蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
「……アルヴィナ、離れるなよ」
手にした刀をしっかり握り、周囲を見回す
やけに静かだ。これだけの人が居て、だというのにあまりにも音がない。目の前で地面が削られたというのに、悲鳴一つ無い。アルヴィナはきゅっとおれに抱きついているから声を出さないとして……何故、誰も、声をあげない
その疑問は、即座に氷解した
固まっていた。全てが、だ
串焼きを焼く炎すらも、絵のように静止していた。人は動かず、まるで、時が止まったかのように全てが静かに止まるなか、アルヴィナの浅い呼吸音だけが耳に届く
自分の呼吸は聞こえない。気配を殺せ、動きを悟られるな。師の教えが、息の音を圧し殺す
零の呼吸。普通、動く前には深く呼吸する。故に、対峙した相手はそれを感じ取って、対策を始めることが出来る
だからこそ、呼吸を消し、動き出すその揺らぎを感じさせず、気が付いた瞬間には既に動き出しているという状況を作り出すことで、実際よりも対処猶予を短く錯覚させて相手を混乱させる小技だ
だが、アルヴィナが横に居ては特に意味はなくて
「時を止める力……」
ぽつり、と呟く
風魔法エアロックではない。それよりも強い力だ
こんな魔法は、ゲーム内でも出てこなかった気がする。何だ、これは
いや、確か……
「っ!刹月花!」
思い出すのは、本物の刀の神器。あれの特殊能力が確か、相手以外の時を戦闘中のみ止めるというもの。ゲーム的に言えば、戦闘中のみ、他キャラからの効果を全て無視して戦闘を行う、だったか。対象の代わりに攻撃を受けるとか防御陣形で防御upだとかそういった全てのスキル等の効果を無視し、絆支援効果すらも消すんだったか。強いと言えば強いのだが、そういった細工を使うのは寧ろ味方側だというのが難点だった。人と人との戦いであれば強かったのだろうが、人と化け物の戦いでは人の側が活用するのは難しい
故に、刹月花という本物の刀の神器は、正直月花迅雷の方が強いよねとされていたのだ。因みに余談だが、日本のクリエイター的には月花迅雷は月下迅雷のもじりなのだろうが、この世界的には迅雷を迸らせる刹月花に続く刀の神器、という意味で月花迅雷と名付けられたという話になる
閑話休題
では、刹月花という刀の神器だとして……どうなる?神器に選ばれた誰かが襲ってきている?いやそれは冗談だろう
刹月花は神々の与えた刃、原初の刀、そもそも刀という武器が刹月花の存在を見て作られたとまで言われる
だから、そもそもあり得ないはずなのだ、刹月花の所有者など
だのに、説明の付かない事態が起きている
そもそも、アルヴィナを何故狙う?おれが止まらない理由は分かるが、どうしてアルヴィナを襲うんだ
きゅっ、と胸元の母の形見のようなペンダント(母は呪いで燃え尽きたためおれに渡された、本来は子を産んだ母に渡されるはずだった魔除けのペンダント。身代わりのロザリオのようなもので、3回だけ受ける魔法効果を無効化する)を握る
時を止める刹那雪走を防ぐので1回。元々1回使ってあるので、残りはあと1度
そうして、止まった人々に紛れたろう敵を見付けるべく周囲を探り……そうして、割とあっさりと変な呼吸に辿り着く
「……え?」
それは、少年だった。おれよりも年上だろうか
おれと、それでもほぼ変わらない。10歳になっているかどうかというレベル。魔力に染まることもある髪は、恐らくは染まっていない色。瞳もまた
服装も印象に残らない普通のもの。特徴らしい特徴がない少年だった
ただ一つ、その手にある、雪のように純白の刀身を持つ一振の刀を除いては
穢れなき白。金属ではない、その刃
「……刹月花……」
あり得ないその名前を、おれは溢す
「第七、皇子……」
敵意無い声を、少年も溢す
やはり、逢ったことはない。では、誰だ
原作で刹月花を持つ青年など出てきた覚えはない。あれは、確かに西方の城に保管されているはずなのだ。ゲームでも、使い手足りえる者が居るはずだとして託されるのだから
