蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
楽しげに、語るような口調で書かれているのは、ほぼおれへの告白といっても良い文言の数々。なんでこんなものが遺書になってと思いながらも、おれはそれを読み進めていく
何というか、しっかりしたように見えて、小説の原作までやって(ちなみに魔神剣帝シリーズの作者欄を良く見れば分かるんだが、原案:星野
と、上質な紙が濡れてかたわんだ辺りに差し掛かれば、雰囲気が変わる
『……おーじさま。ステラのだいすきな人。神様からアステールっておほしさまのお名前を貰ったステラの、真っ暗な空に光をくれた、ステラのステラのお星さま』
ぽたぽたと落ちたろう涙で文字が最初から滲んでいる。泣きながら書いていたのだろう、その文章の読みにくさが書き手の心境を教えてくれる
『そんな貴方の光が、キラキラと輝いていますように。ステラはずっと願っていたけど、限界みたい
ほんとーは、誰かのためにステラから借金までするおーじさまの為に、ステラがずーっと保護してあげたいよねぇって思いで結婚したかったけど……それももう出来ないから
おーじさま、ステラノヨイチシステムで貸したままのお金、返してね?』
読んでていきなりの事にいや何でだよとツッコミを入れる。ヨウカでイチバイになる、つまり利子0という凄い金利の借金だったが……
いやまあ、アステールが優しくおれの為だからと無利子で貸してくれるのを良いことに5年以上借りっぱなしのおれ自身今思えばどうかと思うが、機虹騎士団の運営費やLI-OHの維持改造費、孤児院の費用にと散々出費が嵩んでおれのポケットマネーじゃ足りなかったんだよな。お陰で今こんなこと……いや可笑しくないか?遺書で金返せって何だそれ。遺族に遺したいとかか
『お互いに成人してから根回しして逃がさないーって、結婚しか無いよおーじさまって言いたかった分、あの沢山の借金の分、最期にステラにちゃんと返してくれるよね?』
いや返す、返す気はあった。結婚は兎も角、世界を護りきって、機虹騎士団が役目を終えて規模縮小出来るようになって、ついでに孤児院の皆が自立できたら、後はレオン達の給料払っても金に余裕が出来るから返していこうと思っていた
だが、ここで念押しするように言うということは、きっと返すとは単純に金の事ではなく……
『だからおーじさま。ステラのお星さま。ちょっと酷いことだけど、あのお金の分で、依頼するね?
「ステラを殺して」』
ギリリと奥歯が軋む音が耳に届く。握りすぎた紙が握力だけで摩擦熱を起こし、火が点きかけて慌てて指で抑えて沈火する
『あー、無理だーって思ったかな?やりたくないよーって感じてくれたのかな?
ごめんね、おーじさま。ステラだってこんな言葉、書きたくないよ。でも、きっとおーじさまがこの遺書を読んでる時、ステラはおーじさまを嫌って、ユーゴさまの為に動いてるんだよね?神様が教えてくれたんだ。魂の柩に閉ざされた後のステラがどーなっちゃうのか』
滲んだ涙よりも、荒れた文字が心境を更に伝えてくれる
『勿論、おーじさまが今からステラに聞いたらどう答えるかは分からないよ?でも、それはもうステラじゃない。まっくらだったステラの未来を照らしてくれたお星さまの事を忘れちゃったのは、もう別人だから
ステラ、これ以上おーじさまに迷惑をかけたくないから。貴方の光を翳らせることが無いように、これ以上貴方を傷つける前に、ステラをまだ貴方がアステールって呼んでくれる気になってるうちに……ステラを終わらせて欲しい』
やるせない思いにかられ、手紙を思わず引き裂いてしまわぬように離した右手を虚空に向けて振り切る。力を込めすぎて衝撃波が壁を打ってしまい、ぱらぱらと破片を落とす。
『うーん、困っちゃうよね?どーすればって思うよね?
だいじょーぶ、最後の切り札は此処にある。ステラだって、無理なことおーじさまに頼んだりしないよー?』
いや違う、倒せない……訳じゃない。死に物狂いで戦えばアガートラームとはいえ最早逆立ちしても勝てる可能性が無い相手じゃない。0.02%前後の勝率は多分ある、無理とまではいかない。寧ろ、問題は
『それとも、敵になったステラでも、昔のステラの事があるから敵だと思いたくないって、考えてくれてるのかな?ステラを殺したくないって、悩んでくれちゃうのかな?
ありがとね、おーじさま。そしてごめんね?
でも、ステラもそれは同じこと。ステラね、例え記憶が消えちゃっても、その時には別の思いに置き換わっていても。それでも絶対に、もう大事な人を傷付けたくない、殺したくないんだ』
ただ、読み進める。最早何も考えない。考えたらこの手紙を引き裂いてしまう
『だからね、おーじさまも辛く思って欲しい気持ちもあるし、本当は言いたくないけどね?お願いだから、無理はせずにステラを終わらせてね。まだ貴方を酷く傷付けない昔のアステールへの想いが、残ってるうちに』
口調は明るい、遺してる文字からは空元気が伝わってくる
『そんなおーじさまに、ステラから最後のプレゼント。実はーアガートラームを止める方法があるんだよー
あー、変なこと考えちゃったかなー?せーかくには、コフィンをきょーせーかいほう?して暫く動けなくすることが出来るんだー』
その文にほんの少しの希望を感じる。コフィンを開放するということは
『おーじさま、きょーせーかいほうっていうのは、ステラを助ける為じゃないよ?
ほんとーは何とかしてコフィンから外に出してあげる手段を見付けた後に助け出すためのものだったらしいけどー、結局彼等はそれを発見することは無かった。
だからね、このコマンドはこれ以上苦しめる前に、全てが消えていって壊れきってしまう前に、愛する人を葬る為のもの
。コフィンの中は魂の力を燃料にする為にトロットロ。外に出したら壊死して崩れちゃうからー、助けよーとか無理しないでね?おーじさまには、絶望とか似合わないよ?』
奥歯の先が折れる。情けない、こんな言葉を、遺書を書かせる事が情けない!
『そうそー、そんなふーなステラはもう死んでるから、終わらせることが救い
だからおーじさまは、アガートラームと対峙したらこー言ってね?「ポーホロヌィY10-14B……さようなら、ステラ」って。前のコマンドで機能がonになって、後半でコフィン強制解放。だから前と後ろは少し間を開けてもおっけー!
でも、気がつかれないよーに出来たら一気に言ってねー?』
視界が滲む。読みにくいそれを、使命感だけでずっと読み続ける。
『えへへ、これで全部。あんまり長いと、ユーゴさまが何してるんだーって来てバレちゃうからね
だからごめんね、おーじさま。さようなら、有り難う。ステラの……わたし、アステールの明日を照らしたお星さま。くやしーけど、貴方の事は、結婚はもう極光の聖女にお任せするしかないかなー?
ちゃんと、ステラを助けて……殺してね?
貴方の目指す明日に陰りが無いことを。魂が燃えたら神様の御元にすら辿り着けないけれど、どうなろうがずっと祈っています』
「…………こんの、アホテール……っ!」
最後まで読みきって、何とか絞り出せたのはただその一言だけだった
「覚悟なんて出来てないんだろ、なら!なら……
こんなの書くなよ」
すっと指でなぞるのは、最後付近のたった一行。ほんの少しだけ漏れた本音
書き直しているし、予防線も貼っている。だが、思わず漏れてしまったその言葉を、見逃す筈もない
「素直に言ってくれよ、ステラを助けてって!似合ってないんだよ、この馬鹿!アホテール!」