蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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脱走劇、或いは私刑

ルー姐に用意して貰っていたローブを羽織って聖歌の終わりと共に信徒に紛れ、外に出ては意味がないから途中で帰りの列を離れる

 

 これ大丈夫だろうかとは思ったが、何だかんだ聖歌を聞きに来ただけではなく他にも用事がある者は案外多いようで、各々様々な方向へと散っていく。これならおれが紛れていてもバレはしないだろう

 

 そういえば、上で植え込みに飛び込んだ時に付着していたトゲの破片等を取ったが処分忘れているな。このままだとそのうちおれが彼処に暫く居たことはバレてしまうが……

 どうせ抜け出したことはとっくにシュリ絡みで伝わってるし良いかもう。今何処に居るとかバレなければ、多少警戒させるだけだ。ユーゴ本人は出張ってこないっぽいし、そうそうそれ以外に負ける気もない

 

 いや、正直な話シャーフヴォルにもヴィルフリートにも勝てないけど流石に来てないだろあいつら

 来ていたらヤバイってレベルじゃないが……特にシャーフヴォルはアナに執着してるし、ルー姐が居てくれるとはいえキツい

 

 リンクは切れてはいないが……と少しだけ手を伸ばして悴む指を見て思う

 月花迅雷を呼ぼうとしたらこうだ。悲鳴のような冷たさだけがおれの手に響く。これは恐らくだが……シュリの毒によって今のあの刀の刀身になっている精霊結晶(蒼輝霊晶かもしれないけど、桜理によると使い手によって呼び方が違うだけらしいしどっちでも良いや)の大元である死者の想いが暴走し凍りついているって状況だ

 このままではおれの手元に来れなくなっている訳だな。お陰でユーゴ的に言えばあの日見せたおれ……いや、おれと下門達の本気の姿、尽雷の狼龍スカーレットゼノン・アルビオンへの変身は不可能って判断が出来る

 

 だからこそ、こんなのんびりしてられるんだろうな、彼は。だが、実のところ制御装置をガントレットとしておれが持ち歩いているから簡単に暴走するのだし、おれがパーツを戻せば即座に凍結は解除されて呼び出せるように戻る訳だ

 

 うん、知ってると相手がバカに見えるな、これ。おれが鍵を持ってる南京錠をシュリが掛けておれからの安全を保障してるというマッチポンプというか……

 これ本気でどうしようもないタイミングまで呼べないな?呼んだ瞬間にシュリが一気に怪しくなる。来てるのがラウドラやシャンタなら容赦なく呼んで共倒れ……は無理だろうが、ユーゴが多分負けるそれを狙っても良いんだが……

 寧ろこれなら気を付けるべきはアガートラームが破壊される前にアステールを救う手立て位なんだが、ままならないものだ。いや、穏健派のシュリじゃなければこんなことそもそもやってられないが

 

 兎に角、そうなると決定打こそあれどそこまでの戦力不足が強く露呈する。デュランダルだって呼べないしな

 ユーゴは警戒しまくってるが、その実あれは父さんの剣だ。父さんに必要な今召喚しても来ないだろう

 

 となると、本当に切り札以外が不安すぎるな……と内心で呟き、いや元々かと頬を叩く。アガートラームへの勝ち筋自体は元からあったんだしな、そこまで相手を早々に追い込む手段が無かっただけで。今もその追い込む手段が更に欠けただけって状況だ

 

 少なくとも今のおれにあるのはガントレットとこの肉体、そして……ユーゴの警戒が少しは薄いだろうあの奥義だけだ。あいつだけは魂の刃、重力の影響は受けないしその気になれば素手で放てる。あの一発を本気で上手いことユーゴを抑え込むのに使えなきゃそもそも薄い勝ち目も0ってところだろうか

