蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
するりと中に入れば、ふわりと薫るのは花の香り……なんて事はない。生活感の無い桃色の部屋がおれを出迎える
いや、別にがらんとしている訳ではない。ちゃんとベッドもテーブルも本棚もなにもかもあるし、床には元々ベッドの横の小さな机の上に置かれていたんだろうなぁ……と分かる首の取れたデフォルメされた白い服の少年らしきぬいぐるみが首が半ば取れた状態で転がっている。腐ってはないが何だか魚介っぽい?変な匂いまでする
うん、このぬいぐるみとか手製だし、元々一人の女の子が暮らしていた痕跡は沢山あるのだ。白服のぬいぐるみが変にちっこい二股尾の狐のぬいぐるみを抱いてるのが何だか笑えてくるが、まあそこはアステールの好みとして置いておこう
だが、自棄に生活感がないのは、恐らく部屋の主が最近は一切部屋に帰っていないから、なのだろう。そう、さっきのぬいぐるみとかは位置的にかなり大事にされていたろうに、床に落ちたまま放置。そして少しだが埃まで被っている。普通あり得ない
いや、まあ、こうなるのは分かっていたとはいえ……と思いながら奥歯を噛む
そうだ、どうにか出来たんだろう?何処で何をすれば良かった?何をおれは間違えた?
そうして自分を責めたくなるが、つぶらなバッテンで縫われたたぶんおれを模したろう白い衣のぬいぐるみの視線がそれを止めてくれる
そうしてアステールが何だかんだ割と好いていた桃色の部屋の中で立ち尽くせば、扉の鍵が蠢く音が耳に響く。おれが回した時はすんなり開いたが、何だか引っ掛かるような音を立ててゆっくり鍵が回る
ちっ!と思いながら、おれはこっちの方がアステールらしいと思ってしまう長らく使われていないだろうぴっちり整理された白い枕に青い色の掛け布団のベッドの下へと飛び込んだ
そうして息を潜めれば、豪奢な靴がベッド下の隙間から見てとれる。うーん、豪華だ。おれが良く履いてるのは鉄芯を入れた高下駄やシンプルな魔物素材なんだが、それとは比べ物にならない高級品だろう。宝石なんて各所に散りばめてるのは高いに決まってる
リリーナ嬢に贈ったドレス用の靴とかはつま先付近を彩るように桃色の石を一個あしらっているし、実はそれがリアクティブアーマーみたいに魔法反応で炸裂して一瞬バリアになる機能とか付けてるが、これはそういうのじゃない。というか、起動したそうした防壁石って近くに密集させると互いの存在に反応して炸裂するから、これは単なる宝石でマジの成金趣味だ
「ま、ステラの部屋に入れるわけ無いか。鍵どうやって得たんだって話だ」
聞こえてくるのはそんなのほほんとしたユーゴの声。此処で仕留めれば終わるならどれだけ楽だろう。が、ぶっちゃけ此処で殺すのは簡単だが、どうせ蘇ってくるんだよなぁ……おかげで取れる手段が限定され過ぎる
蘇った瞬間のリスキルは恐らく神の手によって対策されてる。つまり此処で首を跳ねても外で蘇生してアガートラームが飛んでくるんだよな。それさえなければ隙だらけのユーゴの事、アガートラームと対峙せず勝つのは難しくないんだが……
何て思っていれば、ベッドの下でも分かる乱雑な歩みで少年は色々と漁っているようだった
「ってか、ステラも何だよ、『何か隠してた気がするけど場所を覚えてないねぇ……』って。ふざけてんのか」
と、その言葉で理解する。アステールが部屋に何かを用意していて、記憶が燃えてユーゴ側になってからおれ達の為に何か置いてたような……と伝えた。結果として今ユーゴがそれを探してるという訳だな。置いた時の記憶は燃えているから、具体的に何をどう置いていたかは分からないと
とそれを理解して耳をそばだてていれば……青年はあまり探さずにおれが隠れるベッドの上に乗った。そして、暫く上でギシギシという音がしたかと思えば……
気がつけば、何か白い液がポタポタと床に垂れるのが見えた。うん、汚ったねぇ……と愚痴りたくなるが我慢して相手の出方を伺う
流石に相手はユーゴとはいえ、おれの存在に気がついていて、かつおれから仕掛けてこないだろうと見切った上で演技で隙を晒していた可能性はまあ十分ある。というか、その方が手強いがそうであって欲しいまである
流石に見てたくはない。その想いを堪えて身を強張らせていれば、何かを探すような音が聞こえる。覗き込まれてもばれないように必死にベッド下部の枠組みに貼り付くが、すぐにユーゴの足は止まった
「って、そんな重要なものが隠せるはずも無いか。来てからコフィンに入れるまで、なにか出来たのはほんの少しの時間だ。外にも出られないし、何が出来たってんだ
ってかイカくせぇ!?後で掃除させるか?いやでもステラの部屋に他人を入れるのは」
そんな事言ってるが当におれは侵入してるぞ?と内心で少しだけ馬鹿にしていれば、バタンと乱暴に扉を閉じて苛立った足音が遠ざかっていった
で、だとベッドの下から這い出る
うげ、白くてべったりしたアレが手に付いた。がまあ、後でそのぶんもユーゴをぶん殴ろう
切り取られた元々汚れた袖だけのアレで手を拭い、改めて部屋を見る
探れど気配はない。誰も来ていない。そう確認して、じっくりと今度は冷静に見回せば……
違和感に気がついた。ベッド横の卓に何もない。ぬいぐるみが雑に落ちてる以上変に何かが持ち去られたってことは無いはずなのに、がらんとしている
他は本当に連れ去られる寸前までのアステールの生活していた痕跡が埃を被っているのに変じゃないか?
