蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~   作:雨在新人

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救世主、或いは戯れ言

ユーゴがアガートラームと共にブラックホールを通り何処かへと姿を消した直後、巻き起こる大混乱

 それを何とか止めようとしてくれているアナ達に目配せで後を任せて更なる混乱を起こしかねないエルフであるサルースを連れて離脱。人気の無いところで髪をくしゃくしゃにすれば、脂汗等で少しだけ湿った髪から流れ落ちる髪色を誤魔化すための塗料がぺとりと指の隙間に残された

 

 「……お前さん」

 「ああ、貴女様か。教王殿下へ、これをお返し下さい」

 そんなところにひょいと姿を見せたのはシュリ。だが、サルースの横ではあまり親しげにするのも困りものだとおれはへりくだった態度で背筋を曲げて対応。そのまま愛刀を預け……

 

 「シュリ、ごめんな」

 その際に受け取ろうと爪先立ちになる少女の耳元で一言

 「構わぬよ、お前さん。儂が責任もって役目を果たしてやろう。安心して後は、あの混乱にでも揉まれるか、逃げるかすれば良かろ?」

 その言葉は何処までも優しくて。じゃあおれが居ても更に混乱するだけだから逃げるよ、とシュリに見送られて広場からもっと距離を取る

 そしてちょっと人死にを見ると疲れるねと顔色の微妙な(いや褐色肌なので色合いは分からないが露骨に態度に出ていた)サルースを部屋に送り、何とか同じく抜け出してきたディオ団長に後を託す。いざとなれば叩き起こしてくれとも言っておけば何かあっても多分何とかなる

 そうして……様々に奔走したおれは、漸く落ち着いたところで赤毛の青年と部屋で対峙していた

 

 いや、正確に言えばアナの護衛という感じで騎士団長ディオに命じられた騎士アルデが救世主と聖女の会合に立ち会うという名目ではあるんだが、中身はおれなのでこうなる

 

 部屋に居るのはおれ、エッケハルト、ヴィルジニー、アナ、そしてルー姐。桜理はまた牢獄に連れ戻されたらしいし、そっちは竜騎士達が見てくれるらしいので任せてある

 そう、竜騎士達。何処か消極的であった彼等も動いてくれるようになったんだよな

 理由は簡単だ。アルデの叫びは確かに皆に届いたから。教王ユガート、銀腕のAGXをもって支配者として君臨する存在は……宗教国家の真ん中で神を愚弄しつつその力を世界のためには振るわないと宣言した。アホほど反感を買った訳だ

 だからこそ、彼等は動いた

 

 『おや、そうなんですか?』

 そうだよ、始水。彼等はユーゴに従うことを選んでいたりした。けれどそれは、死を恐れたから。だから、竜騎士達はああしていたけれど……その意味はもうない。だってそうだろう?ユーゴ自身が、元々彼等が恐れていた魔神族復活に対して自分は何もしないと公言したんだから

 なんて、漸く帰ってきた幼馴染神様に告げる。ユーゴの時に聞いてなくて良かったな、大分始水を馬鹿にしていたから大雨でも降ったかもしれない

 

 ユーゴも阿呆だ。せめて魔神関連さえ誤魔化しておけば、ユーゴに従うのも魔神に殺されるよりは良いと消極的に味方していた者達を敵に回さなかったろうに

 従おうが護られないという事実が今を呼んだ訳だ。彼等は死の恐怖から従っていた。魔神という昔から語られてきた脅威からは護ってもらえるから、ユーゴを消極的支持してきた

 その前提を覆せば、やはり天秤は此方へ向く。それだけのことを、アナ達はしてきたし……パッと見ただけでも掲示板に貼られた新聞?のような宣伝とかでアナの活躍は面白おかしく喧伝されていたからな。それに……

 

 「ってか、何でこいつは此処に居て俺を睨んでくるんだよ」

 と、あー嫌だと肩を竦めるエッケハルト。そんな彼に向けて、おれは火傷痕を誤魔化す白粉を拭い、目線を向けた

 「よう、救世主と呼ばれた気分はどうだ、エッケハルト?」

 「ぅぇっ!?ぜ、ゼノ!?」

 「何だと思ってたんだ?」

 「いやまあ流石に生きてるとは思ったけど、入れ替わりは想定してなかったというか」

 「ならどうやって切り抜けたと思ってたんだお前は……」

 頭を抱えたくなるおれ。が、おれだと分かってしまえば青年はあっけらかんとした表情でおれに詰め寄る

 