 というか、アガートラームの動きを止める手段がまず無いからな。ユーゴ本体を傷付けて眩暈でも起こしてくれるのを祈るしかないというか、素で龍覇尽雷断しようが迅雷抜翔断しようが絶星灰刃しようが時間操作とブラックホールで即座に回避されて終わりなんだ。精霊障壁と歪曲フィールドこそ貫けようが、そもそも当たらないのではどうしようもない。奥義でしか傷つけられないのに奥義を当てられないのでは、アステールに手を伸ばす事すら無理だ

 

 どうする、本当にどうすれば良い

 今も答えの無い思考の迷宮を彷徨いながら足が覚えている貴賓室への道を進み……

 

 暫くすれば人気がほぼ消える。この辺りに用がある一般信徒はまず居ないような区画なのだろう。おれの存在も目立ち始めたって状況か

 

 さて、と周囲を見回したところで、不意におれは周囲を警戒する兵士二人と、近くの少年を見付けた。兵士は何時ものって感じの特に違和感の無い鎧の兵、少年は……うーん、この聖都の民では無さげな服装だ。恐らくは巡礼者

 

 だが、何故だ?と物陰からおれは成り行きを伺う。巡礼者がこんな貴賓室近くにまで来る意味はない。だから何かが変だ

 

 そうして聞き耳を立ててみれば、おおよその理由はわかった。そろそろ聖都の宿泊期限なのだが、父親が行方不明だというのだ。だから、兵士や偉い方、それこそ聖女様なら……と少年は訴えていた。

 いやどうなんだそれと少し思うが、必死さは伝わってくる。アナに聞いたところで何一つ分からないだろうなぁ……というのは間違いないんだが、彼のために動けなくはないだろう

 

 そう思ってこそっと通り抜ける隙を伺っていたおれの耳に、どうにも聞き逃せない言葉が転がってきた。即ち……

 

 「あー、どいつの子だっけ?」

 「いちいち知るかよ」

 

 というものだ。つまり、この時点で彼等は……目の前の少年の父親の失踪に関わっているという事が読み取れる

 

 そしてもう一つ、ゲームでも言及されていた暗部の話を噛み合わせると……恐らく少年の父は生きてはいないだろう。聖なる戦士、その贄にされている

 

 いや聖なる戦士って何だよ!?となるが、ゲームだと神の名の元にって人間を生け贄にして強力な存在を造り出す禁忌の魔法とか使ってたらしいんだよな、聖教国。しかも悪気無くだ

 その関係で勇者編だと序盤は敵として聖なる戦士の材料を求めて正義を振りかざしながら人さらいの如く襲ってくる。一応途中で和解はするんだが、その影響でか聖教国ってプレイヤーからの評判悪かったのを覚えてる

 今思えば、アステールが裏で頑張ってくれたから和解とか出来たんだろうなぁ……と思う。あの子は昔虐げられていた事もあって、偉い自分達の為に他人を犠牲にしてもという汚れた特権意識が薄いから、許せなかったのだろう

 

 というかだ、アナ達を拐った人拐いが孤児達を売ろうとしていたのも聖教国だ。まあ割とありがちなことだが、宗教国家なんて一皮剥けば神への信仰より私利私欲優先の優しい顔のケダモノが跳梁跋扈する魔境だ。だからこそ、教皇とかそういった「神の声を聞くだけの者」が上に立っていなければならないのだ。そうでなければ、神への想いより権力への想いに上層部が傾きすぎる

 

 全体が腐ってるわけではない、だが、腐るものは腐る。帝国だって一部は腐ってる。何処だって同じ、寧ろ宗教こそ腐りやすい

 何たって、我は神の代弁者なりと、神という免罪符を得て大きな顔をしやすくなるからな。そこで欲に溺れるのは……悲しいが、あまり責められるものでもない

 偉くなればなるほどに、溺れ堕ちやすい。それが権力という毒だ。だからおれ達皇族は何というか蛮族かって状況を看過している。傲らず、狂わず、己の力が民の為にあることを、権力に溺れて見失わぬように

 

 だが、全員にそれを求めるのは無理だ。正直苦しくなる事がおれでもあるんだ。だから……

 

 「ま、どいつか知らないが父親のところに送ってやりゃ良いだろ」

 「違いねぇな相棒」

 騎士が剣を振り上げた瞬間、おれはフードを相手の剣へ向けて投げ捨てながら物陰を飛び出していた

 

 『馬鹿、兄さん!?』

 馬鹿丸出しだが止めるな始水!保身のために罪もない相手を見捨てる方が余程の大馬鹿、ならおれは此処で飛び出す馬鹿で良い!

