蒼き雷刃のゼノグラシア ~灰かぶりの呪子と守る乙女ゲーシナリオ~ 作:雨在新人
おれが何とかする、絶対に此処から動くな、誰にも会うな。進行が遅くとも何時か第2段階にならないとも限らないから
と、少女に強く言い含めて席を立つ。そのまま管理している執事にだけ軽く事情説明をして場所の管理を任せ、皇子のワガママという体でアポイントメントを取らず、強引に父皇の居るだろう間へと踏み込んだ
「何用だ、ゼノ」
果たして、おれと同じ銀の髪の男は其処に居た
睨み付ける双眼に気圧されるが、止まってはいられない。最低限の臣下の礼として床に膝をつき、言葉を紡ぐ
「陛下、このおれに、力を貸して下さい」
「……時間が余った。話だけは聞いてやろう」
「だから、出世払いでも何でも構わない。おれに」
「阿呆か貴様」
説明の最中、おれの言葉を区切り、父はそう切り捨てた
「何を言い出すかと思えば、資金援助?あまり
ああ、そうだろう。目をかけるのは別に構わん。それを快く思わん相手とやりあう覚悟があるならば勝手にやれ。だが、その程度の話で
「……親父」
「今、貴様は父にものを頼んでいるのではない、国民として、皇帝に慈悲を誓願しているのだ。陛下と呼べ、バカ息子」
「でも」
「……
「なら!」
「……これ以上失望させるようならば」
「何でだよ!」
そう叫ぶ。全く動かず動じず、ただ見据える父へと、届くわけもないと知りながら
「……金が欲しい。その程度の事で、貴様はそれを頼むのか?本当に、
静かに、父皇はおれを叱る
……手助けは必要なはずだ。おれ個人のポケットマネーに治療魔法の値段を全額払えるだけの金はない。アナ一人分ならば足りるくらいならあるが、それでは足りない。
みんなも助けてと泣き叫ぶアナを閉じ込めて、孤児院が死滅して焼き払われるまで逃がさなければ彼女一人なら一生恨まれるが救えるかもしれない。だが、全部を救うには絶対にお金が足りなくて……
と、其処で気が付いた。漸く、気が付けた
皇の視線は、おれの眼ではなく、おれの指を見ていることに
……やっぱり、この皇帝の真意は分かり難い。もう少しヒントをくれれば良いのに
……助けない気なんて、元から無かったのだろう。けれども、おれが本気でなければ、そのまま見捨てる気だった
だから、試したのだろう
「……陛下。おれの為に、魔道具商を呼んでくれませんか?火急に」
「ほう。良いが、何故だ?」
微かに、父の険しい顔の中で、唇の端だけがつり上がった
「この指輪を、売りたいのです」
言いながら、父からのプレゼントであるルビーの指輪をおれ自身の指から引き抜く
「皇帝からのプレゼントをその眼前で売りたいとは、面白いことを言う」
「おれが貰ったものですから
だから、これはおれがこれが最も良いと思う道のために使います。金を貸してくれないというならば、この指輪を売って工面してでも救う。それが、おれの答えです」
……そう、きっとこれが求められた答え
助けない理由なんて簡単だ。高価な指輪を売れば全員救ってもお釣りが来るから。自分の身を切らずに助けて欲しいというのが虫の良すぎる話で、だからそれを咎めた。
もう少し分かりやすければと思うが、それがおれの親父という不器用で脳筋な武断皇帝というものだ
「……それで貴様は何を得る?