 「ってか何に巻き込んでんだお前は!」

 「果たすべき戦いだ」

 「救世主エッケハルトってなんだよ!?」

 と、その言葉に何処か罰が悪そうに……いや、この顔開き直ったな?と思うや、ヴィルジニーが会話に我が物顔で割り込んでくる

 

 「ええ、それはもう救世主のお姿ですもの。何か問題でも?」

 「だから何でだよヴィルジニーちゃん!?」

 「(わたくし)が、かの方こそ救世主と常々言っていた、それだけですわ。そして実際に貴方様は七天の神器を携えて現れた。それ以上の証拠は必要ありませんわよね?」

 「げっ!?」

 助けを求めてか青年の視線はアナに向くが……

 

 「わたしにも良く分かりませんけど、皇子さまと一緒に頑張りましょうねエッケハルトさん」

 ニコニコとした笑みを浮かべるアナ。奴の味方はいなかった。うん、追い込んでおいて悪いが……ヴィルジニーが勝手に追い込む力が強すぎて笑うなこれ

 

 「ちくしょーっ!」

 そうぼやく彼を横目に、おれは少しだけ安堵の息を吐いた。ずっと気を張ってきたからか、何時も通りなエッケハルトが何とも安心感がある

 

 「……というか、何故生きてるの忌み子」

 「ヴィルジニーちゃん、あいつ真性異言(ゼノグラシア)なんだよ。だから一回死ねるの」

 あっけらかんと言ってくる彼

 

 いや待て、その認識なのか?となれば、ユーゴの奴も……一回殺されることで油断させようと思ってるって判断を下しかねないな

 ということは、あまり大っぴらに動くと足元を掬われるのはおれだ。エッケハルトに話聞いて良かった

 

 「まあ、そんなもんだ」

 そこで本当の事を言うのは簡単だ。けれど、彼等彼女等とアルデの間には何もない。だから、訂正してやってもあまり意味がないとして、曖昧におれは笑った

 

 「そういえば皇子さま、どうしてあんなことを言ったんですか?」

 そうではないと分かっているアナも合わせてくれる、あれはおれの発言じゃないと分かってるだろうに

 「そうだぞゼノ。『本当にそうか?』ってカッコつけ過ぎだし何が言いたいんだよ阿呆!煽っただけじゃんあれ」

 くわっ!と我が意を得たりとばかりに詰め寄ってくる青年、背後で応援するヴィルジニー。それを見ながら、おれは……取り出したハリセンで彼の頭を軽く叩いた

 「ふげっ!?なんだそいつ」

 「ディオ団長から借りた。というかしっかり考えろエッケハルト」

 「お前こそ正気になれよ!」

 「おれは正気だ。ユーゴの言葉は明らかに可笑しい」

 「力を持って可笑しくなってるのはそうだろ!」

 「いやそうじゃない。そもそも、彼はアステールと本来のユーゴ・シュヴァリエが恋仲だとか、おれ達の知らない範囲の設定すら知っていた。それだけ、ゲームとしてのこの世界を熟知していたんだ」

 怪訝そうな四つの目がおれを見る

 

 「で?要領得ない話、止めてくれない?」

 「要領は得てますよ、ヴィルジニー様

 つまりユーゴはゲームをやりこんでいた」

 「それが?」

 「お前はもう気がつけよエッケハルト!」

 

 そう叫んだ時唇に手を当てて銀髪の少女が吐息を漏らした

 「えっと、皇子さま。リリーナちゃん達によると……そのげーむ?の物語って、わたしやリリーナちゃんと、タテガミさんや皇子さまとの恋物語や魔神との戦いのお話なんですよね?」

 「そうそう、それの何が関係あるんだよ」

 「『偉い奴は力を独占して助けてくれないし好き勝手やるものだから自分も好きにやる』だ?

 全くもって可笑しい。やりこんでいたならさ。おれも竪神もロダ兄もシルヴェール兄さんも、戦える力があるから……いやそんなもの無くても、聖女と共に皆を護るために戦っていくものだって良く知ってるだろ?」

 それが、あのゲームのシナリオなんだから。ギャルゲー版だとアイリスやヴィルジニー達が攻略対象に変わるけど、それはそれとして皆を護るために魔神と戦うって話のラインは同じだ

 

 ならば、だ。そうじゃない頼勇達の存在を痛感しているだろう乙女ゲープレイヤーとして、あの発言は無い。有り得ない

 だから、ユーゴの本音は全く違う。おれはそう、結論付けていた

 

 ユーゴ、お前は……何を願ってあんな前提からして可笑しい言葉を吐いたんだ?


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