蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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異伝、銀龍と見る笑顔の終末

「……何じゃ、お主か」

 ユーゴに面倒臭げに用意された大教会の一室。ご機嫌に自身の体内に蓄えられた毒を一部指先を切って血で出来た石として抽出、そのまま小指で転がして毒性を調節していた銀色の龍神は、部屋に現れた男の姿を見て尻尾を垂らした

 

 「ご機嫌なようで何よりですよ、我が終末よ」

 静かな声音で深々と一礼するのはこの場にはあまりにも似つかわしくない黒い神官服の青年。その服装は何処か地球という星に存在するキリスト教と呼ばれる宗教の神父にも似て、明るい色を基調とする七天教のものではない。胸元に光る聖印も、三頭の蛇が輪を描く意匠である

 

 「……そう、じゃな」

 それに比べればこの地に溶け込んだ白い服を見下ろしながら、ぽつりと毒龍シュリンガーラは呟いた

 「分かっておる。解っておるよ

 儂は終末、世界を腐らす邪悪な龍」

 「ええ、貴女様こそ僕等が求めた尊き終末の神」

 何よりも目を引くのは、その顔に被った優しげな顔をした白い仮面だ。慈悲の笑みを浮かべる聖人の像をそのままかたどったような白い仮面に覆われその下の表情は窺い知れない

 

 「ですので、あまり危険な行動はお控えください、我が終末よ

 あれは危険な男です。心地好い猛毒、人を狂わせる勇気という名の狂気」

 「……そのような事、儂自身が何よりも知っておるわ……」

 逃げるように目を伏せ翼を固く閉ざし、龍神は絞り出すように呟く

 

 その脳裏に蘇るのは、今の肉体からすれば未来の出来事にして、過ぎ去った最早取り戻せぬ過去

 勇気を標榜し、仲間を鼓舞し、それをもって敵国を焼く。勇気と勝利の大虐殺の光景。それをもたらしたのは、他ならぬ少女の与えた心毒であり……

 

 「勇気など狂気と同じ。全てを灰に覇する力と同質の怪物

 分かっておる、分かっておるよ……」

 「ええ、その通りです我が終末よ。所詮勇気は無謀の境地。歪み良き終末を崩すものに過ぎません。あまり、我等六眼だからといって期待を持ちすぎませんよう」

 「……儂自身、勇気を信じる愚は一番理解しておるよ、我等が笑顔(ハスィヤ)

 告げながら、寒そうに龍少女は己が纏った外套……話題に上がっている勇猛果敢(ヴィーラ)より贈られたそれの前をきゅっと強く閉めた

 

 「故にの、そこまで儂の眼が節穴じゃと責めずとも良かろう?」

 「ええ、申し訳ありません我が終末よ。御理解戴けると当然信じておりましたが、つい口が多いのは我が悪い癖というものでございますよ

 良き終末を覆し、凡百の下らぬ三文芝居へと貶める。それだけは僕としては許せぬ悪行ですので。それを為さんとしかねぬヴィーラなど、そもそも我等六眼として存在して良いものかと、どうしても思わずには居られぬのです。ご容赦を」

 くつくつと、言葉の表向きとは裏腹にあまり反省の意図はなく、青年は深々と礼をする

 

 「では我が終末よ。良き調整をなされたこの石を授けて頂けませんか?」

 「まだまだ濃いものじゃよ。お主が先程言ったばかりであろう?『勇気とは無謀』。ならば、このような毒に価値は無かろ?何故欲しがる?」

 怪訝そうに、自分が今作っているアマルガムに向けて手を伸ばす配下に向けて毒に染まった緑色の左目を上目に訴えるシュリンガーラ

 が、それには慈悲の笑みを崩さず……いや、仮面であるがゆえに崩せずに気にすることはありませんと青年は止まらずに応えた

 

 「ええ、勇気は愚劣。それは確かでしょう。我等に相応しくなど御座いません

 しかし、我が終末よ。貴女様がその【情動(ラサ)】の力を持つように、アマルガムが下劣な勇気を解き放つように……」

 ぽん、と青年の手袋に覆われた手が銀の髪に触れ、思わず銀龍は翼を拡げた

 そうして微かに毒性を持つ凝縮された赫き龍気を翼脚を軸に前方へとそれこそ背負った砲身のように展開させた翼節の先に灯し……そのまま、消し去った

 

 「おやおや、如何しました我が終末よ」

 「悪いがの、お主も識っておろう?

 儂は、他人にこの身に触れられることが到底好みにはなれぬ。どのような目に逢い、狂わせてしまうか検討がつかぬ故にな」

 「これは異な事を」

 なおも抵抗したがらないのを良いことに少女の頭を折れていない方の角を掴んで胸元に抱き寄せ、青年はその耳元に囁く

 

 「我等六眼に死は一時の事。それが貴女の祝福でしょう?

 我等に終末はなく、貴女の為に良き終末を産み出す者。狂わされても構いませんよ」

 「止めよ!」

 嫌悪を込めた叫びが部屋に強く響き渡る。そして……

 

 「おや、我が終末よ。僕の胸元に甘えてくださるとは、忠義への御褒美でしょうか?」

 「逆じゃ。判れば離れよ」

 「まこと、我が終末は芽吹きし残り二柱に比べて非常にお堅くいらっしゃる

 ですがこの笑顔(ハスィヤ)、それもまた好ましく思いますよ」

 名残惜しげに仮面の人は掴んでいた角を離し、ほんの少しだけ距離を取る

 