普通、ベッド横の卓って時計やベッドランプを置かないか?そうして夜本を読んだり、目覚ましをならしたりするのが役目のはず
というか、だ。近付いてみれば本気で呆れた。良く良く見れば一部だけ四角く埃が積もっていない。此処に何かありますと言ってるようなものだろ、気が付いてなかったのかユーゴ
敵ながら頭を抱えたくなりながら手を伸ばせば、透明な何かに手が当たる。魔道具の隠しボックスだな、たまに売ってるのを見るが高いし置き場を忘れると面倒だからおれは買わない
が、基本的に開けるのは簡単だ。鍵は見えなくても手で簡単に開けられる奴だし、手探りで……と手を動かしてみれば、壊れた錠前に指先が触れた
いや、これもうユーゴが見付けて中身見た奴か?その場合は中身に期待は出来ないが……と思いながらも一応開けてみれば、やはり中身は透明化の魔法が効かずに見える。外側に魔力を張り巡らせれば周囲に溶け込むステルス迷彩効果のある素材を使ってるって事だから、開ければ中身は見えて当然だけどな
で、中身はといえば、一冊のノートか
悪いと思いつつ取り出してみれば、すてらのーととあった。内容は……ほぼ夢日記。こうなったら良いなという未来を描いた、少女らしい妄想ノート。くるっとまるっこく小さくて、そして少し下手な文字列が、かなり昔のものであることを理解させてくれる
そして捲っていけば……おーじさまと出会って恋に落ちるとか楽しげに妄想していた幼き日のアステールの書き物から、栞が挟まれた地点を越えるとがらっと趣が変わる
とある点からはほぼネタ帳だな。魔神剣帝シリーズの基礎設定とか、こういうのどうだろうというアイデアの走り書きとか、大まかなストーリーを考えるためにアステールが書き留めていたのだろう様々なものが、本人さえ読めれば良いとでもいったように取り留めも纏まりもなく書き殴りされている
うん、大事なものだけど、ユーゴにとって何も価値はないな。おれにとっても……特に何かの糸口にはなりそうも
そう思いながら、ふと手帳を戻そうとして
おれの指が、底に触れた
っ!違う!この箱二重底だ!
何で気が付かなかった!?
いや違うと頭を振る
寧ろだ、どうしてそこにあると気が付けないものを今おれは気が付けた?
あると分かって良く良く観察すれば、その二重底構造に対してとても強く聖域魔法が掛けられているのを感じる。それで誰も気が付かなかったのだろう。元々隠された箱の中身が単なる乙女の秘密という事で、もうそれ以上を探ろうと思わない精神的な落とし穴もあったのだろう
そこまでされていて、何でおれが今気が付く?
そう疑問を溢しながら二重底の蓋を開けられないか更に指を滑らせた瞬間、箱が輝いてフワッと何かが飛び出してきた
『おー、隠しに気が付いた者よ。誰なのかなー?
ステラのおーじさまでないことだけは確かだよねー。だって、おーじさまが心配しちゃうだろうから、ぜーったいにおーじさまにだけは見付からないようにって全力で聖域唱えたもんねぇ……』