因みに、そういった形であるため所有する特定個人は決まっていないが、ゲームでは誰かに所有者を決めたらそれ以外は所持すら出来なくなる。その辺りは確かに第一世代の特徴を持っている
だからだ。有り得ない。有り得るはずがない。此処に刹月花が存在し、そこの少年が担い手であるならば……ただ一人を選ぶ
小さく震える少女の感覚に、おれは現実に引き戻される
「……何故、アルヴィナを狙う」
何でだろうか。彼はおれに対して敵意がない
だから、話を聞く
相手の呼吸は荒い。動きも荒い。刀の持ち方も、何かおかしい。どこからどう見てもド素人といった感じ
故に、対処できる。そう信じて情報を集める
「第七皇子。そちらこそ何故」
「……?何が言いたい」
「なぜ、そいつを庇う」
……いや、多分違うけど聖女かもしれない相手だし、それが無くとも民を護るのは皇子のやることだろうに
「皇子が民を護るのに理由が要るのか」
少しの刺を混ぜて吐き捨てる
「民を護るというならば、今すぐ殺せ!」
「は?」
いや、何言ってるんだろうなこいつ
「その悪魔を!アルヴィナ・ブr……」
「黙れ!」
一閃。刹月花は破壊できないので、狙うはその腕
といっても、切り落としては取り返しが付かない(服装的に貴族ではないだろう。治療魔法が買えるとは限らない)ため、峰を使って打ち据える
「おれにアルヴィナを殺させようとするとはな」
「第七皇子!そいつは、敵だ!」
相変わらず叫ぶ変な少年
いや、真面目に何なんだろうなこいつ……と、取り落とさせた刹月花を遠くに蹴り、お前に持たれる筋合いはないとばかりの反発に片足で跳び跳ねてバランスを保ちながらながら思う
ってか、アルヴィナに抱きつかれてるからだな、このバランスの悪さ。何というか、珍しい。でもまあそうか。自分を殺しに来た変なやつとか怖いよな
「アルヴィナ、何か分かるか?」
ふるふる、と。胸元に顔を埋めたまま、少女は首を振る
どうでもいいけど、近い。ちょっと戦いにくいんだが
「本人も知らないってさ。あと、アルヴィナ
ちょっとだけ離れてくれ」
首筋が離され、そしてまた絡め取られる
背後に回っただけだ。おぶさるようにしたアルヴィナに、まあ良いかと苦笑して、背負って戦う覚悟を決める
「第七皇子!そいつは、魔神王テネーブルの妹なんだよ!」
……は?
思わずフリーズしかけ、口に走る苦味で目を覚ます
ってか、そういうフリーズにも対応するとか、鮮血の気迫って割と凄いな
魔神王の妹?テネーブルの、妹?
いや、ゲーム内でも出てきたとはいえ、何を言っているんだ?魔神王の妹は穏健派だし、直接敵として戦うこともない。兄が死んだらあっさりもう終わりにすると言ってくるモブキャラのはずだ
ああ、そうか、と納得する
寧ろだ。今の時点で魔神復活を信じているのは少ない。幾ら近い未来に魔神は蘇るという予言があるとはいえ、だ。それをこれみよがしに言うということは……
こいつの方が、恐らくは魔神なのだろう。かつての神話時代に辛酸をなめさせられた……というか魔神族を倒した聖女候補を早めに殺しに来た
それならば、さっきの言葉にも納得がいく
ブランシュ。テネーブル・ブランシュ。ゲームでのラスボスであり、魔神王。だが、神話の魔神王ではない。神話の魔神王は既に倒されている。彼は、その子孫であり、新たなる魔神王だ
……その名前が出せるとしたら、おれやエッケハルト、あとはピンクのリリーナのような転生者か、さもなくば魔神王の側の存在
そして転生者だから、というのであれば、寧ろ
「……成程な」
刀を、低く構える
リリーナが聖女だとわかるということは、恐らくは向こうにも
それが彼なのか違うのか、それは分からない
だが、考えるべきは、背に感じる重さを、護り抜くこと!そして、時の止まった民達を、傷付けさせないこと
「上等だ、魔神」
「話を聞いてくれ、第七皇子!魔神は、敵はそいつだ!アルヴィナ・ブランシュだ!」
叫ばれ、睨まれ、目の敵にされた少女はきゅっと背にしがみつく
「……違う。彼女はリリーナ・アルヴィナだ」
「……まさか」
ん、何だ?