救って欲しいと言ってきたという少女は、全てを得るだろう
……だが、貴様は?貴様の利は何だ?」
少しだけ自嘲気味に、父は言葉を続けた
「……惚れたか?嫁にしたいから恩を売るか?それでも構わんが」
「忠誠と信頼を」
「……そうか、それが貴様の利か」
民にとって最強の盾であり剣であれ。それが皇族を皇族足らしめる。親父みたいな脳筋だったのではと疑っている建国皇帝の言葉だ
つまりは、報酬なんて無いが、建国皇帝の言葉が真実であると信じる民が増えること自体が、皇家として何より正しいことだという綺麗事である
「良いだろう。元々貴様の人望の無さには頭を抱えていた所だ。例え平民でも、信頼する味方が増えるのは、確かに褒美と言えよう
商人等要らん、
「……はい?」
手にした指輪が、突如床から延びた炎の鞭により絡め取られ、父の手に運ばれるのを見ながら、呆然と口を開ける
「何をしている。交渉してこい」
その代わりに、その手には皇帝直々に判を押した一枚の緑色の木券が握られていた。好きな金額を書き込んで財務担当に持っていくと書き込んだ金額と引き換えてくれるという魔法(物理)のチケット。又の名を白紙の小切手である
「分かっているとは思うが、裏に何者かが居る。その程度は気が付いているな?」
「……ああ」
それはそうだ。太古の呪詛の一種、実際に作られ掛けられたのは数百年というものが、星紋症である。今も人里離れた場には昔に使われた呪詛を保有した化け物が居るかもしれないが、そんなものから感染するとは思えない。ならば孤児院以外に感染者が居ないのは実に不自然だ
つまりは、禁忌として封印されている魔法書を持ち出して何者かが何らかの理由で孤児院を潰すために撃った、というのが恐らくは真相
一応魔法書は一回だけ使えるものであれば、治療魔法の研究の為等で国内外数ヶ所に残っていたらしいし。孤児院一つ潰すために禁忌の疫病魔法使うってどんなバカかは知らないが
「……つまり?」
「貴様はその何者かの行動に対抗しようという当事者に手を貸したのだ
ならば、貴様の手で護りきれ。皇子の所有物という肩書は、介入の名分にも多少の牽制にもなるだろう
とっとと行け、バカ息子」
所々分からなくてつっかえながらも、何とか書類的な手続きを終えきったのは、既に空に登る双子の太陽が南の空での交差を当に終え、もう片方が登った方向に沈みかけている時であった
このマギ・ティリス大陸には、西から登り東に沈む紅蓮の太陽と、東から登り西に沈む女神がおわすという黄金の太陽の二つの太陽がある。正直どうでも良い話だが、ゲームの考察班はこの世界天動説なんだろうと言っていた
「……何かと、迷惑をかけました伯爵」
おれが迷って筆が止まる度に苦虫を噛み潰したような顔で此方を睨んできた宰相、アルノルフ・オリオール伯へ向けて頭を下げる
「……折角の休みが……」
「本当に、申し訳無い。助かりました」
長期休みに入ったと喜ぶ宰相の彼を、親父は今日から休みだから暇だろお前と呼び出し、おれにつけたのだ
……結果、休みの期間は後ろに二日延びたらしいが、久しぶりにぱぱと遊べると思っていた彼の幼い娘から父親を一日引き剥がす事になった。まあ、悪いことしたとは思う。文句無しの暴君だ。まあ、無茶ぶりは何時もの事な友人同士であるからこそ、通ったのかもしれないが
騎士団による封鎖を突破するのは出来なくはないが問題が後に引きそうであったので、孤児院の責任者とは水鏡の魔法で話をした。要は張った水を通して、同じく水を張った場所を互いに映し出す魔法である
声は届かないが、其処は筆談が可能なので何も問題はない。繋げる場所だってしっかり知らなければ出来なかったがアナという其処で暮らしている人間ならば何とでもなるため、アナの待つ庭園に向かえば即解決
おれには魔法なんて全く使えないが、幸いな話アナの属性が水、天と水属性そのものを持っていたので水に属する属性持ちにしか使えない水鏡を使って貰えば済んだ