 「儂は人の心がまだ解せる故の。他の儂ほどに興味を抱かん訳では無い

 折角の眷、壊れるならばそれでも良いとは思えぬからの。こんな毒龍の身体を貪ろうなどと、思うてくれるな

 ラウドラ達ならば当にされ飽いたと身体くらいくれるであろうがの、儂は他人と交わりそやつを壊す気にはなれぬ

 何度目かの、儂に手を伸ばして醜い情動ごと吹き飛ばされるのは」

 翼の節同士を擦り合わせ、身震いしながら寒そうに男から距離を取り、火の無い暖炉へと逃げ出すシュリンガーラ

 

 「幾度でも告げる。欲しければ他の儂の身体を貪れ」

 「おやおや本当に手厳しい。僕は貴女様によって目覚めた六眼。貴女のための終末の使徒。真に心が求むるは、貴女の笑顔(ハスィヤ)であるというのに」

 「……嘯くのであれば、せめて仮面を外し、己の身に宿したかの真神より与えられた力について語ってはくれぬかの」

 「ああ失礼。この顔、人に魅せるものでは無いと思っていたゆえに、貴女様の前でも外すことを忘れておりました」

 言いながら、堂々と、自慢げに、ゆっくりと青年は己の仮面を外す

 その下から現れるのは、さっきの言動から受ける印象とは真逆と言っても良い珠玉の白肌。傾国の美少女もかくやという病的な白さのキメ細やかな肌に切れ長の青い瞳

 「マーグ・メレク・グリームニル、一生の不覚というもの

 これでは、神父失格も遠くはありますまい」

 すれ違えば男ですら振り返るだろう。人間離れした美貌の青年は、それを誇示するかのように銀龍に告げながら、逃げ出した少女が置き去りにした血石を指先で摘まむと、それを恭しく絹のハンカチで包むと胸元のポケットに仕舞いこんだ

 

 「本当じゃよ、我等が笑顔(ハスィヤ)

 儂の問いにくらいは答えねば困る」

 「ええ、構いませんが、何故に?」

 「お主も言ったろう?儂の……いや、かの勇猛果敢(ヴィーラ)は儂には敵対せんし出来ぬが同じ眷属に過ぎぬお主は狙いかねん。それだけ危険な想いの持ち主じゃよ

 故にの、己で逃げ切れるか知っておきたい、それは可笑しいかの?」

 「ええ、可笑しいですとも。我等に死は一時。終末は与えるものであり訪れるものではない。ですが、貴女様の心配は快く思います

 そんなに不安ならば、僕の胸にどうぞ。深く貴女の愛を確かめ……」

 「もう無駄な口を叩くでないわ」

 「失礼。ですが、貴女様の愛こそが一番必要なものですので

 我が力については、見れば解るというものです」

 そう告げて、青年は神官服の袖をまくる。その腕には、二本の針が時を刻む黒鉄の腕時計が鈍くシュリンガーラが点けた暖炉の火を反射して輝いていた

 

 「もう無いのでは無かったかの?」

 「ああ、敵から仕入れた、ユートピアの談ですか。馬鹿馬鹿しい

 彼が作ったとされるAGX、しかしそれは嘘。過去に飛んだアガートラームのデータを元に産まれたたものは奴の管理のANC(アンセスター)と呼ばれる種に非ず

 

 未来よりもたらされた力でもって、未来を拓く真のアンチテーゼ。それこそが我が力

 それは、かの終末を嫌う反逆者(リベリオン)に感知できるものではない、それだけですよ。ええ、心配ご無用です」

 くつくつと笑う切れ長の瞳に向け、どこまでも冷たく銀龍は翼をしっかりと閉じながら告げた

 

 「が、貰い物であろ?」

 「AGX-03(ドライ) オーディーン。我が力は我が物ですよ、ご安心を

 流石にアガートラームを元にしたとはいえ安全性を重視したもの。彼等には流石に苦戦を強いられる事でしょうが、それも我が終末の加護無ければの話」 

 「儂をコフィンに葬れば勝てると?」

 「いえいえとんでもない。愛するものを葬り漸くまともに戦えるなど、そのような阿呆極まる非効率。良き終末には程遠く、見下すことしか出来ませんよ

 あのような欠陥品ではありません。貴女様の祈りが更なる力を呼び覚ませ、ポゼッションに至れば勝てるというだけです

 ああ、あまり心配めさるな。良く言ってアロンダイト・アルビオンと同程度のあの無謀(ヴィーラ)に、討たれる僕ではありませんとも」

 

 「討たれてしまえば良かろうに」

 ぽつりと告げる銀龍。恍惚と語る男を前にして、小さな毒龍はぶかぶかのコートの下で指切りを交わした小指をきゅっと反対の手で握り締めた

 

 「あまり迷惑は……

 おっと、もっと貴女様と睦ごとを交わしていたいのは僕も山々というものですが、本体に帰らなければならぬようです」

 恭しく一礼する青年に、少女は小さく問いかけた

 「で、儂のものを勝手に奪って如何するのかの?あまり邪魔してくれるなよ?」

 「ええ、御期待くださいませ我が終末よ

 かの銀腕の虚神へ挑むは最早勇気ではない。ですので、貴女様のアマルガムで正義と無謀(ゆうき)を振りかざし、救世主に舞台で踊って戴くので……

 

 無能が。通すのが早すぎる……門番としてあまりにも」

 唐突に端正な顔を歪め、突如として青年の姿は無数の緑の光となって溶け消えた

 

 それを見て、ほっと外套の胸元を緩めながら銀色の毒龍はぽつりと告げる

 「……人など、こんなものよな

 お前さん、お前さんだけは……そうでないと、信じて裏切られるのは。もう嫌じゃよ……?」

 きゅっとベルトについた雪飾りを握り締めて、ただ虚ろな瞳で呟く

 

 「おー、あんまり動かれると、ユーゴさま怒っちゃうねぇ……」

 そんな龍神の耳に、扉をふわりと透過して大きな狐耳を動かす少女が声をかけた


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