蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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牢獄、或いは狂狐

「はい、獅童君もどうぞ」

 と、塊肉を半分差し出してくる桜理。ちょっと多かったか?と思いつつおれはそれを指でつまみ、ずっと持っていた透明な水筒を置く

 

 すると割とすぐに水面が揺れて、ぼぅっとした灯りに照らされた銀髪サイドテールの少女の姿が映し出された

 

 「アナか」

 「『はい、お時間大丈夫ですか皇子さま……と、オーウェン君も居るんですね?』」

 「うん、今はオーウェンじゃないけど、居るよ」

 「『えへへ、わたし達は……割と平気なんですけど、色々と分からないことがあって……お時間大丈夫ですよね?』」

 と、水から声が響いてくる。この地下牢に他に誰も居ない。格子には脱獄を防ぐべく魔法が掛かっているし、監視も居ないと雑だ。おれは逃げても桜理は逃げられないとタカを括ってるわけだな

 お陰で気にせず……

 

 「いやアナ、そっちは声は平気なのか?」

 「『はい、流石に女の子のお部屋ですし、聞き耳立ててる相手は居ないってルー姐さんから言われてますよ?

 あ、あとわたしに保護させたあの子なんですけど、途中で亜人の騎士さんが明日エッケハルトさんと会って貰うと言いつつ受け取りに来てくれてました。皇子さまが手配してくれたんですよね?』」

 ……どうやら、ディオ団長が気を回してくれたらしい。おれはあの子についてその先を考えずに助けてしまっていたが……流石は騎士団長、馬鹿皇子とは頭の出来が違う

 

 「ああ、亜人なら恐らくは」

 「『はい、わたしが居た頃はまだまだ発足して間もないって感じで、わたしと会うことも禁止みたいにされてたんですけど、ちゃんとあの半年で認められてたんですね……』」 

 しみじみと呟く銀髪の聖女。それを見て、当たり前だけど聖都の情勢とかおれより詳しいよな……と納得するしかない

 

 「そういえばアナ、アナから見てディオ団長ってどんな人だった?」

 「『あー、えっと、これは言って良いのかな?って思いますけど……』」

 どこか気恥ずかしそうに少女が胸元で指をくるくると合わせて回す

 

 「『でも、竪神さんからも特徴として聞きましたし……

 実はですね、甘いもの、特に桃が大好きだったり可愛いところがあるんですよ?』」

 ……秘密をばらして申し訳ないって態度で語られるがうん、知ってる

 

 「『あ、内緒にしておいてくださいね?竪神さん曰く、本人は隠したがってるみたいですし』」

 「バレバレだよあの態度」

 「僕にイチオシって桃缶くれたくらいだし……」

 が、頼勇の証言も相まってますます疑う余地が無くなっていくな。元々もう疑っちゃいないが……

 

 と、更に軽く話をしようとしたその刹那、おれの耳は不可思議な音を捉えた……気がした

 気配はない、だが、何か起こったと直感だけが告げている。だからおれはアナに分かるようにそそくさと水筒を仕舞いこんで……

 

 「おぉー、しんにゅーしゃが戻ってきてるねぇ……」

 壁をすり抜けて、二又の尻尾をフリフリ。耳をぴこっとしながら壁の中から現れたのは、桃色の神官服の狐少女であった

 

 「アステール」

 気配はやはり無い。そこに確かに見えているのに、何処にも居ないとしか思えない。呼吸を抑えている訳でもないのに、軽く息をするその唇は一切空気を震わせていないのだ

 

 普通ならば有り得ない。気配とは空気の流れが大きい。動けばそれだけ周囲の空気を動かす。だというのに一切空気を震わせないのならば……

 

 「魂だけ、か」

 出来る限り敵意を向けずに、微笑みを浮かべておれは両手をあげた。アステールは敵じゃなくとも、その背後のユーゴは敵だ。だが、それで刺々しい態度を取らないようにしなければ

 

 「そうそう、ユーゴさまも触れないって悲しんでるんだよねー」

 酷いよねーと耳をぴこぴこと左右に振る少女に敵意は見えない。だが……

 

 「ふっふふー、なーにしてるのかなー、忌み子さん?」

 そう、そうだ。今のアステールは記憶が燃え、ユーゴへの好感を抱いている。つまり敵なのだ

 捕まった筈の男がのうのうと牢獄で飯を奢っている、彼女にとってこれはそういう状況。すなわち……

 

 「おー、これをユーゴさまに言ったらどーなっちゃうのかなぁー?」

 こういうことだ

 びくりと桜理が震えてどうしようと見てくるが……

 

 「アステール」

 おれはそう呼び掛けるしかない。当たり前だ、アステールと敵対したくないし、何より敵意を向けても彼女を捕らえる手段が無い。此処に姿はあっても居ない相手なんて捕まえようがない

 だから、もう交渉するしかないのだ

 

 上手い手だ、と唇を噛む。己の本体がアガートラームの中である事を利用して、止められないのを分かって語りかけてきている

 

 が、と不安げにおれの手に手を重ねてくる桜理に大丈夫だと笑いかける

 「でも、獅童君」

 「サクラ、そもそもね。交渉の余地がないと思ってるならアステールはとっととこの事実をユーゴに報告している。それで終わりだ

 でも、わざわざおれの前に姿を見せた。それは交渉したいから……だろう、アステール」 

 「おー、まずはその今更のアステール呼びを止めて欲しいねぇ……」


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