 そんな風に内心で思わず止めに入った神様に威嚇しながら少年と兵士の合田に入って、ローブを叩きつけた剣を布越しに受け止める。そして、軽く力を込めて握り砕く

 

 バキッと軽い音と共に砕ける刃に、一瞬兵士の顔が歪む。だが、その直後におれが何者か気がついたのだろう、狂暴な笑みを浮かべておれへと向き直る  

 

 「お前、お前は!」

 直後、二人居る兵士は一斉に魔法を唱え始める。それぞれ、別の魔法を、だが

 それは別に間違ってはいない。寧ろ正しいと言って良いだろう

 「おれか?おれは悪の敵(あく)だよ

 何をしている」  

 それに対して、おれの声は自分でもゾッとするほどに底冷えのする悪夢のような音色をしていた

 

 聞こえてくる詠唱は二つ。ゲームでは詠唱モーションこそあれその中身は聞こえなかったが、此処はゲームではない。

 そしておれも、当然それくらい知っている。魔法ごとの詠唱を覚えて即座に対処が出来なきゃ死ぬからな!

 片方は恐らくは打ち上げ花火とかそういったおれの存在を伝えるもの、そしてもう一個は!

 

 「ライトニングアーマー!」

 そう、ゲームでも割とお世話になる雷属性の補助魔法だ。触れたものに強力なカウンターの雷を与える魔法で、聖女を護ったりするのに役に立つ防衛向けの魔法。確かに片割れが危急を告げる相方を護るってのはある意味理に叶ってるだろう。だがな!

 

 「ルー姐、借りるぞ!」

 ぐっ、と拳を下段に構えるおれ。そして……

 「旋流、翔撃波ァァッ!」

 一気にアッパーの要領で突き上げる!

 当たらない軌道だが……そもそも当てるものでもない!音速を越えた拳により周囲に発生した嵐は……触れずに相手を吹き飛ばす!

 爆風のような風に煽られ、雷撃の鎧を纏わされた兵士の身体が斜め上方へと打ち出され……

 

 「へぐぇっ!?」

 魔法を詠唱しきる前に、近くにあった白亜に紫屋根の建物の天井の出っ張りに頭を強打。手から魔法書が滑り落ち、一拍おいてガシャンと鎧の落ちる音が響く

 

 いや、やりすぎたか?と思ったが、意識が落ちただけで流石に首の骨が折れたとか無さげだ。殺してしまっては、おれの方が余程堕落してるからこれで良い

 

 「っ!?相棒!?」

 困惑したような声が兜の奥から響く

 当たり前だろう。ある程度あの場で内容を考える伝達魔法より、魔法を唱える相棒を護ると決まってるから事前準備が出来る雷纏の魔法の方が早く発動できる。それで安心していたらその相棒が即座に落とされたのだから

 

 「な、何を」

 「確かにライトニングアーマーは魔法が使えないおれへの対策としてはかなり有効だった魔法だよ

 でもな?直接触れなきゃカウンターは発生しない」 

 「忌み、子」

 「欲に落ちるなとは言わない、恐怖に従うなとも言えやしない」

 冷たく、告げる

 

 「ただ、私刑だ。おれは(おれ)の自分勝手な意志で、それを裁く!

 神々に仕え反省しろ、このボケ共がぁぁっ!」

 相手が更に魔法を唱える前に、寸止めになるような距離から振り抜いた右ストレートの掌底

 その圧に吹き飛んだ兵士は相棒の横で厚い白亜の壁に埋め込まれて動かなくなった  

 

 うん、直接当ててないし生きてるから良し!