いきなり、空気が変わったなあいつ
躊躇いが消えたというか何と言うか……
「もう、
「四天王?なんだそれは」
「……手遅れだったか、ならば!」
「遅いっ!」
少年が刀を拾い上げようとしたその瞬間、刀を鞘走らせる
雷のように、最速の抜刀。背の重さを置き去りにする勢いで踏み込み、縦に空を薙ぐ
「ぎゃっ!?」
ぽん、と飛ぶ指
まずは一本。その右手の人差し指だけを斬り飛ばす
親指を狙えば一発でまともに刀を握れなくなるが、それは困る
まだまだ向こうには喋って貰わなければいけないのだから、早々に逃げの一手を打たれるような傷を与えてはいけない
第一、ド素人に見えるが魔神ならそんな筈はないだろう。何か思い切り隠しているに決まっている。あまり追い詰めてそれを出されたら、護れるか怪しいからな
意識が高揚する。視界に微かにエフェクトがかかったようにブレ、そして戻る
ああ、抑えきれない。目の前の敵を倒すべきだという迸りが、この身を焦がす
だが、それは危険な衝動
微かなブレと共に視界の中央に映る、青い血を噴出しながら身悶える少年魔神の腹を蹴りながら背後へ跳躍
「げふっ!」
首筋に顔を埋め、何でか濡れた感触をさせるアルヴィナを怖がらせないように飛び下がる
「かふっ!」
同時、床に溢れてきた血を吐き捨てる
……《鮮血の気迫》?いつの間に発動していたんだ
吐き出した血に、意識できなかった攻撃を察知し、意識を引き締め直す
やはり、何か持っている。精神に作用する力を隠している。見た通りのド素人ではない
それに、だ
指を斬り落とした時、そして蹴った腹……そのどちらもが、やけに硬い。ステータスはおれと同等と見て良いだろう。魔力を、マナを溜め込んだこの世界の肉体は、一般的な肉体の限界を遥かに越える力を発揮する。それこそがステータス
力50は硬さの足りないなまくらとはいえ金属の剣をねじ曲げ、防御50はへなちょこな人間が射るものならば、額に鉄の鏃を付けた矢が直撃しても弾く。能力は外見に左右されない。といっても、鍛えれば多少は差が出る。それ以上にレベル、つまりは魔力量の差が大きいだけだ
そして、彼は……発動すら悟れなかった魔法、そして、あの年にしておれとほぼ変わらないだろうステータスを持つ
とすると、力は60に届かないくらいだろう
ヤバイな……と、唇を噛む
おれのステータスは前に測ったところ、確か力56。師匠から貰ったこの刀は正式なステータスを鑑定していないが、恐らくは攻撃力にして10前後だろう。7歳にしては驚異的というか、既に人間じゃないステータスだ
だが、だ。そもそも刹月花の攻撃力は驚異の45。月花迅雷の倍、父皇シグルドの持つ大剣、
ということはだ。単純明快なステータスのみで、おれが必殺で届かないから脆い部分を狙い防御値を無視する致命必殺を狙おうとしたあのアイアンゴーレムの装甲を貫ける事になる
そんな火力の前ではおれなんぞ3~4回で刺身だ
そして、攻撃力10の普通の刀vs攻撃力45の神器。打ち合ったらそれこそ一瞬で折られる。鍔迫り合いなんて仕掛けたら即死だ
全く、厄介な敵だな!
「屍天皇……ゼノ
くっ、倒すしかないのか……」
「だから、何が言いたい!」
軽く左手の人差し指を刀の根元で切り、鞘と刀身に薄く血を纏わせる
「世界を救うため、屍の皇女アルヴィナ!屍天皇ゼノ!お前達を……倒す!
この刹月花に懸けて!」
「だから、四天王って何の事なんだ!?」
謎の宣言と共に、純白の刀は少年の手の中に勝手に現れる
第一世代神器の特徴だ。何処に封印しようが蹴り飛ばそうが何しようが、所有者が来いと思えば何処からともなく現れる
そのまま刀を構えて突撃してくる少年に向けて届かない距離から抜刀。鞘と刃に散らした血を飛沫として散らし、その目を潰しながら、おれは……
屍の皇女だの四天王だの、その厨二な言葉は何なんだよと思っていた
アルヴィナは恐らく"天光の聖女"リリーナ・アルヴィナだし、おれは"第七皇子"ゼノだ。その四天王……というか、少し発音が違うしてんのう?じゃない訳だが