられた。おれなんて大概国民からすら石投げられてたもんな。いや、アナにこれを言うと泣かれるからこれ以上は突っ込まないが……
「『はい、ちょっと皇子さまとの扱いの差が悲しくなりましたけど、あんまり邪魔はされないんです。一応保護と言いつつ監視の人はいますから、声は出せませんけど……
わたしが皆さんのために演説しますから内容を練らせてくださいって言ったら邪魔なんてほぼ入りません』」
えへへ、といった顔で少女が水面に映る
「『だから、安心してくださいね、皇子さま?
って大丈夫ですか?ご飯とかちゃんと出ますか?』」
突然オロオロしだす聖女さまに、おれは寧ろそれ怪しいからもっと安心してと苦笑しつつ、ご飯とか無いよと返す
「『……え?』」
「『ユーゴがそんなもん出す訳がない。あいつおれに恨みでも……あるわな当然ってレベルだ』」
親の仇くらいには恨まれてるだろう。餓死とかまともに狙ってても可笑しくない
「『大丈夫ですか?わたしが何か言ったり』」
「『しなくて良い。桜理のために何か食べ物はあって欲しいけど、正直桜理さえ食い繋げるなら誰も何一つ届けてくれない方が助かる』」
と、え?とばかりに海色の眼が見開かれた
「『皇子さま、変に自分を』」
「『アナ、これから当然脱獄してアステールを助けるために暗躍するんだぞおれ?誰も来ない方がバレにくくて助かるだろ?』」
いやまあ、桜理まで連れてけないから、その分は要るんだがそれはもうおれが届けるとかそんな話になる
「『あ、そういう事なんですね。皇子さまは平気で無茶しますから心配しました』」
いや、どんな扱いされてるんだおれとは思うが、何となく自覚はあるのであまり言えない
ほっと息を吐く少女を見ながら、おれは軽く天井を見上げた
「『アナの方こそ大丈夫なんだよな?』」
「『はい、ユガート?ユーゴ?さん達は少しだけわたしの事を嫌に思ってるんだとは感じるんですけど、一応これでも聖女様ですから。この国の多くの人が護ってくれちゃいます』」
なんて言いつつ、水面に映る表情は暗いが……まあ、アナだしな。そんな人々に負担をかけているって感じに思ってるのだろう
「『そっか』」
「『皇子さま、わたし……お役に立てますよね?』」
不安げに震えた文字から、心境が伝わってくる。それを払拭出来る……かは正直なところ分からないが、それでもおれは水面に映るように強く頷いた
「『……はい、わたし、何時でも皇子さまとアステールちゃんの為に頑張りますね?』」
それを見て、少しぎこちなく少女はうなずきを返した
「『で、おれは水を持ち歩くから時折水鏡を使って欲しい。というか……』」
言いつつおれは桜理が持ってきてくれた水を見る。おれの邪魔をしないように見てるだけの桜理の前に置かれた大きめのコップを
うん、持ち運ぶと蓋も何もないから簡単に零れるなこれ。というか、桜理に何も置いていかないと困る
「『水とか取りに行くよ。だから持ち運べる水とか用意してくれると助かる』」
「『はい!用意しておきますね!』」
……やる気が十分すぎる
そんな風にぐっ!と手を握る聖女様を見ながらおれは小さくそう呟いたのだった
「『あ、あとですね皇子さま。アステールちゃんからむかーし渡されたって話で最初に来た騎士団長さんから鍵を貰ったんです。どうしましょう?』」
と、さりげなく鍵を眺めるようにしておれに見せられるのは小さな金属の鍵。だが、魔法が掛かってるのは刻まれた魔法陣で分かる
確かあれは魔力鍵だな。鍵を鍵穴に差し込もうとすると持ち主の魔力を吸って形状が変わる鍵だ。ぶっちゃけおれや獸人みたいな魔力をまともに持たない存在だと魔力を吸えずに形が変わらないという欠陥を抱えていて、本来は特定人物以外は形が変わってしまって嵌まらないとすべきところが割と盗んでも使えてしまうというポンコツ防犯魔法鍵。こんなものアステールが……つまり教皇の娘が使うか?
『あ、それあの子の部屋の鍵ですね。昔は亜人だから蔑まれていた頃の名残で、本人の希望でその部屋をまだ使ってる筈です』
と、疑問は神様が解決してくれた。いや、アステール……それで良いのかお前と言いたくなるが、それはそれこそ本人に後で言うべきだからぐっと堪える
そうしておれは、受け取りに行くよと告げて水鏡から完全に顔を上げたのだった