蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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遺志、或いは通気孔

おれ自身では流石に連絡が取れないこともあり、アナにとあることを言付けて水鏡を完全に切って貰う。そうしたら、はいと絞った布を桜理が渡してくれたので軽く顔を拭い、石の天井を改めて見上げた

 

 「獅童君、大丈夫だよね?」

 「いや、どうだろうな……」

 「え?」

 「いや、おれは何とかなるし何とかする。だけど、誰か来た時に誤魔化したりは桜理がやらなきゃいけないからさ」

 その言葉に、ほっと息を吐かれて申し訳なくなる。負担をかけるっておれは実質言ってるってのに、それに安心されるなんて何というか情けない

 

 「……うん、頑張るよ。でも……」

 不安げに見上げてくる桜理。その前髪が揺れる

 「獅童君、アーニャ様達と会う地点を言ってなかったけど、それで大丈夫なの?会えないんじゃないかな?」

 と、零れた疑問に何だそんな事かとおれはぽんぽん少女の頭を撫でた

 「心配するな桜理。アナの居るのは来賓用の貴賓室の一個。正面大聖堂からの行き方ならおれも知ってる」

 というか、前に聖教国に来たのは今はもう居ない兄を送りつつアステールに別れを告げに行った時だが、その際に宴まで待つための場として一回おれに向けて供された事がある。アナの周囲の光景から見て恐らくは間違いない

 その時は場違い過ぎると苦笑していたが……あの杖と金の頭輪が描かれた扉は間違いなくあの部屋こと貴賓室猿侯の間だ。あの日の場違いな厚遇が、今こうしてアステールを助けるための行動を簡単に為せる状況に繋がっている

 何より、無意識だろうがアステールはアナの居場所におれが知ってる場を選んだ。意識しているのならばおれが位置を知らない龍姫の間にしたろう。アナは龍姫の腕輪の聖女、本来はそれが正しいのだ

 

 だからだ。だから痛感する。アステールは今も無意識でおれの味方をしている。記憶が燃え消えても、ユーゴに恋してもなお、灰になったかつての彼女の想いがおれをこうして助けてくれている

 ……そうだ。故にこそ、光明が未だ何処にも無くとも諦めるわけにはいかない。一番苦しんでいるアステールが必死に動いてくれたのに託されたおれが勝手に立ち止まってどうするというのだ

 

 「……そう、なんだ」

 「ごめんな桜理、巻き込んで」

 「ううん。良いんだ、アステール様の為なんだよね?」

 「ああ、でも桜理にとっては好きな本の原作者って以外特に何も」

 「……違うよ、獅童君。そうじゃないよ

 獅童君は誰かのために……ううん、誰のためにでも動けちゃう人。だからね、こうして少しでも君の特別になりたい、その為に僕に……わたしに出来ることはしたいんだ」

 えへへ、と見詰めてくる紫の双眸、ふわりと甘い香りが漂う

 

 「……有り難う、御免な?」

 「大丈夫。誰にでも優しいから、わたしにだって意識すらせず手を伸ばしてくれたんだから。気には……ちょっとなるけど、それよりも頑張りたい」

 何だか返事がズレてないか?とは思うがこれ以上は藪なので敢えて無視する。少女の幼い好意に漬け込んで最低だなと毒だけ軽く内心で吐いておいて、ガントレット状にアルビオンパーツを展開

 

 「でも獅童君、本当に天井をって大丈夫?僕にはもう何も分からないっていうか、見分けつかないんだけど……」

 「問題ないよ、桜理には当たらないようにする」

 軽く飛び上がって目星を付けた天井の一角を裏拳で叩くおれ。この他より空虚な音は恐らく数十cmの壁の向こうに通気孔か何かで相応に大きな空気の通り道がある音だ

 

 「……そうじゃないんだけど、自信があるなら信じるよ」

 頭じゃなく別の意味で心配してくれた黒髪少女を横に、おれは右手首に左手を添えて、静かに右目を閉じる

 そして、小さく自身の耳に「アルヴィナ」と語りかけた

 返事はない。ただ、ほんの少しの寒気が背に走る

 

