蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
遺書を握り潰し、顔を落とせば……おれの影が揺れている
「シロノワール?」
そう呼んでみたら、今は居ない筈の烏が不意に顔を出した
「っお前本当にシロノワールか?」
何者かが化けているのかもしれない、そう思いおれはもうくしゃくしゃになった遺書を握りしめたまま拳を静かに構えるが、八咫烏は動じずに翼を打ち振るった
「その通りだ、疑うか、貴様等の死を」
あ、これシロノワールだ。おれは基本ずっと彼をシロノワールと呼んでいるし、彼もテネーブルとしての本性を顕にすることはあまりない。だからテネーブルらしい言い回しをしてるならまず本人……本鳥?だ
「いや、リリーナ嬢のところに残ったんじゃなかったか?」
「王子がきっと困ってるとアルヴィナに言われて来ただけだ」
「というか、魔神絡みのものには引っ掛からなかったのか」
「魂だけの姿ならばな。実体を持って活動すれば忌々しいこの空気に混ざった魔法に当てられるだろうな」
と、八咫烏は軽く頭を振った
「で、何をそう苦悩している」
静かな言葉
「分かるだろう、アステールをどうやって助ければ良い」
と、バシリとおれの額が
「そんなことか。やはり阿呆か、人類」
「いや、真剣に」
「アルヴィナが私を頼るわけだ。そんな体たらくでアルヴィナを娶れるとでも思うか?もっとしっかりしろ貴様、呆れて物も言えなくなる」
呆れたように翼を閉じる魔神王。まるで正解を知ってるようだが、おれには到底思い付かない
「いや待ってくれシロノワール、どうやれば」
「それは貴様が一番知っているだろう?といっても、私自身も救いだし方は知らんが、どうせ貴様等の事だ。想いの奇跡でも何でも起こして魅せるのだろう?」
「その想いを!燃やされた今のアステールは抱けない、だから!」
静かな混沌の瞳がおれを射抜く。不機嫌そうに腕を組んだ魔神王が魂だけの姿でおれを蹴る
「阿呆。貴様はその回答を当に知っている筈だ。何を眼を曇らせている。見捨てて欲しいか
貴様自身が言っていたろう。『無意識におれを手助けしている』と」
「だからって」
完全に呆れた顔のシロノワールが蔑むように肩を竦めた
「
見たろうが、心の奥の真の願いを引き出す術を。其をもって産まれた怒れる鋼の戦士を」
その言葉にひとつの物に思い至る
そう、心毒である……が
「アマルガム?だがあんな欲望に狂い果てる猛毒なんて、幾らなんでもアステールに向けて」
とその時、夢を思い出した。おれが見たあの夢では、アーシュはこれ以上毒性を強めたら願いで苦しむんじゃよと泣いていたっけ。あくまでも勇気を持って……一方踏み出せない夢のために行動できるように、勇気と力が湧いてくるそんな優しい毒を、夢に狂い苦しむ精神暴走の毒にまで濃くしないでと叫んでいた
結局、夢の中ではおれが間に入ったけど、現実にはおれは居ない。あれがシュリの過去の話ならば、仕方なくあの子は毒性を強め、結果的に出来上がったのが今のイアン達を狂わせた心毒アマルガム
と、すれば……
「そうか、毒性の弱い本来のアマルガムなら、アステールの精神を暴走狂化させることなく、心の奥に未だに残ってる願いを増幅させられるかもしれない」
『「はい、それさえ出来たなら……」』
と、聞こえてくるのはそんな鈴の鳴るような透き通った声
「っ、アナ!?」
『「ごめんなさい皇子さま、心配しすぎて水鏡で少し前から独り言聞いちゃってました」』
言われて取り出せば、確かに持ち運べる透明な水筒の水面に少女の姿が映されている
『「でも、言いたいことは本当です。神様の奇跡は本当に頑張って、それでも後は祈ることしか出来ない、そんな人にこそ与えられるもの……っていうのが、七天教です
奇跡は祈れば起こるものじゃなくて、必死に人間に出来ることをやりきってから祈ってこそです。だから、アステールちゃんが祈ってくれないときっとわたしの奇跡……与えられた腕輪の力も何にもお役に立てませんけど」』
キリリとした顔で、真剣な眼差しで少女は水鏡越しにおれを見つめる
『「アステールちゃんがあれだけ頑張って皇子さまの為に切り札を遺したんです。その切り札を使って、皇子さま達が必死にそこまで繋いで……そこで助けてって伸ばされた手を、掴ませてあげられないならわたしは聖女失格ですし、神様だって神様失格ですよ?
皇子さま。皇子さまがぼんやり読んでましたけど、こふぃん?の外に出したら元々体が魂に干渉できるように崩れてるから壊れて腐ってしまうんですよね?だから、二度と出られないんですよね?
奇跡なら起こします。大切な友達すら助けられないなら聖女なんて言えませんから。わたしと、この聖女さまの力をわたしに貸してくれる腕輪の力で!その状態異常、治してみせます!
それが、貴方が、リリーナちゃんが言っていた極光の聖女の力ですから!」』
あまりに強く言われて思わず面食らい、反応が遅れる
だが……一理、あるかもしれない。あくまでもAGXの話は、意味不明の進歩を遂げていてかつファンタジーな敵と戦っていたとはいえ、基礎は現代地球ベースのはずだ。技術体系に魔法なんて奇跡の力は当然組み込まれていない
だからこそ助ける手段が無かったとして、この世界には治癒の魔法がある!体がもうまともに外気に耐えられる状態じゃない、謂わばドロドロに溶けた姿だとして……それでも生きているなら!そこから魔法で治せる可能性はある!
もう迷うな!賭けで良い!どうせ失敗しようが、手がなかったのと同じ!希望があるなら、可能性は低くても構わない!
「アナ!」
『「はいっ!」』
「仕掛ける時までに君に七天の息吹を何とかして託す!おれがアステールをコフィンから救いだしたなら、即座に奇跡を信じて使ってくれ、頼む!」
『「任せてください皇子さま、きっとアステールちゃんを助けますから」』
「ああ!だから……危険なんで少し水鏡は切っててくれ」
そう言えば、割とすぐに少女の姿は水面から消失した
が、これで良い。少しは希望が見えた
「有り難う、シロノワール」
「知らん、礼など要らん
そもそも、私に言われるまでもなく気がついていろ、滅ぼす際に抵抗すら出来なさそうで興醒めだ。私達を封じた人類共はここまで墜ちたか、とな」
言い方きつく、八咫烏は烏に戻るとおれの影へと飛び込んでいく。が、もう流石に分かる。言い方キツいのは割とツンデレというか、馴れ合う気はないって自分に言い聞かせてるからか当たりが強くなってるんだよな、多分
「……ああ、でも助かった」
言っておれは、おれがうっかり少し砕いてしまった壁に向けて視線を向け、それを更に上げた
「……で、だ。いい加減出てきたらどうだ、ディオ?
さっきから気配がした。居るのは知っているぞ?それとも……ユーゴに伝えに行くか?」
もしも彼が敵に回ることがあればとばかりに構えて威圧する。味方なら素直に隠しから出てくるだろうし、敵なら逃げようとするだろう。天井裏に現れたろう相手におれは静かな視線を向けて……
「やはり、アステール様の皇子殿下は見抜いていらっしゃったか
すみませんが、流石に教皇様の娘の部屋に天井裏からの侵入は……ということで、天井の隠し扉も部屋の内から施錠されているのです。本来は少し前に出ていきたかったのですが……」
雰囲気ぶち壊しの真実におれは思わず右手を額に当てた