交渉そのものはそれはもう一瞬で終わった。運営費と皆の治療費ならおれが払うから名義上の全権利おれに譲れと金額白紙のチケットをちらつかせれば、既に額に星が浮かび上がってしまっていた管理者はそれはもう二つ返事で権利を譲ってくれた
だが……言葉での約束では足りない。ということで、親父に呼び出された宰相の手を借りて書類上の法的手続きを行うことになったというわけだ
因にだが、事情を聞いたおれ付きの執事であるオーリンと娘のプリシラ、そしてレオンの三人は最初の書類が手続きを終えた時点でそれだけを持ってそそくさと城を出ていった
なんでも、一度騎士団等の厳つい集団に向けて皇子の御命令であるぞ!控えよ!をやりたかったとか何とか。黄門様かよと思ったが、それでとっとと治療を終えてくれるなら願ったり叶ったりなので任せておいた
手続きに追われ、終わったときには既に治療用の魔法でも救えない状態になってました、が一番後味の悪いオチだから。助けてと言われて、任せろと答えた以上、誰一人として疫病で死なせはしない
そのあと、居るであろう元凶に勝てるかというと……うん、まあ、止めておこう。相手が高級な魔法を連発してくるような危険人物で無いことを祈る。物理で来るなら勝てるかもしれない
魔法系が壊滅しているとはいえ、仮にも
「……これで大丈夫だ」
最後の書類を宰相に託し、横で不安そうにずっとおれを見ていた少女に笑いかける。疲れからか、筋が上手く動かず微妙な表情になってしまったのは仕方がない。ずっと書類と慣れない格闘しておいて、即座に表情を作れと言われても困る
ずっと見守っていた少女は、それを見て漸くくすりと笑った
親父の手配した治療魔法により、流石に呪詛は取り除かれている。その瞳に、既に星紋は浮かんでいない
「……皆?」
「助けるさ。書類上とはいえ、皆はおれの所有物だからな」
言いながら、持ってきて貰ったものを手に取る
そのまま、少女の片目を隠す髪を掻き上げ、そのブツで止める
「……これは?」
「プレゼント
星紋を隠すために前髪で右目隠してたんだろうけどさ、やっぱり両目見えてた方が可愛い」
言って、自己嫌悪する
割と気持ち悪い言動だなこれ、と。けれども、柔らかな銀の髪に雪を模した蒼い髪止めは良く似合っていて、まあ良いかと思う
「……皇子様……」
「要らなきゃ外してくれていい。割と安物だしな」
「そ、そんな!いただきます!
……でも、本当に?」
「だから言っただろ、安物だって
気にせず使ってくれ」
値段にして約30ディンギル。星紋症の治療用の魔法書は一回40ディンギル。中流に入れないくらいの家族の一月の生活費が諸々込めて25ディンギル程度
最下級攻撃魔法書が50回分で1ディンギル。おれが最終的にあの指輪の値段として小切手に書き込んだのが1000ディンギル
多分だが親父が買った時の値段は800くらいだろうしそれより高くさせて貰ったが、護るために金が必要だったから先んじて請求で通るくらいの額だろう
魔法剣レベルの最高峰の魔道具なら3000ディンギルが下限といった所
つまり、魔道具としては相当安い。理由は簡単で、失敗作だったから。宝石魔術の一種で、護身用の氷属性魔法がオート発動するものなのだが、宝石のランクが低かったのかおれが父に貰って父に売った指輪と違い、かなりMPを食うという使えないものになってしまった
悪意を持って触れようとすると凍るという誘拐等対策のものなのだが、まあ、まともに使いこなせる程のMPなんて、幼い少女の段階では俺の唯一の妹しか居ないだろう
尚、おれが持ってても単なる髪止めであり、MP消費出来ないので無意味である。本当に使えない体質だ
「でも、これ……」
「ああ、魔道具だよ。ポンコツのな
悪いな、欠陥品で。要らなきゃ付けなくて良いぞ」
本当は少女ではなく
「それじゃあ、行くか、アナ」
「うん……うん?」
結局髪止めは外さず、少女は首を傾げる
「決まってるだろ、問題が解決したアナの家に、さ」
黒幕問題は一切解決してないが、不安がらせることの無いように、おれはそう言った