 それだけで大丈夫だ。死霊を率いる屍の皇女、おれと共に戦ってくれる残酷で優しい魔神の少女がおれに散々甘噛みして残した力は確かに起動してくれた

 その内容は勿論死霊術。前みたいに死にかけさせたおれの肉体を無理矢理操って貰うのでは当然ながらなく、周囲の死霊に語りかける補助。といっても効果としては死者の嘆き呻きが聞こえるようになるってだけの呪いなんだが、だからこそおれの呪いによる反転を受けずに力を発揮してくれる

 

 耳に響くのは、この牢で死んでいった者達の声。辛い、苦しい、そんな想いがおれの心に冷たいものを掛けてくる

 が、それに臆せず、ただ聞き続ける。ああ、そうだ。だからこそ、おれに全てを吐き出してくれ

 バチリ、と死者の嘆きを怒りの雷へと変えて戦い続けた鋼の龍鱗が反応する

 

 「し、獅童君!?焼けてる、焼けてるよ!」

 桜理の焦った声とおずおずとした柔らかな感触に目を開けば、右手から煙が上がっている。雷霆がおれの右手を灼いているのだ

 

 「桜理。これは皆の嘆きだ。おれがその苦しみを受け止めないで、どうして力だけ借りられる!」

 今も鼓膜の奥、脳で反響している死者の想い。還るべき場所に帰れずに朽ちていった、宗教国家の暗部に消された者達。その魂は七大天により救済され新たなる輪廻へと既に旅立っていったが、心残りはこうして呪いとしてこの場に染み付いている

 ああ、受けよう。だからその代わり、そんな君達の想いを……現在の|聖教国最大の暗部<ユーゴ・シュヴァリエ>を照らす雷に変えて、おれと共に戦ってくれ

 

 そう告げた時、死者の想い達の行動は様々だった。アルビオンパーツを通しておれの掌を焦がす者、怖じ気たように消えていく者。残るのは半々……いや、4対6くらいで去る遺志の方が多いか?

 

 だが、強くおれに応える遺志がある。深い嘆きと怒りが伝わってくる。これは……

 そうか、とおれは息を吐くと龍姫の印を切った

 

 おれはアステールの父である教皇には会ったが、母を知らない。当たり前だ、貴きものを誑かした邪悪な狐として彼女は……アステールの母は此処で朽ち果てさせられたのだろう。産まれた娘をその手に抱くことすら許されずに

 

 その遺志が、おれに伝わってくる。そんな目に遭ったというのに、死して尚、アステールを案ずる想いが痛いほどにおれを打つ

 

 「獅童君、平気?」

 と、桜理がおれの左手の血を拭いながら問いかけた。知らず知らずにあまりにも強く握り込み過ぎて拳から血が滲んでいる

 「大丈夫だよ、桜理。おれがせめて、その遺志(くるしみ)を背負う。そうじゃなきゃ、手を貸してくれなんて言えるものか」

 そんな心配そうな少女に軽く微笑んで、おれは流石に強く握り込み過ぎた手を振った

 

 「デュランダル」

 呼んでも来るのは陽炎のような実態の無い幻影だけ。が、それで良い。愛刀の代わりなんて話だからな、少し礼儀がなってない

 だからおれは幻の剣を握ると、隣の牢獄へと騎士の礼(膝を折り剣を捧げる礼)を取った

 

 未来を背負う輝きを……貴女の娘(アステール)を、野望のために貪る悪を祓う為に

 小さく応じるようにガントレットが振動する

 

 それを受けておれは立ち上がると、天井を見据え……

 今!と思った瞬間に昇龍とでも呼びたい形で拳を突き上げる!

 

 嵐のように轟く力が吹き上がり……

 「おっ、と。当たらなかったよな桜理?」

 螺旋の溝を抉り取られて、天井の一部がおれの頭の上に落ちてきたのをひょいと掴む。うん、上手く行ったから、案外嵌め直せそうだ。精査すれば当然バレるが、ぱっと見でならば天井に大穴空けたとは到底見えないよう偽装できるだろう……いやちょっと削りすぎて脆いか?

 

 「こっわ……」

 自分の頭より明らかに大きな塊の天井の破片を見て、思わず桜理が身震いした

 「平気か?」

 「うん、あまりの獅童君と僕の差にちょっと引いただけだから……」

 怯え気味だが気丈に振る舞う少女を置いて、おれはひょいと天井に空けた穴から推測していた通気孔が本当に有ったか見て、存在を確認したので良しとそのまま潜り込んだ

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