 と、何が良いのかおれでも分からない自己弁護をかましておいて、少年に向き直る

 

 「大丈夫……じゃないな、少年。だけど一応聞く、平気か?」

 そうして手を差し出したおれに向けて、小さな少年は怯えたような目を向けたのだった

 

 「お兄ちゃん……忌み子、なんだよね?」

 「まあ、忌み子だが今は君を助けようとしてるだけだ。そう警戒は……」

 「……ごめ、ん……」

 突然謝られて面食らうおれ

 その眼前で、少年の体内から謎の鼓動が波打った

 

 「っ!」

 これは……魔道具か!少年に化けて……

 じゃない!これは下門の時と似た、爆発の魔道具!

 「忌み子、殺さなきゃ……」

 

 ぎりりと奥歯を噛む

 「ユーゴぉぉっ!」

 あいつ、二段構えか!おれを釣り出すような芝居をさせておいて、本命は危機的状況に置かれた少年の体内に仕込んだ爆発。それでのこのこ介入して少年を助けたおれを吹き飛ばそうと!

 

 「……忌み子を殺せば、これで

 父さん……」

 親を人質に取られていてなのか、或いは死んでいるその身元に行けると思ったか。ポツリと寂しげに呟く8歳前後の少年

 

 始水!

 あまり頼りきりたくはないが、それでも内心で叫ぶ

 『何ですか馬鹿兄さん!?』

 今すぐ少年の体内の爆弾の位置を

 『無理すれば分かりますが暫く何も干渉が』 

 そんなものどうでも良い!どうせ轟火の剣も尽雷の狼龍も使う訳にいかない!だから早く!

 『自力で切り抜けてくださいね兄さん、右脇腹です』

 了解助かった!

 

 脳内でのやり取りを即刻で終わらせるとおれはガントレットを起動

 

 「……父、さ」

 「悪いな少年、目茶苦茶荒っぽいぞ!」

 即座に指先に爪のように伸びた結晶で少年の脇腹を抉り、精霊結晶で傷口を凍結

 「イヅッッ!?あ、え?」

 痛みに顔を歪めた少年が、すぐに冷気に意識を奪われくたっとなる。倒れるその身体を抱えれば、抉り取った腹肉の内部で脈動するのは乱雑に切って埋め込み魔法で塞いだのだろう小さなビー玉大の魔法の爆弾

 

 っ!舐めてるのかあいつは!このサイズの爆発はまずおれを殺せない。少年を爆散させるには十分だが、そこからおれを殺すには何回りも火力が足りてない。アガートラーム絡みの相応の手段で火力を上げている様子もない

 目の前でこの子を殺しつつおれに手傷を負わせる事が目的か、性格の悪さが滲み出てる!

 

 が!

 「舐め、るなぁぁぁっ!」

 結晶に閉じ込めるのは簡単だ。だがそれは何時かその封が解けた瞬間に爆発し何処かで被害を出す。ならば両の掌で爆発を抑え込む!

 掌の中で吹き荒れる熱嵐。けれどこんなもの、同じ嵐ならアドラーの一撃の方が何倍も重かったし痛かった!こんな、想いのない攻撃など……っ!

 

 「っ、ぐぅぅっ!」

 抑えきれずに腹に押し付け踞るような体勢で威力を殺す

 

 その甲斐あってか、被害は掌と臍付近が爛れた程度。物理的な火力の爆弾だからか耐えられた

 

 「っ、効かないって、の。アドラーに習えよ、馬鹿ユーゴ」

 誰も聞いていない一言が漏れる。今はリンクを無理矢理乱用した反動で始水すら聞いていないしな

 あ、シュリは聞いてるか。ってそれは良いや、そもそもが単なる強がりだ

 

 それよりも、抑え込んでも多少のくぐもった爆音と閃光は周囲に響いた。すぐに沢山の兵士と、ともすればユーゴが駆け付ける。その前に!

 おれは爛れた手で意識のない少年を担ぐと地を蹴った


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